第13話
この世界に来てから一週間と少し。学校生活ならば大した期間ではないが、この世界では違う。
訓練もより本格的になり、対人戦はクラスメイト同士ではなく、現役の騎士の方とも行うようにもなった。
もちろん、レベルが違うとの事で大抵の奴は身体能力の差で負けているが、やはり勇者となって全員の成長力が跳ね上がっているのか、段々と善戦出来るようになっている。
魔法においても、全員がある程度の魔法を使えるようになった。例えば俺は、あの日の夜に全属性を会得しているが、全員が全員、全ての属性を会得できる訳ではなく、適性の有無はあるらしい。
適性が無いとその属性の魔法を発動出来ないが、この世界ではそれが普通らしく、適性が二属性しかないことも割とあるのだと言う。中には一属性だったり。
その点勇者は、全員四属性以上扱える。向き不向きは属性によりあるが、それでも魔法使いとしてならば十分な才能だという。
ただ全属性ともなれば使えるのは俺と拓磨と叶恵、そして
また、使用する魔法もただ何かを出現させるだけの初歩的なものではなく、その次の───『中級魔法』と格付けされている魔法までは大体使えるようになっている。となれば初歩の魔法は『初級魔法』で、上には『上級魔法』があるわけだ。一部のクラスメイトなんかはその上級魔法にも手をつけている。
武器の扱い、魔法の技術共に、全員が着実と力をつけている。レベルに関しては、やはり魔物と呼ばれる生物を倒さない限り、上がらないようだ。素の身体能力とステータスは別、と考えるのがいいだろう。
それだけじゃない。強さももちろんだが、他のちょっとしたことも変わってきた。男子や女子はそれぞれで集まって話したり、昨日は拓磨が魔法師団の訓練場を借りたため、そこで皆で無礼講とばかりに騒ぎながら魔法を撃ち合ったり、少し子供っぽく遊んだりもした。
皆、少しづつこの世界に慣れ始めているのだろう。
思ったよりもホームシックになっている奴も少なく、やはり一クラス分全員で来ているのと、拓磨という頼りになるリーダーがいるのが幸いしているようだ。
さて、とは言っても変わらないものもある。それは勇者の『能力』とかいう項目だ。
というのも、依然として使い方は愚か、どんなものなのかすらわからないのが多いのである。例えば拓磨の【勇者】というもの。果たしてどんな効果なのか、一度[鑑定]を使ってより詳細に調べられるかどうか試したことがある。もちろん俺と拓磨でだ。
ちなみにステータスを覗いた状態で更にスキルを強く意識すれば、[鑑定]でそのスキルの詳細を調べることが出来る。[剣術]なら剣の扱いが上手くなるとか、[火魔法]火属性の魔法を使えるようになるとか、その程度の説明だが。
しかし、『能力』に対して使用しても、全く詳細を調べることが出来なかった。うんともすんとも言わず、名前以上の詳細は分からない。
一応、クラスメイトで、美咲と同じ剣道部でもある
しかし、剣持は確かに剣の扱いが飛び抜けてはいるものの、美咲と同程度ぐらいのもの。言っては悪いが、もしかしたら劣ってるかもしれない。
これは美咲がその【剣聖】という『能力』をもった剣持に対抗できていると言うよりは、剣持がその力を使えていないと考えた方がいいのだろう。スキルは主に常時発動型、俗に言う『パッシブ』系が多いが、『能力』はもしかしたら意識して発動しなきゃ効果がないのかもしれない。
そして発動の仕方が全くわからない……これでは勇者としてのメリットの半分を使えていないことになる。この世界でそんなハンデは長く負いたくはない。
ということで、俺はその日の夜、図書館に足を運んでいた。昼でも良かったのだが、最近は向上心の表れか、男女問わず俺に魔法を教えて欲しいと頼んできたりするやつが多い。つまり今日もそれで時間を使っていたということだ。
俺に教わりに来る理由としては、まぁ……俺が相手なら何を言われてもムカつかないとか、そんなところだ。同年代に色々指摘されるのは嫌だが、そもそも格が違いすぎる俺なら良いんだと。
良くないよ、俺が。それを嬉しく感じることは出来ない。
ともかく、図書館に足を運べば、最近の日課としては、まずはそこの司書に声をかけるところから。この時間帯でもやはり問題なく居るらしい。
「こんばんわ、
「……ん、別に、いい」
司書の少女───名前は『ルリ』というらしいのだが、ルリはいつもの突っ伏してる姿勢から、顔を上げて返事をする。
普段突っ伏したたま返事をすることが多いルリだが、最近では、わざわざこうして顔を上げてくれるようになった。
俺が彼女の名前を知っていることからもわかる通り、どうやら少しは仲良くできている様子。
ほぼ毎日のように足を運んでいるやつは俺以外にも(樹や拓磨などが)居るが、毎日コツコツ挨拶以外にも話しかけているのは俺ぐらいなのかもしれない。
「……今日は、何の、本?」
「あぁ、少し勇者に関して調べ物だから、そっち系統の本を。心当たりあるか?」
「……ん、勇者の本は、ほとんどない、けど、ちょっと待って」
更にはこうやって、自分から何を探しているのか聞いてくれるようにもなっていた。その幼すぎる見た目に、低めながらも舌っ足らずで可憐な声。俺はもしかしたら、ルリに癒しを求めているのかもしれない。
実際目の保養になるし、耳が心地よくなるし。
ルリは俺にそう言って、カウンター内をゴソゴソと漁り出す。基本的にここに積んである本は全てルリ自身が何度か読み返したりする、ようは趣味の本だ。そのためにここにあるらしい。
だからそこに勇者系統の本があるなら、それはルリが好んで読んでいた本、ということなのだろう。
そうしてやがて、一冊の分厚い本を取り出した。
「……これ」
「ん、これは?」
「……過去の勇者の、英雄譚」
「英雄譚?」
その場で受け取り、辞書並みに厚いその本をパラパラとめくってみる。どうやらどれほど昔かは分からないが、確かに勇者と思われる主人公が、異世界から召喚され、魔王を倒すまでの物語らしい。
「……一応、勇者本人の、直筆らしいし、脚色はあっても、嘘までは無さそうだから……もしかしたら、何か、情報もあるかも?」
「なるほど、過去の勇者の……でも、いいのか? ここにあるってことはお気に入りの本だと思うんだが」
「……内容はもう、大体把握してるし、貴方がずっと、調べ物してるのも、分かってるから……」
だから貸してくれると……健気すぎる。俺はルリの頭に手を伸ばしかけて、すんでのところで止めた。
凄く撫でたい。もう撫で回して褒めてやりたい。けど、それで万が一機嫌を損ねられたら俺も悲しいし、やめておこう。
素直に感謝を告げて、早く目的の情報を探すことが俺のやることだ。
「そうか、ありがとうな」
「……別に」
照れてくれたのか、少しだけ顔を逸らす。可愛いことこの上ないし、本当に頭を撫でてやりたくなって、胸がいっぱいだ。
そして───同時に少し、苦しい。
ルリの頭を撫でるのは後の目標にして、今はこの本を読んでしまおう。
手近なテーブルについて、その片手で持つには指がつってしまいそうな本を開く。ルリは勇者本人の直筆などと言っていたが、どうなのだろうか。
パラパラと、割と早いスピードで読み進めていく。[速読]のスキルは以前に覚えていたが、本を読むにはとても便利で、一秒間に数ページのスピードで読める。
実際にどれくらいの速度で読むのが速読と呼べるのかは知らないが、現状は一言一句全てを把握していくと7000字/分という辺りだろうか。
大まかでいいのならこれの二倍から三倍はいけるが、そもそも[完全記憶]がある俺は、理論上ページを一目でも見ることが出来たらあとは脳内で反芻するだけなので、実際に本を読む時間はもっと短い。
実際文字を目で追う必要はなく、ページ全体を俯瞰するように一度見るだけなので、結構な工程が省ける。そしてページもパラパラ漫画のように素早くめくっても各ページを記憶できるのだから、[完全記憶]はもちろん、我ながら動体視力も中々だなと改めて思ったり。
「……直筆かなぁ」
そんな中、少し苦笑い気味につぶやく。どうだろうか、本人が書いたにしては少し演出くさい部分が多いような気もする。
だが、なるほど、事実に基づいて作っていそうな内容でもある。脚色はたしかに加わっているだろうが、それはあくまで敵の数とか攻撃の派手さとかそのぐらいで、起こったことは全て事実なのだろう。
ただ、人間業とは思えないようなことを、この勇者は確かにしているようだが。雲を斬って大地を割くとか、脚色にしてもやりすぎではないか?
苦戦らしい苦戦も何もしていない。その点で言えば、物語としては盛り上がりに欠けるような気がするが、その作品として欠陥しているような内容が、ある意味リアルさも伴っている……この常識がこの世界やこの世界の過去に通用するならだが。
そして、俺が探したい情報。勇者の『能力』について。
この世界のステータスという恩恵は、今も昔も変わらないはず。そう簡単に変わってたまるか。
となれば、この勇者も少しぐらいは触れていると思うのだが………。
「……これか?」
中盤まで読み進めて、ようやくそれらしい内容が出てくる。ただ、首を傾げるような内容であったのも確かで、それは俺が求めていたような詳細な情報ではなかった。
簡単に言えば、勇者は試練を受け、その試練を乗り越えたから『真の力』を解放することが出来た……という内容だ。この『真の力』というのが俺は『能力』だと判断したのだが、どちらにせよ、不明瞭で不鮮明なことに変わりはない。
まるでそこだけ、敢えて分かりづらくしたかのような。更に読み進めてみても、それ以上の詳細は出てこない。試練の内容は愚か、『真の力』とやらも、身体能力や魔法力が爆発的に上がったことぐらいしか分からない。
……取り敢えずこれが『能力』に関する情報であると仮定するならば、つまり俺たちも、何らかの試練を乗り越えなくてはいけないのだろうか。
それともまさか、ここは完全なる嘘とか、もしくはそもそも『能力』とは別のことなのか……流石にどちらも断定はできない。
最後まで読み進めても、結局よく分からなかった。分からなかったことといえば、勇者は最後まで『勇者』という呼び名で統一されていたし、これが現代から何年前の話なのかも今の俺では推測できず、有益な情報は先の不明瞭な内容と、あとは、この時召喚された勇者は一人だけだったことぐらいだろうか。
他に、今求めているような情報は無い。
「まぁ、あくまで英雄譚だしな、そこを求めても仕方ないか……」
結局その日はそれ以上の収穫もなく。ルリに返すと、知りたい情報が見つかったかどうか聞いてきたので、ここは気を遣うところかと思い「十分な収穫だった」と答えておいた。
その時の少し嬉しそうな、けれどそれをすぐに隠そうとしていた顔が、なんかもう、思い出すだけでにやけてくる。
だが、ある意味行き詰っているのも確かだ。俺のようによく分からない『能力』はともかく、他の奴には役立ちそうな『能力』が沢山ある。それがスキルよりも強力だと言うのなら、尚更、早いところ使えるようにしたい。
試練というものの概要もわからず、そういう何かを受けることが出来る場所があるのか、違うのか。なんにせよ、もう少しの間手探りでやっていくしかない。
図書館から出る時、ルリが視界の隅で僅かに手を振っているように見えた。
また来るという意味も込めて、軽く振り返しておいた。
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