第11話
う、い、今、猛烈に、お腹が痛い……。
──────────────────────────────
迎えた翌日。睡眠なんてやはり必要なかったのだ。
まぁつまり、徹夜したわけですが。とはいえ、高校生にとって一徹は大した苦労ではなく、支障もない。
大変有意義な時間だったとだけ言っておこう。
「───よし、全員居るようであるな。私としても、勇者殿達が嫌々であろうとも全員訓練に出ているというのは、とても喜ばしい」
そして午前の訓練は今日も始まる。グレイさんが言ったようにちゃんと全員出ているが、中には確かに、仕方なく出ている者も居るだろう。
流石にこの状況だ。あまりストレスを溜め込んで欲しくはないが、そこは後々対処していくしかない。
「さて、昨日嫌という程素振りをしたので、恐らくは剣自体は手に馴染んだだろう。今日は素振りから一気に進んで、刃が潰れた剣を用いた、対人戦を行ってもらう」
そういったグレイさんは、既に人数分の剣を用意しているようだった。刃が潰れているが、当たれば痛いことに変わりはないだろう……考えてもやる気を失うだけなので、そこは排除しておこうか。
それにしても、素振りからいきなり対人とは、確かに急だ。素振りとはいっても、別に剣は上から下へ振ることだけが技ではない。俺も地球の剣術に詳しい訳では無いが、袈裟斬り、逆袈裟斬りなどはよく見かける言葉だし、少なくとも素振りとて何通りもあるはずだ。
昨日は上から下への振り下ろしがほとんどであったし、それでもいいのだろうか? 初日から『打ち込んでみろ』と俺も言われていたし。
そんな俺の疑問を読み取った訳ではなく、全員の『もう?』という表情を見てだろう、グレイさんはその理由を述べる。
「実を言えば、私が勇者殿達を指導できる時間はそう長くない。精々が二週間から三週間、と言ったところだろう。私も騎士団長としての仕事がある。勇者の育成は第一だが、それでも目の前の危機を見逃す訳には行かないのだ」
つまり……現状、何かしらグレイさんが出なきゃ行けないような問題があって、それを込みで許された時間がその二週間から三週間、という期間なのだろう。
それ故の、段階を飛ばすような育成。
「だが、昨日の素振りだけでも、最初と最後では目に見えた成長があった。勇者殿達はやはり成長力が段違いなのだろう。そういった側面もある。安心して欲しい、勇者殿達は昨日とは比べ物にならないほど成長している。この対人戦も、そう時間をかけることなく慣れてくるだろう」
対人戦とはいっても、最初から『取り敢えず斬り合え』なんてことはなく、基本的には実力が近い者同士で組み、まずは攻守を決め、攻撃側は攻め、防御側は受けを練習するのだと言う。攻守は五分で入れ替えの十分形式。
地球では、二人一組で組むような体育は、実力的に俺は拓磨と組むのが基本なのだが、今回に限っては違う。
「よろしくな慎二」
「あぁ」
拓磨よりも剣の扱いに慣れていて、体力がある慎二は、グレイさんの指名で俺と組んでいる。拓磨は
慎二は俺と相対するなり、体に力を入れる。力んでいると言うよりは、臨戦態勢とでも言おうか。体が固まっているようには見えず、やはり俺が地球の頃抱いていた慎二のイメージに当てはまらない。
明らかに、
「んじゃ攻守、どっちがいい?」
「最初は守りで」
「オーケー。俺が攻めだな」
俺との会話も言葉少なで、あまり取っ付きやすくは無い。だがその程度は慣れたもので、俺も気にすることなく返事をして、剣をくるりと回す。
昨日の練習だけで、剣を持つのに何ら違和感はない。これもまた[完全記憶]の力なのか、一度覚えた感覚は絶対に忘れないとはまた、随分と凄いというか……。
やや低めの姿勢で、重心も低く。いつでも駆け出すことが出来る体勢。
訓練場の広さ的に一度に戦闘……いや、この場合は試合か。ゆとりをもって試合を行えるのは8組なので、残り5組は最初は外で見ていることになっている。その視線の大半がこちらに注がれているが、注目には慣れている。
一方で慎二も、それを理解している素振りを見せながらも、気にした様子はない。ただ単に肝が据わっているにしては気にしなさ過ぎなので、やはり慣れているように見える。
だが、地球の頃は目立つような奴ではなかった。クラスに一人はいる、休み時間寝てたり、本を読んでたりするタイプだ。
となると……うむ、ますます分からん。剣の構えも隙が無い。
「……どうした、来ないのか?」
「っと、悪い、ちょっと考え事をしてた」
黙ってただ見つめる俺を、不審な目で見てきた慎二に返す。そうだな、今はこっちに集中か。
改めて剣を構え直し……スッと、静かに距離を詰める。
彼我の距離はおよそ10メートル。本来なら走り出しも含めて一秒近くは詰めるのに時間がかかりそうだが、俺はそれを
しかし、慌てずに慎二は対応した。低い姿勢から放った攻撃はしっかりと防がれ、そのまま俺の剣をすくい上げるように動く。
それは自分から腕を引き戻すことで避けて、顔の横まで引き戻した腕を突き出し、今度は突き。
ガキンッと音を立てて外側に弾かれる。ただ当てたのではなく、確実に、タイミングを合わせて瞬間的に弾いてきた。
直前で気づいていなければ、大きく腕を外に出し、胴体を晒していただろう。普通だったら致命的な隙だ。
それを避けるために、逆らわずに勢いを受け流した訳だが。
クルリと剣を回して衝撃を殺し、その際に逆手に持ち、振るう。
今度は弾くのではなく普通に防がれる。少しの間互いに押し合いをして、剣を引き、瞬時にしゃがみこんで足払い。
ガッ───どうやら重心はしっかりしているらしい。蹴りが慎二の片足にぶつかって、それだけだ。転倒には至らない。ダサいぞこれは。
しかも上から剣が降ってくる始末。腹をめがけてだ。
そんな話したことは無いとはいえ、仮にもクラスメイトに対して容赦が無さすぎじゃないのかと思いつつも、その攻撃を斜めに構えた剣の刀身の上を滑らせることで回避し、その間に立ち上がる。
一度スタスタと、バックステップで距離を取った。
「……慎二、お前何か習ってたっけか?」
「剣道は少し」
「なるほど、道理で」
試しに聞いてみたが、嘘だなとすぐに理解する。向こうは基本表情に乏しいが、思考を隠すのはそこまででは無い様子。
適当な相槌を打って、心の中で唸る。
正直に言おう。学生の喧嘩レベルではない。俺はもちろん、慎二の対応もまた、学生には無理な領域だ。
少なくとも、これが初めての戦闘だと言うなら、拓磨なんかのような特殊な人間でもなければああも同じことはできない。いや、拓磨でも流石に難しいだろうか。
ここにきてやはり、慎二は
現状、俺の身体能力はクラスメイトの中で恐らくトップだ。その俺について来れるということは、慎二もまた高い身体能力だとわかるが、それにしては速すぎる。
俺よりも身体能力高いんじゃないかと思うぐらいだ。それでいて動きも驚くほどいい。
地球の頃で俺より身体能力が高かった可能性はない。ゼロだ。それは俺が断言出来る。
だが今は違う。勇者として人一倍強化されたのか、それとも……何にせよ、少し慢心していたことは否めない。慎二は余裕そうだ。
とはいえ俺も、その力量を見誤っていただけで、まだ余裕はある。
再度低い姿勢から。剣の間合いにまで踏み込むのは同じ。
一歩踏み込んで、慎二が防御に入る。俺が剣を振る体勢に入ったのが見えたのだろう。
だが俺は、まだ剣を振らない。振らないで、躊躇いなくもう一歩踏み出した。本来なら相手の完全なる間合い。だが防御をする素振りもせずに懐へと、その瞬間だけ、自然な足取りで入り込む。
流石に剣を無視して詰められるとは思わなかったのか、一瞬驚愕が見え、慎二の反応が遅れた。
選んだ手段は、後退。だがそれはこの距離ではもう遅い。他に選べる手段としては、改めて剣を振るとかだが、それも間に合うかどうか。
その行動が完了する前に、俺は剣───ではなく、空いた左手で慎二の腕をつかみ、動きを封じてから改めて剣を突きつける。
「うぉっ、刀哉がやっぱ勝った!?」
「夜栄君、相変わらず凄いなぁ……」
観客という名のクラスメイトから漏れる声に、ドヤ顔すら向けてみたくなるが、相手はさほど親しくはない慎二。やめておこう。
それに大半は恐らく、どちらが優勢かまではわからなかったはずだ。一つ一つの行動はとても早いのだから。
「……参った」
「よし、まずは一勝貰い」
剣を離して、元の位置まで戻っていく。慎二は驚きを顔に出していたが、やがて周囲のクラスメイトと同じように、呆れにも似た感情を向けてくる。
「今のは意表を突かれた……次は俺が攻めか」
「だな。ただ、五分経ってからにした方が良さそうだな、一応全員でタイミングも揃えてるだろうし」
「分かってる」
そうして少し待ち、グレイさんが一度声を上げた。周囲ではそうそうに勝敗が決まっていたものがほとんどで、拓磨と充はどうやらいい勝負をしていたらしいが、攻めの拓磨が勝っている。
充は確か、剣道部次期部長候補だった気がするが……そんな相手に、授業でしか剣道をやった事がない拓磨が勝ってしまうのだから凄い。
剣道をやっているか否かは、俺たちにとっては大きなアドバンテージだ。最初の動きからして、やっている者といない者とでは大きく変わってくる。そのアドバンテージを覆して拓磨が勝っているのだから、やはり特別だ。
さて、それはともかく、攻守を入れ替えて再び試合を再開させる。
腰を深く落とし、受けの姿勢。すると慎二は、剣を構えずに口を開いた。
「夜栄、少し言いたいことがあるんだが」
「あぁ、なんだ───」
答えている途中で、慎二の姿がその場から消える。
反射的に背後に剣を振れば、首に当たるギリギリの所で慎二の剣を防ぐことに成功する。
ギギギギと鈍い音を鳴らし互いに押し合いながら、俺は苦笑を浮かばせる。
「これは、意地が悪いんじゃないか慎二」
「さっきの仕返しだ」
なるほど、負けず嫌いなところは少なからずあるらしい。確かに先程のは意識されていたら二度目は成功しない、つまり一度きりの奇策だ。俺だってあれをやられれば、『次は対応できる』と思うだろう。
だがそれ故に、少し苛立つ。
慎二の声に苛立ちはないが、僅かに悔しさは滲んでいた。
とはいえ、言葉で意識を逸らしてなんて言う古典的な方法は、他の奴らになら通用したかもしれないが、こと俺に至っては、その瞬間に意図を読める。
だからこそ防げるし、今のスピードを見ても驚くことは無い。
硬直を嫌ったのか、一度慎二は距離を取った、かと思いきや、再びまた攻めてくる。
俺の防御を崩そうと言うのか、上から下から、右から左から。様々な場所から攻撃を連続で重ねてくるが、俺は全方位に均一に意識を振っている。
どこから攻められたとしても、全て同じように対応するだけだ。
だから、斬り払いから一転、いきなり突きをされても、首を僅かに逸らして回避するだけ。
回避しながら、下から慎二の剣を弾く。
「流石に、厳しい」
慎二が微かに呟く。『流石に』というのが、俺が相手だと、という意味なのは何となく理解できた。
慎二は弾かれた勢いを殺さずに、そのまま腕を上げ、むしろそのまま後ろに倒れて、サマーソルトに繋げてくる。跳ね上がってくる足先を少し仰け反ることで避け、しかし慎二は綺麗に着地し、恐るべき速度で追撃を仕掛けきた。
サマーソルトとか、余程運動神経が良い奴じゃないとそんな簡単には出来ないんだが……しかも繋ぎまで綺麗なもので、動作一つ一つが洗練すらされている。
サマーソルトは出来たとしても、そこから攻撃に隙なく移行するのは難しい。
そう考えている間にも、腕がぶれたかと思えば、ほぼ同時かと思う程のタイミングで二連続の斬撃が放たれる。
防御すると、二度の衝撃で剣を持つ手が痺れそうだったので、タンッと軽く地面を蹴って回避し、隙間なく詰めてくる慎二に対し、すぐに重心を前に倒す。
刃と刃がぶつかり、鍔迫り合いになり、やはり強い力に慎二の身体能力を上方修正。
互いに押し合いながら、慎二は一瞬だけ力を抜くが、そのタイミングを見切って俺も力を抜くことで、隙は作らせない。逆に一気に押し込もうとしても、合わせて力を入れて拮抗させるだけだ。
防御側としては、拮抗は望むところ。そんな中、慎二が至近距離で口を開いた。
「……さっきは俺に聞いていたが、夜栄の方こそ、何か習っていたのか?」
「美咲の道場で剣術を少し」
「なるほど、嘘か本当か分からない……なっ!」
初めて力んだ声が漏れる。片手では流石に耐えるのが難しくなるほど力強く弾かれ、これまた逆らわないように衝撃を流して、最小限の動きで振り抜かれた剣の攻撃を、紙一重でかわす。
瞳の一寸ほど先の空間を、やたらゆっくりと慎二の剣が斬り裂いていく。それを瞬きもせず見送り、外に振り切った慎二の剣に、引き戻した自身の剣を当てる。
腕を外に伸ばした状態で、内側に力を入れるのは難しい。そのままギャリィッと金属が擦れる音を立てながら、慎二の剣を振り上げられないように下に押し倒す。
「ふっ!!」
意図を見抜かれすかさず後退されれば、今度は慎二は軽やかに跳躍した。
余裕で五メートル程の高さに到達し、まさかの上空からの打ち下ろし。
頭上で防御のために剣を掲げるが、慎二の攻撃が入った途端、結構な衝撃が俺を襲ってくる。
「流石に、腕が痛いって」
「耐えといてよく言う!」
言葉に力が篭もり始めている。そのままギャリギャリギャリと再び金属音を鳴らしながら慎二は地面に降りてくるが、剣をザッと地面まで振り下ろしたかと思えば、今度は逆に跳ね上げ。次から次へと落ち着きのない……。
ここは敢えて剣を弾かせ、その間に俺の方から、慎二の懐へと入り込んでしまう。体に近すぎれば、当然剣は振りづらい。そのために距離をとる僅かなロスは、こちらの味方だ。
そしてそのロスが、今回は決定的な勝利をもたらしたと言ってもいい。
「そこまでだ!」
五分きっかり。グレイさんの掛け声によって、改めて剣を構えようとしていた慎二は、諦めたようにそれを下ろした。
「……これは参った、俺の完敗だ。流石に、夜栄は強いな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます