第8話



 「私は王都魔法師団団長、マリー・アザベル。今日から君達勇者に、一般教養と魔法〃〃を教えさせてもらうよ」


 そう明朗に挨拶をしたのは、如何にも魔法使い然としたゆったりとしたローブを身にまとった、赤髪の女性だった。それも、かなりの美人で、歳は見た目からして20代っぽい。


 場所は午前に訓練した場所とは丁度反対側、位置関係を表すなら、西側に騎士団の訓練場、中央にドデカく城があり、東側に魔法師団の訓練場がある。


 その魔法師団の訓練場に隣接するように、講義室のような部屋があり、現在はそこに集まっていた。


 そして、魔法師団という名前の通り、これは魔法使いの騎士団ともいうべき組織らしいが、その団長であるマリーさんから、直々に魔法を教えて貰えるらしい。


 ───さて、クラスの中で目を輝かせなかった者が居るだろうか。探す方が難しいに違いない。


 魔法───先程まで調べていたが、まさか二日目にしてもう魔法なんて代物に触れることができるとは……そのため魔法の基礎知識は新鮮な状態で俺の頭の中に貯蔵されている。


 そういえば、[完全記憶]なんてスキルがあったが、あれの効果は絶大だ。違いがわからない、なんて言ったことを完全記憶さんにお詫びしたいぐらいだ。

 なんせ、本の内容だけでなく、『本を読んでいた時の光景』が、鮮明に思い出せる。なんというか、頭の中で俺が見ていた光景が映像として流れているような。本の何ページの何行目には何があったとかも思い出せるし、その時に僅かに聞こえていた周囲の音や、そういったものまで……これはいくら記憶力が良くても無理な次元だ。正しく格が違う。


 本当に文字通り、五感の全ての情報をリアルタイムで完全に記憶しているのだから……想像以上のヤバいスキルだ。


 「勇者クン達は魔法がない世界から来たみたいだから、今回は簡単な基礎知識から。とは言ってもそんな深いことはなくて、魔法っていうのは『人々の願いの力』って話なんだけどね」


 どうやらグレイさんとはちがい、結構軽い感じの人らしい。一気に弛緩した空気が漂いつつも、しかしテキパキと、マリーさんは説明していく。


 「えー、昔々、この世界を創成した女神様が、人間に『何でも願いが叶う力』を授けました……もちろん、現実の魔法はそんな万能ものじゃないんだけど、魔法の原型としてはそれなわけだよ」


 ホワイトーボードらしきものにマジックで文字を書いていくマリーさん。『魔法=願いを叶える力』と書かれ、これが魔法とは何か、という質問に対する答えになるのだと言う。


 「それで、じゃあ現実として、今の魔法はなんなのかって言うと……まぁ、言うならこの『願いを叶える力』の劣化版かな」


 下に矢印が引かれる。劣化版、下位互換。願いを叶えるという万能な力に比べ、現実の魔法はもっと色々な制限がかかったものであると。


 「女神様が授けた『何でも願いが叶う力』を、しかし人間は各々が私利私欲のために使いました。破壊と再生が何度も繰り返され、無意味な争いを行い、そんな人間を見た女神様は失望し、その『何でも願いが叶う力』に様々な制約を課しました。その結果、現在の不完全な魔法になったとさ。めでたしめでたし……ちなみに今の話はこの世界じゃ基本誰でも知ってるような話だから、覚えておいた方がいいよ」

 

 中々の不意打ちである。最初からそういうのは言っておいて欲しいが、幸いにしてこれは覚えやすい話だろう。

 女神が魔法を授けたが、人間は欲のある生き物だから争い、それに失望したから魔法に制限をかけた。たったそれだけの事だ。


 問題は、その『制限』なのだが。


 「女神によってかけられた制限は二つ。一つは属性制限。女神は魔法に特定の属性を設けることで、使える魔法を制限した。万物を創造し、万物を破壊し、事象を捻じ曲げ因果すら変えてしまうその万能の力は、属性という制限によって出来ることが狭められたんだ。設けられた属性は全部で10種類……あ、多く感じた? でも多分簡単に覚えられると思うよ」


 マリーさんは再びホワイトボードに文字を加えた。まず一番上に『火』の文字が書かれ、次いで『氷』『風』『土』『雷』『水』と時計回りに配置され、水の隣にはまた『火』が来るように、ちょうど円を描くようになっていた。それらの文字と文字は、時計回りの矢印で結ばれている。


 その円の中央では『光』と『闇』が、両方を示す矢印で結ばれ、さらにその円の外には『回復』と『時空』という文字が、特に何で結ばれることもなくポツンと存在していた。


 全ての単語を数えれば十種類。火水土風氷雷光闇、そして回復と時空。

 これらが魔法における属性の種類だ。


 「今書いたのがさっき言った属性で、これらは属性相関図ってやつ。どの属性がどの属性に対して強いのかを表していて、矢印の向きに強いわけね。ちなみにその逆が言わば弱点。光と闇は相互に干渉し合うから、有利でも不利でもなく、純粋に力が強い方が勝つ。回復と時空はまたちょっと違うから属性相関図からは外れてるの。これらを分けて、基本八属性と特殊二属性って言うのね」


 円の方に『基本八属性』、孤立する回復と時空の方に『特殊二属性』と書き加え、更にそれとは別に、各属性の名前を再び書いていく。


 「それぞれの属性は名前の通りの力を持ってるの。火属性は火を司る属性。水属性は水を司る属性。司るってことは、それを発生させることが出来るわけで、操ったりもできる。基本八属性は、それぞれの名前のものを発生させたり操ったりできるのね」


 そう言ってマリーさんは、試しにと人差し指を立てて見せた。


 「実際にやると……『火よ』」

 「「「おぉっ!?」」」


 その瞬間、人差し指の上に小さな炎が点る。マリーさんが呟いた途端それが人差し指の上に現れ、消えることなく揺らめいているのだ。


 マジックのようなその光景に、一瞬色めき立つ俺達。見た目はただ炎が揺れているだけだ。だが、指の上で炎が揺れているという常識的には考えられないような光景と、これが魔法かという認識が、ある種の興奮と高揚を齎している。


 マリーさんはそれに息を吹きかける動作をし、炎はボッと音を立てて消え去る。


 「とまぁ、こんな風に火属性の魔法は火を出したり消したりできるわけ。他の属性も同じようにね。ここまでは基本中の基本だけど、大丈夫かな?」


 今のところは特に難しい話もされていないし、ただ覚えるだけだ。全員が問題ないのを見て一つ頷き、更にマリーさんは進めていく。

 

 魔法には先程も言ったように、制限が二つある。


 一つ目が今話した属性制限。そしてもう一つが、『魔力制限』。


 「女神は魔法に属性を設けて使用できる魔法を狭めたけど、それに加えて、魔力という制限をかけた。元々魔法は願いの力だから、代償や扱うための技量なんてものは必要なかったんだけど、まぁ先に言ったように人間が私利私欲のために使い争ったため、まず使うのに代償が必要になり、そしてより高度な魔法を使うにはそれ相応の技量を必要とするようになったんだ」


 ホワイトボードは一度真っ白にされ、マリーさんは新たに『魔法の燃料=魔力』と書き記した。


 「魔力っていうのは、この世界に満ち、身体の中にもあるエネルギーのことね。無味無臭無色透明で実体もない。それは空気や風と同じように、だけど空気とかが現実世界にしっかり存在しているのに対し、魔力そのものは、現実世界に一切の物理的影響を及ぼさないのが、大きな違いかな」


 在り方としては似ているが、根本が全く違う。空気は確かにそこにあり、液体を押しのけたり、風ならば物を動かしたりとできるのに対し、魔力はそういったことが一切できない。

 魔力が沢山あるところに水を流しても魔力が押し流されることが無ければ、もちろん水を押しのけることもない。まるでそれぞれが別次元に存在するように───レイヤーが違うように、互いに干渉せずに、同位置に収まってしまう。


 「だけど、魔力を現実世界に干渉させる方法がただ一つある。それが、魔法に使用すること。というよりは魔法とは魔力が現実世界に干渉できるようになった姿、とも言うべきかな……そこら辺の詳しい理屈や原理はともかく、元々願っただけで使えるはずだった魔法は、今はその魔力を持っていなければ一切使えないってこと。だからさっき使った火を生み出す魔法も、少しだけど私の体の中にある魔力を消費して発動したんだよ」


 この辺は言わば、ゲーム的にいえばMPを消費して魔法を発動するのと似た感じなので、大抵の者はその感覚を理解するのに苦労は無いはずだ。


 問題としては、この次。魔力そのものではなく、その魔力を、魔法を扱う技術、技量に関して。


 「ここまで言うとね、魔法は魔力を消費すれば発動できるって思うかもしれないけど、そんな簡単でもない。さっきも言ったけど、より高度な魔法を扱うためにはそれ相応の技量が必要になる。その技量、技術が無ければ、魔力がいくらあっても簡単な魔法しか発動できないの。これはまぁ……凄く感覚的な事だから言葉で話すのは難しいんだけど」


 おどけたように肩を竦めてマリーさんは笑う。

  

 「それに関しては習うより慣れろ、かな。 よし皆、お待ちかね実習の時間だよ」


 そう言ってマリーさんは、キュッキュッと、ホワイトボードに人の形を描いた。


 「今から君たちにやってもらうのは、自分の体の中にある魔力の感知。魔力っていうのは生物にとっての視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に次ぐもう一つの感覚でもあるのね。魔覚? 非公式にはそんな名前もあった気がするけど、ともかく、体の中を流れる魔力を認識すること!」


 その人の輪郭の中に、体を沿うようにして矢印を描く。頭から腕、腕から脚、脚から腕、そしてまた頭と。


 「魔力はこんな感じで、体の中を絶えず巡ってるの。血液、みたいなものかなぁ。厳密には何を通って巡ってるのかは知らないけど、本当なんだから仕方がないよね、うん」


 体内を矢印、つまり魔力が循環している図が描かれ、なるほど、分かりやすいなと。

 マジックを一度マリーさんは置いた。


 「どうにかこうにか、この魔力を感知出来れば、第1段階はクリアってところかなぁ。ちなみにこれは、コツとかは特になくて、もう自分の体の内側に目を向けるしかないよ。頑張れ勇者クン!」

 「えっと、その、それってどれくらいでできるようになりますかね?」


 再び質問が飛ぶ。確かに、目安の時間は聞いておきたいものだ。とは言っても、それが奮起の材料となるか、不安を後押しするものとなるのかは、分からないが。


 「んーそうね、魔法は感覚的なことで、いわばセンスだからなぁ。魔力の感知は、生まれつき自然とできてる人もいれば、意識して初めてできる人もいるし、なかなか出来ない人もいる。大抵の人はどんなに遅くても一日、早ければ十数分から数時間程度で魔力を感知できるようになると思うよ。最も、勇者ならその限りでは無いかもしれないけどね」


 つまるところ、努力次第でどうにかなる物ではなく、ただただ己の才覚が影響するということか。

 

 先程もマリーさんが述べていた通り、魔力とは魔法を発動するために必要なものだ。

 そして、俺達の中にもあると言う。だが実際問題、その魔力とヤラが俺達に付与されているはずなのに、俺達は今までその感覚に一切気づかなかった。


 それが、実は地球に居た頃から魔力というものがあり、それで慣れてしまって気づかないのか、それとも、まだ魔力を感知する感覚が芽生えていないのか、分からない。


 ここからその魔力とやらの感覚を掴めというのだ。随分と無茶にも聞こえはするが。


 「んん~……全然わかんないや。魔力なんてホントにあるの?」

 

 隣の叶恵が唸りながら頑張っていたが、すぐに首を傾げる。

 さっきも言ったように何を取っ掛りにすればいいのかとても分かりにくいが、かと言って決して不可能なわけじゃない。


 何故なら、俺が既に出来て〃〃〃〃〃〃〃いるのだから〃〃〃〃〃〃


 「ホントにあるから、取り敢えずお前は、試しに血液をイメージしてみろ」

 「血液?」

 「さっきマリーさんが言っていたろ? 魔力は血液のように循環している。だったら、血液をイメージしてみればいい。魔力なんて違和感を探そうにも、俺達には最初からわからなかったんだから、まずは魔力が通ってるだろう道を辿るのが一番早い」


 あくまで『血液みたいな』というのは理解している。だがそれでも、血液を意識し出来た〃〃〃以上、アプローチの仕方としては間違ってないのだろう。


 事実───魔力は体の中を巡っていると感じ取れる〃〃〃〃〃


 マリーさんから『魔力は絶えず体を巡っている』という言葉を聞いた時点で、何となくで理解出来た。血液と同一視し、イメージをする。

 とはいえ、実は他にも心当たりがなかった訳では無い。


 今朝、騎士団の風呂を借りた時に、石に触れると天井からお湯が降ってくるシャワーのシステムがあったが、あの時に感じた吸着感のような、体から何かを吸われる感覚……あの時、その吸われた『何か』がもし、魔力だとしたら、と考えたのだ。


 流石に生体反応を感知するとお湯が出る機械、なんてことは無いだろう。何そのハイテクノロジー、ここはファンタジーじゃないのか、もしや科学と魔法が両方とも発展した近代世界なのか。


 多分ない。流石にないはず。

 ならあれはあの石が俺から魔力を吸い取り、何かしらの方法でお湯を降らせる魔法を発動したみたいな、そっちの方がありそう。ありそうなのか?


 この世界の常識なんて知らないので、実際のところは断言なんてできない。


 ともかく、あれが魔力なら簡単だ。あれを体の中で探せばいい。一度吸われたということは、俺の体はまだあの感覚を覚えていると思ったわけで。


 というか、その感覚も何もかも、俺は覚えていた。感覚を丸ごと〃〃〃〃〃〃、綺麗に、明瞭に。まるで今その感覚を再びこの体に感じさせることができるように、鮮明に。


 とまぁ、少しアドバンテージがあっての事だが、それもあってものの数秒で魔力の感知に至っては会得できた、と思われる。


 魔力を感知出来るようになると……まぁ、特別何かが変わるわけじゃない。

 何となく、自分の体の中な違和感があって、それと同じものが周囲からも感じられるだけだ。視界に変化はないし、これといって実感もない。


 それでも、小さな変化ではあるのだろう。


 「……やっぱりわかんないよ?」

 「お前はもうちょい粘れ」


 マリーさん曰く早ければ数十分から数時間と言っていたので、一分も粘らずに声をかけてきた叶恵は余程せっかちだ。その状態でせめて数分は頑張って欲しい。


 さて、図書館で読んだあの『ゴブリンでもわかる』という本を記憶している俺は、この後何をしたらいいかも何となくわかっている。

 魔力を感知しました。ここまではオーケー。だがその次はどうするのか……正直本を読んでいなくてもわかるが、次はその魔力をどうにかして魔法に使う───つまるところ、『魔力操作』の会得だ。


 「ん……? おっ、もしかして君、もう出来たの?」


 そんな俺の思考を見抜いた訳ではなく、単純に先程から叶恵にアドバイスしているのが目に入ったのだろう。マリーさんは俺に、少し驚いたように聞いてきた。

 もちろん肯定する。


 「いや、速いね。流石にお姉さんこんなに早いのは予想してなかったかなぁ~、勇者ってすごい……あー、でも次のステップの説明はもうちょっとまっててね。今説明しても、多分みんなが混乱しちゃうからさ」

 「分かりました」


 言葉少なに頷く。確かに、あまり雑念を増やしてやるべきではないだろう。隣の叶恵も中々大変そうだ。必死に魔力を感じ取ろうと、無意識に「むむむ~」という可愛らしい唸り声が漏れているほどには。


 力んでもあまり意味は無いと思うが、声をかける方が邪魔になるか。


 さて、それではマリーさんから教えて貰えるのはもう少し後になりそうであるし、ならばこそ、ここは自力〃〃で次のステップに進んでみるのがいいんじゃないだろうか。


 魔力を感知、そして次は操作。既に感じ取ることは出来ている。一応ではあるが、例の本には魔力操作はもちろん、その次の簡単な魔法の発動の仕方まで全部書かれていて、それを全て覚えている。


 これでできない方が、おかしいというものだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る