第12.5話



 おっと、前話の続きですよ?


 11/21 少しだけ内容を変更しました。ちょっと矛盾してるところありましたね(汗)


──────────────────────────────



 「───?」


 ふと、声がかかる。どうやらカウンター越しに呼ばれたようだった。

 

 日本人には見られない青みがかった綺麗な。酷く不明瞭な気がするが、リビングに座るがこちらを見ていた。


 「ん、どうした?」

 「……ううん、なんでもない。ちょっと、気になっただけ」


 聞き返しても、はそう言って控えめに首を振った。その顔には何故か哀愁を浮かべていたが、それも直ぐに戻る。

 本人がそう言うなら、まぁ、そうなんだろう。


 「そうか? そう言えば二人とも、今日は何が食べたい?」

 「あれ、ハンバーグ作るとか言ってなかったっけ?」

 「そうだったか?」

 「そうだよ、なんか帰ってる時に聞いた気がするもん」


 と、クーファの対面に座る、である金光かなみは、絶対そうだと訴える。少し長めのツインテールがそれに合わせてぴょんぴょん跳ねるが、別に体は動いていない。あくまでツインテールが自主的に動いているのだ。

 どんな原理なのだろうか。髪の毛には詳しくないのでわからないです……そもそも髪の毛が自主的に動くとか有り得るのか?


 ……いや、有り得るかもしれないな。


 「そうか、ハンバーグか。クーファは? 何か食べたいもんあるか?」

 「私も、ハンバーグでいいよ」

 「じゃハンバーグで」


 なるほどと頷きつつ準備を進める。はて、何となくキッチンの詳細が変わっているような……だが何がどう変わっているか理解できない。

 気づけばハンバーグも作り終わっていた。手順を思い出そうとしても、全く思い出せない。


 それを是としているのも、また謎だ。


 「ほれ」

 「やった、久しぶりの刀哉にぃのお手製ハンバーグ」

 「ネットで調べたやつのパクリだけどな」

 「愛情が籠ってるから美味しいんだよ」

 「誰に対する愛情だって?」

 「私と、クーファちゃん!」


 料理に愛情とは言うが、実際のところ愛情云々と言うよりも、誰が作ったか、というところだろう。

 作っている側ではなく、食べている側の話だ。例えば俺と全く同じ料理を作れる他人に料理を作ってもらって、それを『俺が作った』と言えば、金光達は美味しく食べてくれるはずだ。


 好きな相手に作ってもらったと思う方が、そりゃ美味しく感じるに決まっている。人はそれを『料理に込められた愛情』と称するのではないか。言わばプラシーボ効果のようなものだ。


 誰が作ったか、では無い。誰が作ったと思うか、そこが重要なのではと。


 「刀哉にぃは現実派だよね」

 「兄さん以外の人の料理と、兄さんの料理は、全然違う」

 「そうそう! 素直に愛情を込めたって言えばいいんだよぉ」

 

 金光達はあくまで俺側に要因があるとしたいらしい……確かに愛は籠ってるのかもしれないがな。

 親子ならともかく兄妹で『愛情』という言葉を使うのは少し重い。


 「好きだって言うのは良いのに、愛情込めたって言うのはダメって、変なの」

 「妹のことが好きだって言ってもおかしな事じゃないが、愛情込めてるって言うと勘違いを招くんだ。少し過剰だしな」

 「勘違い……ねぇ……」

 「なんで不満そうなんだよ」

 「むしろ刀哉にぃはなんでだと思う?」

 「……さぁな」


 自身の分の食事を運んで席に着くと、金光はまた不満そうにした。わざわざ俺の口から言わせるほどでもないだろう。


 そうすればクーファが、俺の方に体を寄せながら。


 「兄さんは私の事、好き?」

 「今更だな。好きに決まってるだろ?」


 なんてやり取りを交わす。クーファの顔に僅かな朱が差し、自分から聞いておいて恥ずかしがるような仕草をした。


 「で、急にどうしてだ?」

 「……ん、好きって言って欲しかったから」

 「そっか」


 可愛い。その純真というか、純粋というか、ある意味無邪気とも言えるような素直な言葉に、俺は柔らかく笑って頷いた。

 しかし反対側の不満は大きくなるばかり。


 「……扱いの差に不満を述べたい」

 「お前もこれでもかってぐらい甘やかしてんだよ。さっさと食わんと冷めるぞ」

 「分かってるよ、もぐもぐ。今のはあくまで相対的な差について言ったんだよ、もぐもぐ」

 「もぐもぐは擬音であって、実際に食べる時に言うものじゃない。行儀が悪いからやめなさい」


 もぐもぐって自分で言ったらダメだろうに。


 それはそうと、金光とクーファで対応に差が出るのは可愛さの問題だ。クーファは素直で純粋だから、こっちも素直に扱う。金光はイタズラ的だから、こっちも少し邪険に扱う。


 ほら、なんの不自然もない。


 「私にも『金光、大好きだ』って言うべきだよ」

 「かなみだいすきだ」

 「棒読みじゃなくて、もっと心込めてよぉ」


 バシバシバシ。肩を叩かれる。

 仕方ないので、大きくため息をついて苦笑いを向けた。


 「……好きだよ、金光。愛してる」

 「あっ、それは私的に凄く……イイ」

 「そりゃ何より」


 熱に当てられたように言った金光に、大袈裟だなと肩を竦めつつ頷けば、何故か悪戯的に笑われた。


 

 


 

 一瞬視界が暗転したかと思えば、いつの間にか今度は風呂に居た。いつ入ったのだろうか? そんな疑問を思うことすらなくシャワーで体を流そうとする俺。


 『刀哉にぃ~』

 「んー?」


 すると、ガバッと背後の扉が開く。そして再度閉まる。

 そこからは金光が入ってきていた。


 「……なにしてんの、お前?」


 思わずジト目で問いかけてしまう。


 「何って、一緒にお風呂入ろうと思ってきたんだけど?」

 「いやせめて俺が洗い終わってからにしろよ狭い」

 「洗い終わってからならいいんだ……」


 なんて言いつつも、風呂から出ようとしない。当然裸の金光は、自宅の風呂にタオルを持ってくることも無く、浴室内にあるのは顔拭き用の小さなタオルと、体を洗うタオルのみ。


 凹凸の少ない、だがそれでも僅かな曲線に発展途上の膨らみは女の子の体だ。当然男のようなものがついていることも無く、ツルッツル。

 それに加えてこの妹、めちゃくちゃ、俺の目から見れば芸能人すら霞むような美少女なのでタチが悪い。


 隠すものなんてないので、上から下まですっぽんぽんだ……そもそも羞恥心をどこかに捨ててきたらしく、僅かなりとも腕で隠したりする素振りすら見せないが。


 「なぁ、少しは恥じらいを持たないか? お前の貞操観念が気になるんだが」

 「やーだ。だって恥ずかしがったら恥ずかしいじゃん。だったら普通にしてる方がいいよ」


 恥ずかしがったら恥ずかしいってなんぞや。なんだその哲学。

 頭痛がするから頭が痛い、みたいなこと言ってるぞ。二度も同じことを説明せんでいい。


 理解は出来てもツッコミたくなる。


 「……やっぱり狭いし」

 「私たまにクーファちゃんと入るじゃん。だから刀哉にぃともいけるよ!」

 「お前とクーファは小柄な方だからな。だが俺はそれなりに大きい」


 身長は170後半、肩幅も結構広く、体もがっしりとしている。

 うちの風呂は広いが、それでも俺が居るとなると手狭だ。ちょっと腕を動かせば当たるし、金光と二人で居るのは中々洗いづらい。


 今も体を洗うのに腕を動かしていれば、肘にふにっとした感触が当たったりする。その度に鏡越しに金光が俺の事を見てくるのがまたいやらしい。わざとじゃないっての。


 バスチェアから立ち上がったのはそういうことからだ。


 「分かった俺が出る」

 「あぁ刀哉にぃ、今出たら───」


 仕方ないので、俺は金光を置いて風呂から出ようとするが、どうやらその先には伏兵が居たようだ。


 開いた洗面所、そこには丁度着替え途中のクーファが居た。


 「あっ……」


 ぼそっと漏れる声。クーファは脚を浮かせて下着を脱ごうとしているところで、ブラなんかは既に外れてしまっていたため、胸は丸見えだった。

 金光よりも白い肌、しかし金光よりは女性的な体型。こちらも金光に負けず劣らずの美少女のため、破壊力は凄まじい。


 いや、敢えて強く言えば金光よりも人形的な綺麗さがあるだろう。体の作りや容姿からして完璧と言わざるを得ないのだが、今のこのタイミングにおいてはそれはある種凄まじいダメージを俺に与えてくる。


 あぁ、タイミングがこれは完全に悪かった……。


 「……に、兄さん、あんまり見られると恥ずかしい」

 「……ホントにスマン」


 別に妹の裸なんて見慣れている。けれども着替えの途中、それもほぼ全裸に近い状態の着替えを見てしまったことなどは流石に少ないため、互いに気まずさが流れた。クーファは恥じらいながらも、けれど隠すことはなく。


 それがまた俺の目に毒なので、そっと、一言謝ってそそくさと扉を閉めた。そもそも何故そこにクーファが居たのだろうか。いつもなら二人して入ってくることはありえないはず……そんな考えが出てきそうだが、それが許されない。


 代わりに、浴室へ再び戻ってくると、何故か扉があるはずの背後から抱きつかれた。


 「っ、おい」


 そのまま押し倒される。だが返ってきた感触は堅い風呂の床ではなく、普段の柔らかなベッドの上だった。


 場所は俺の部屋。いつの間にか仰向きになった俺の上に、クーファが全身を重ねてくる。

 両手を俺の手と絡めて。


 「く、クーファ?」

 「兄さん、今日は一緒に寝よ?」

 「何を仰っているのか分かりかねますが」


 電気は消灯済み。俺とクーファは既にパジャマで寝る準備万端のようだ。先程までの恥ずかしがったクーファとは一転して、積極的な態度。


 というかこの体勢で『一緒に』というのは、どういう意味で言っているのだろうか。


 「どういう意味、だと思う?」

 「どういう意味も何も、今はあまり不健全なことしたくないぞ俺」


 少なくともこんな夜這いのようなことは健全とは言い難い。先程のこともあってざわつきが酷いのだ。


 「……冗談だよ。本当にただ一緒に寝たいだけ」


 そう言って俺の上から降りると、隣に収まる。

 鼻が触れる距離。俺の腕を枕にするようにして、クーファは笑った。


 「こうでもしないと兄さん、一緒に寝てくれないから」

 「普段はただ寝るだけじゃないから、疲れてる時は遠慮したいんだ」

 「でも、今日とかは一緒に寝てくれるでしょ?」

 「………」


 返事はしない。そんなことしたら味をしめて毎回同じ事をやってくるハメになりかねん。

 まぁ、気休めでしかないが。否定をしない以上、ほとんど同じだ。


 金光だったらどうせイタズラするからそれを理由に追い出せるが、クーファは違う。イタズラなんかしないし、ただ純粋に求めてくるだけ。

 嫌とは言えない、そんな強制力がある。ここまで来たからには俺も断りにくい。


 まぁそもそも妹と寝ることには、抵抗はあっても、嫌悪感があるわけじゃない。

 その抵抗というのもようは体裁とか、年齢を考えてとか、そういう話で、それを除けば寝るのは何ら構わないのだ。簡単に言えば、妹が寝たいなら寝てやる、と言うぐらいのもの。


 叶恵や美咲とかと一緒に寝る訳でもない。高校生と中学生とはいえ相手は妹。一緒に寝ることになんの問題があろうか。


 否、問題などない。

 

 ただ、少し距離は近すぎる気がするが。


 「……兄さんが近いんだよ」

 「お前らが近いんだ」


 クーファが言ったのは、別に物理的な距離の話ではないだろう。そういう意味ならばどちらかと言うと俺が妹たちに近いのではなく、妹たちが俺に近いのだと思う。


 「……そうだね。私が兄さんに近すぎてるのかも」


 ちょっとだけ、遠慮がちな言葉。反射的に俺はクーファの頭を包むように撫でていた。


 「……悪い、少し見栄張った。やっぱ俺からも近づいてる」

 「兄さんのそういう所、好きだよ。大好き」

 「……」

 

 素直な気持ちを伝えるということは、それだけこちらに選択を迫るということ。しかしながら意識しての素直さと、無意識の素直さの中では、軍配がどちらに上がるかなんて考えるまでもない。


 妹の方が上手かと思いつつ、せめてもの抵抗で壁の方を向く。なんか照れくさいのだ。


 そうすれば、背後にピタッと体がくっつけられる。


 その行動に驚く暇もなく腕が回され、よりクーファの体が密着し、胸の感触がダイレクトに伝わってきた。

 密着したカラダを通して伝わってくるクーファの心拍は急かすように早く、ぎゅっと抱き締められ、項に熱い息がかかる。


 今から寝ようとする状態ではない。


 「クーファ?」

 「……ねぇ、兄さん」


 その腕は、どこか寂しさを紛らわすように力が込められた。まるでもう俺を離さないかのように、強く強く、自身の体を押し付けて、俺の体を求めて。

 俺の戸惑いの声に、クーファはそっと耳に口を寄せると、切なげに、震える声で囁く。


 






 「───どこに行っちゃったの?」









 気がつけば、俺は目を覚ましていた。

 先程までと何ら変わらない体勢。ただ違うのは、背後に感じる温かな感触が消えてしまったこと。


 それが酷く虚しくて、手を伸ばしても届かないということが、ここまで悲しいなんて知らなくて。


 「……またか」


 目元を拭えば、指が濡れた。視界も僅かに曇っている。


 本当に、だ。忌々しいことに、俺の脳は意識しないように注意してても、こっちに慣れようとしても、日常を忘れさせてはくれないらしい。


 幸せで、温かくて、それ以外に何もいらないと思えた。妹が居て、笑って生活出来ればいいと思えた。

 その笑顔が、無邪気な声が、素直な好意が、何時までも脳裏にこびりついてしまっている。日に日に、夢は明瞭になっている……。



 今日でこちらの世界に来てから一週間。気持ちを切り替えてかなきゃいけないのに、一度眠れば俺は、必ず向こうを、アイツらを思い出してしまう。

 

 忘れたいとは思わない。思い出したくないとも思わない。


 だが、こんな辛い思いをするのは嫌だ。これを続けていれば、いつか俺は、寂しさに耐えられなくなってしまいそうで。


 どうしてこんなことになった。助けて欲しいと言われて、助けざるを得なくなった。ただそれだけだ。

 なんで俺達が召喚された。俺達じゃなきゃ、こうもスムーズにいかない。だから、俺達じゃなきゃダメだった。

 他の誰かが召喚されるより、よっぽどマシ───。


 「………ふざけんなよ」


 強く目元を覆う。そんな割り切れるわけが無い。最愛の家族と引き離されて、そんな簡単に割り切れるはずがない。


 それでも………夢から覚めなきゃいけない。


 あの幸福な日常に可能性も、俺は認めなきゃいけない。妹と会える日はもう来ないとも、覚悟を決めなきゃいけない。


 そうすればほら───今日もまた、いつも通りだ。


 「外の空気を吸うか」


 微かな気分の悪さを解消するために、適当な服に着替えて、毎朝外へと行く。


 それで俺は、今日もまた、アイツらを意識することなく、拓磨達と訓練に励むことができるようになる。





 例えそれが、どれだけストレスの溜まることだろうとも。

 俺は今は、そうするしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る