第12話


 慎二はすぐに賞賛を受けた。もちろん「うぉぉぉぉ!!」とかそういうノリがあった訳ではなく、訓練が終わった後に、毎回のお調子者であるクラスメイトから「慎二、やっぱお前実力隠してたんだなぁこのこのぉ」みたいなことを言われていたぐらいだが。


 明らかに、慎二に対する評価はここ二日間で大きく変化した。今ではクラスの中でもカーストは上位だ。


 そりゃ、あんな戦いができるなら凄いのだろう。うん。


 「刀哉君、嫉妬?」

 「叶恵、そういうの言っちゃダメよ。刀哉君は今デリケートなんだから」

 「……今更嫉妬なんかしない。それに、行き過ぎた賞賛は苦痛なんだぞ」

 「流石にお前が言うと説得力が違うなぁ。けど俺にはわからんね、チヤホヤされたいし」


 お前は勉強方面でチヤホヤされてるだろ。


 午前の訓練も終わり、昼飯。今日は交代だったのもあってか、そこまで疲労はないようで、叶恵達も普通に食べれていた。


 ちなみに拓磨はなんでも王女殿下にお呼ばれしたとかで、抜けている……大変だな、あいつも。


 サクッと昼食を食べ終わり、席を立つ。


 「んぁ、もう行くのか?」

 「休みの時間はそう多くないしな」

 「あ、刀哉君」


 と、叶恵が声をかけてきた。少し上目遣いをしてきているのを見るに、何かをお願いしようとしてるらしい。


 「ん?」

 「ちょっとお願いがあるんけど、この後暇かな?」

 

 暇か暇じゃないかでいえば、俺は図書館に足を運ぼうかと思っていたのだが、こっちの世界に来てから、樹や拓磨とはともかく、叶恵とはあまり話が出来ていない。どっちの方が優先かなんてのは考えるまでもないか。


 「別に暇だが、何だ?」

 「ほら、昨日魔力? みたいなのを教えてもらったでしょ? だから、魔法教えてもらいたいな~って……ダメ?」


 地味に首を傾げて見てくるのがあざとい。恐らくは自然なのだろう、叶恵は基本的に無意識でやっていることが多いので、生来のものだ。

 もちろんその程度のことは造作もない。笑って頷けば、叶恵は「直ぐに食べるね!」と喜びながら、ご飯にかぶりついた……実際には女の子らしく小口ではあったので、その言い方は語弊を招くが。


 「あぁ、魔法か。俺もなぁ、早く習いたい気はするな」

 「ならお前も一緒にどうだ? もちろん、どうせなら美咲も」


 後頭部に両手を当てて天井を見上げた樹に言ってみるが、数秒考えた後、仕方なさそうに首を振った。


 「……そうしたいのは山々だけど、止めとく」

 「そうか……美咲はどうする?」

 「私も、この後どうせ習うんでしょうし、止めとくわ。それに、こっちに来てからまともに話してないでしょう? 幼馴染みだし、邪魔しない方がいいかと思って」

 「あ、そんな事ないよ! 美咲ちゃんも、もちろん樹君も、一緒に……」

 「私と樹君はまた後で刀哉君と話すわ。それに、樹君は図書館に行きたいでしょ?」

 「お、そうそう。図書館で調べたいこともあるからな」

 「悪いな、二人とも」

 「貸し一つな」


 と、明らかな遠慮を示す二人に、俺はいらない気遣いなんだがなと思いつつも、素直に受け取る。いらない、とは言っても、無駄ではない。叶恵も、幼馴染みの俺の方が気を遣わなくていい所はあるだろう。


 そういうことで、昼食後は二人とは別れる。叶恵は最後まで申し訳なさそうな顔をしてたが、樹とは何時でも喋れるし、美咲も何かあったら自分が来てくれる。何より美咲のことは、拓磨も幼馴染みということで気にしてるだろうしな。


 「それで、どこでやる?」

 「私の部屋か、刀哉君の部屋じゃない?」

 「近いのは……俺の部屋か」

 「じゃあそうしよ」


 別に自室ではなく、あくまでこの城の客室なので、気にする事はあんまりないだろう。それでも女子の部屋と男子の部屋は違うと思うので、なら俺の部屋でいい。いくら幼馴染みでも、礼儀は大事。


 ……どっちの方がマシなのだろう。自分の部屋に誘うのか、それとも相手の部屋に行くのか。よく分からなくなってきたが、叶恵が気にしてないのでそれ以上は何も言わず俺の部屋まで向かう。


 久しぶりに一緒に行動するからか、隣を歩く叶恵は見るからに気分が弾んでいるようだ……俺はそれに気づいたが、敢えて何も言わずに、部屋の中に招いた。



 ◆◇◆



 魔法を教えるのは簡単だ。俺が昨日やったようにやらせればいい。


 魔力操作までは昨日の時点で出来ていたはずなので、それをおさらいしつつ、叶恵には火をイメージするよう伝えた。マリーさんが火を出したのを見ているだろうし、見ていたかは知らないが、慎二もたまにクラスメイトにせがまれて魔法を使っていた。


 最初こそ苦戦したものの、それも五分程度で、叶恵はすぐに、指先に炎を生み出すことが出来た。俺が最初にやったものよりも弱々しいが、十分だろう。


 「何となくわかったか?」

 「うん、ありがと刀哉君……それにしても、うわぁ、本当に魔法だ……」


 やはり面白いのか、自分の指先に何度か炎を出現させる叶恵を、微笑と共に見守る。この分なら確かに美咲達を連れてきても、十分良かったかもしれないななんて思うが、すぐに振り払って。


 「それより叶恵、こっちの世界はどうだ。何か心配事とかないか?」

 「うん? うん、大丈夫だよ。美咲ちゃんとも一緒に居るし、武器はちょっと使えないかもだけど、こうやって魔法も使えるようになったし……正直、ちょっと楽しいかも?」


 手を合わせたり指を絡めたりしながら、叶恵はバツが悪そうに、しかしちょっとだけイタズラ的に笑う。

 不謹慎だけど、という意味なんだろう。だがそれは、別に悪いことじゃない、と思う。


 「それならいいんだけどな。ホームシックになったり、しないか?」

 「うん、平気だよ。みんなと一緒……刀哉君と一緒だから、大丈夫。ちょっとお姉ちゃんとかには会いたいかなって思うけど、それだけだよ」

 「……そうか」


 思ったよりも力強い返事が返ってきて、俺も頷く。皆の精神を良好な状態に保たないといけないだろうし、俺はそこのところ、勝手ながら心配していた。

 だが、叶恵は大丈夫なようだ。まだ二日目だが、これなら何日か経っても、変に弱気になったりはしないと思う。


 そう思っていれば、気づけば叶恵が、座る俺の顔を、近くから覗き込んでいた。


 「刀哉君は? そっちこそ、平気なの?」

 「……俺は平気だ。ほら、俺は自分一人でなんでも出来るからな、不安なんてない」


 純粋な心配が来る。確かに、俺が心配しているなら、向こうだって、叶恵だって俺のことを心配してくれている。だから俺は、僅かに間を空けて、少し自信ありげに返した。


 けど叶恵は、続ける。続けてしまう。


 「そうかもしれないけど……でも、刀哉君だって、金光〃〃ちゃんとクーファ〃〃〃〃ちゃんに、会いたいんじゃない?」

 

 ばっとその場で立ちかけたのを、半ば無理やり制止する。


 金光かなみとクーファ……その瞬間に頭を殴られたような衝撃を感じつつも、その名前をほとんど思考から振り払うようにぐっと奥歯を噛み締める。

 叶恵が俺の一瞬の停滞を不思議そうに見るが、これでもコミュニケーションにずば抜けて長けている。自身の表情を隠すぐらいはなんてことない。


 「いや、会いたいけど、平気だ。こんな世界にアイツらが来る方が、俺にとっては辛いしな」

 「そう? ならいいんだけど……私だって刀哉君のこと心配なんだから、無理しないでね?」

 「へいへい。お、そろそろ午後の訓練になるな。ほら、早く行く行く」

 「あ、ちょっと押さないでよ刀哉君っ、もうちょっと話してたって……」


 自分で話が急だとわかっていても、そうせざるを得なかった。苦笑を貼り付けて、グイグイと叶恵を部屋の外に押していく。


 「五分前行動だ。俺は少し手洗いに行くから、先に行っててくれ」

 「も、もう、強引だなぁ……」


 そう言えば、叶恵は仕方なさそうに「じゃあ先に行ってるから」と廊下に出た。鈍感で居てくれて助かった、と言うべきか……手洗いはもちろん嘘だが、部屋に備え付けられている洗面台に、俺は手をつく。


 「───っ、落ち着け、俺……」


 叶恵がいなくなった途端、顔が歪む。苦悶の表情を浮かべてしまう。


 金光、クーファ……脳裏を何度も何度も、その二人の姿が過ぎる。その度に胸が苦しくて、だからそれを意識的に振り払って。

 それでも湧き出てくる記憶という記憶を、いっそのこと俺は吐き気に変換した。意図的に呼吸を浅くして、段々と胃の中からせりあがってくるような感覚を、抑えもしない。


 やがて洗面台に向けて戻してしまえば、少しはスッキリしたようにも感じる。喉や口に不快感はあれども、苦しさはもうない。魔石に触れて水を流し、数度、深呼吸をした。


 「………はぁ」


 発作のように心臓が止まっていたのか、逆に緊張で鼓動が速くなっていたのか。心臓も落ち着きを取り戻したものの、時間が経てば今度は自身のこのていたらくに、怒りすら湧きそうになる。


 これだ。俺はこれを恐れていた。嫌なんだよ本当に、ホームシック〃〃〃〃〃〃になるなんて。


 油断してた。叶恵は恐らく純粋な心配で踏み込んできてしまっただけだ。事実幼馴染みである俺が、それを聞いただけでこんなふうになるとは思わないだろう。


 全部嘘、『平気』なんて言葉は強がり。見栄。虚勢。意識していなければ俺は精神的に問題ないが、意識した途端、瓦解してしまう。それも理解しているから、俺は自分で意識しようとしない。


 だがそれ故に、こうしたふとした瞬間に名前などを出されると、どうしても耐えきれない……叶恵だって、お姉さんに会いたいとは言いながらも、平気そうだった。しかし俺が……俺がこんなでは、相談なんて思い上がりも甚だしい。


 不安なんてない? 違う。不安しかない。




 ───それは分かっていても、俺は、その弱音を吐けない。

 夜栄刀哉は、それこそ拓磨か、それ以上に頼りにならなきゃいけない。誰のためでもなく、自分のために。




 洗面台から顔を離す。顔色は悪いが、それでも驚くほどではない。もし気づかれても、腹が痛かったとでもいえばやり過ごせるだろう。


 数度口を動かし、声音が震えてないか、口調に変化がないか確認する。俺の不安を悟らせてはいけない。恐らく誰かに明かしてしまえば、俺は癒しを求めてしまう。それは今はまだ、許されてはいけない。


 だって、俺が居なくなったら、そのかわりを誰が埋められる? 拓磨だって樹だって、美咲も叶恵も、俺にしか相談できないことがある。

 その時、俺が居なきゃダメなのだろう。こんな時、頼りになるやつが真っ先に崩れれば、不安が伝染する。


 廊下に出れば、意識は切り替わってくれる。僅かな苦しさと不快感を残しながらも、思考は冴えてくれる。



 ───グチャグチャの思考は、ようやく正常に戻ってくれた。

 

 

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