第7話

 喉が……痛い……。

 うむぅ、また風邪気味なのかなぁと言うところでございます。


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 そんなやり取りをしながらも、城内探検(と言えば幼稚に聞こえるが)は普通に行う。途中メイドに聞けば、図書館は一階にあるそうで、昼休憩も限られているので廊下の繋がりを把握する程度に留めて、さっさとそこへ。


 「……おぉ」

 「……随分と、凄いな」


 分かりやすく本のマークが描かれたプレートがあり、中へと入れば、その圧巻の光景に思わず感嘆の声が漏れる。


 吹き抜けの円柱型の部屋で、高さ的には三階層分あるだろうか。まず一階の壁にはぎっしりと隙間のないくらい本が挿さっており、それが360°占め尽くす。二階部分はまるで一階の壁を足場にしたように、少しだけ外側に広がっていて、三階も同様。上の方に行くほど、部屋の直径が広くなるようになっている。

 もちろん二階も三階もどちらも壁にぎっしりと本があり、見渡す限りの本、本、本。高さも180弱の身長がある俺が背伸びをしても、各階の一番上の本には届かないほど。足場は確実に必要となる高さだ。


 ───ところで、ストックホルムという名の図書館を知っているだろうか。スウェーデンにある図書館なのだが、まさにあんな感じだ。


 その上、通常のように並ぶ本棚も存在する。しかし閉塞感はなく、吹き抜けの天井のおかげで開放感すら感じるのは、なんというか不思議な感じだ。


 部屋の広さ自体は、普通の図書館よりも大きい。凄まじい蔵書量に、一瞬目眩すら覚えるほど。


 「これは、読みがいがある……どうする、適当に見て回るか?」

 「そうするか。俺はこっちの方見てる。お前は最初何探すんだ?」

 「本音を言えば歴史と地理、といきたいが、辞書を探したい。言語が日本語だからといって、全部が全部日本で使われているもののはずがないだろうし、この世界特有の言葉が出てきても分からないからな」

 「真面目なこって。俺はどうするかなぁ……魔法の本でも探すかな」

 「魔法……あるのか?」

 「お前、自分のステータスに[光魔法]なんてものがあるのを忘れてないか」

 「……そういえばそうであったな」


 拓磨はデフォルトで[光魔法]というスキルを持っていた。とは言っても持っているからと言って使えるわけじゃないらしく、現状では宝の持ち腐れとでも言おうか。早く使えるようになるといいな。


 ……スキルを持ってなかったら魔法は使えない、なんてことは無いよな? どんなものであれ、魔法なんていう心をくすぐられるものは俺も使いたいので、早いところ知識を仕入れたい。


 「んじゃ、俺はこっちの方見てくわ」

 「了解した。魔法、覚えられるといいな」

 「勇者だからきっと覚えられる、と思いたい」

 

 本は沢山ある。さっさと見て回らないと昼休憩中に目当ての本を読むこともままならないだろうと思い、俺は拓磨とは逆方向の本棚から見ていき、まずは適当な本を引き抜いてこの世界の本の形態を確認してみる。


 ファンタジーといえば羊皮紙、というのは、魔法が発達した代わりに科学が停滞した世界では何となく当たり前のように感じるが、実際には本は紙本で、文字も機械で入力して印刷でもしたのかと言うぐらいに綺麗だ。


 よく見れば手書き特有のブレがほんの小さな、目を凝らしても気づかないレベルであるので、印刷では無いのだが、普通に本屋で売っていても違和感はないだろう。


 また、これは半ば確信していたが、文字はやはり日本語で、漢字も使われている。この一冊だけでは何とも言えないが、読めない漢字も無く、それこそ日本人が書いたんじゃないかと思う。


 ただ著者のところには『ダルビス・レーイ』という名前がカタカナで記入されていたので、やはり違うのだろう……この世界の住人の名前の法則はどうなっているんだろう。


 ちなみに今引き抜いた本は魔法のことについては書かれていなかったので元に戻し、改めて魔法の本を探すことにする。ジャンル分けされていると楽でいいのだが、パッと見でわかるような、ジャンルや著者別に分けるプレートなどはないので、探すのが面倒だ。


 そうやって唸りながら本の背表紙と睨めっこしていると、ふと、カウンターらしきものが見えてきた。


 図書館ならそりゃあるのかもしれないが、普通の図書館であれば貸し出しをするための場所であるそこは、膨大な本が積まれたタワーが幾つも存在し、カウンター内にも本が見えている。

 その一方で、雑に扱っている訳では無いのか、どれもこれもしっかりと台の上に積まれており、また背表紙が全部俺から見て左側で揃えられていたりと、何だかここに本を置いた人物は、本を戻すのは面倒くさいが几帳面、みたいな性格が伺える。


 ……と、見ていれば、そのカウンターには黒い塊があった。


 あった、というか……それは人だった。カウンターに突っ伏した、小柄な人だ。


 その人物は俺が焦点を合わせたことに気がついたように、むくりと、顔を持ち上げた。

 

 「………」

 「………」


 目が合う。どうやら少女だったらしい。長い黒髪に、全体的にぷっくりしている幼い顔立ち……そして特徴的なジト目。

 何故だろう、俺はその少女にジト目を向けられていた。カウンター越しなので体全体は見えないが、少なくとも俺より年下には見える。小学生か? そのぐらい童顔で、小柄だ。


 「……何か、用?」


 その少女が、数秒の後、ようやく口を開いた。低めのトーンに、妙に間の空く喋り方。

 何か用、と聞かれれば、別に少女に用があった訳では無いが、ふと、良く考えればこの少女はここの司書的な人物なのではないか。


 ……日本なら見た目的に司書として働いてるなどありえないが、実感はないものの、ここは一国の城で、異世界だ。地球の常識は通用すまい。


 「用といえば、まぁ本を読みに……君はここの司書?」

 「……正確には、違う、けど……そんな感じ。それで、貴方は?」

 「あぁ、俺は夜栄刀哉。昨日召喚された勇者って言えば、分かるかな」

 

 僅かに首を傾げて聞かれたので、取り敢えず自己紹介。すると少女は「……そう」みたいな、大して興味もなさげに頷かれてしまった。


 少し悲しい。勇者って実はそこまでビックリされるような事でもないのだろうか。それとも事前に聞いていたからこういう反応なだけなのか。


 「……本は、好きに見てって。でも、持ち出し、厳禁……あと、うるさくするの、それもダメ」

 「気をつけるよ。あ、魔法に関係する本と、辞書ってどこにあるか分かるかな」

 「……魔法系統の、本は、三層の、東面辺り。総合辞典は、あそこ」


 と、何気なく聞けば、少女は立ち上がった……のだろう。最初に三階部分、次に一階の本棚を指さしているが、思ったよりも身長が低い。

 それこそ、130ギリあるかなという程の……小学3、4年生レベルだ。俺と比べれば、30センチ物差しが間に入ってさらに15センチ定規ぐらいなら追加で乗せられそうな程、少なくとも背伸びじゃ到底埋めようのない差があった。


 「わかった、ありがとう」


 そんな少しの驚きを顔には出さず、礼を言って教えてもらった場所まで行く。本当はもう少し喋っていたい気もしたが、時間も迫っていたし、あの少女も人付き合いが得意そうではないから、今は避けましょう。

 あぁ、拓磨にも伝えなきゃ。


 「誰だったのだ、あの少女は」

 「ここの司書的な? 本は好きに見ていいけど持ち出し厳禁で、うるさくするのも無しだってさ。ちなみに辞書は向こうにあるらしいぞ」

 「ああ、ありがとう。ふむ、にしても見た目が随分と……」

 「流石に小学生かどうかは分からないが、俺らより歳上ってことは無いはず……ああでもなぁ、可能性がないとは言いきれないのが怖い」

 「その場合は、所謂合法ロリか」

 

 真面目な顔でその単語を言うと、少しおかしい。まぁ、拓磨は割とそういう系統の本や話は好むタイプなので、それに関していえばおかしくないのだが、やはり口調からも堅物な印象が強いし、違和感を無くすのに結構時間がかかったものだ。


 拓磨は辞書の元へと向かった。あの少女が合法ロリの可能性は、無いはず。それこそ99.9%という嘘くさい確率で、あれは見た目通りか、それより少し上ぐらいの少女だ。

 ……言えば言うほど、実は歳上でしたフラグが立っていく気がするが、年齢を聞かなければいいのだ。うん。


 「さて、と……ここが魔法コーナーですかね」


 階段を上って三階、指で示された部分に向かえば、確かに一目で魔法系統とわかるような本の名称が並んでいる。


 応用はいらない。今必要なのは基礎の基礎、魔法の使い方とか、あると思う属性概念とかそういう感じのところだ。猿でもわかる、なんて書いてあればバッチリなのだが……代わりに『ゴブリンでもわかる』シリーズがいくつかあった。


 ……あぁ、やっば異世界なんだなぁって思いつつ、この世界はゴブリンなんていう在り来りすぎる名前の生物がいるんだなぁなんて驚きつつ、ゴブリンシリーズは簡潔ゆえか本が薄いので試しに取り出しつつ。


 そして読みつつ、内容を咀嚼していく。ちなみに取り出したのは『魔法って何? ~十分読めばゴブリンでも理解出来る魔法について!~』というタイトルの、図なんかがふんだんに使われた本だ。

 ゴブリンでもわかる、という言葉は比喩だとしても、十分わかりやすい内容。魔法って何? と聞かれたらこう答えればいい、とすぐに出てくるような、少なくとも異世界から来た俺が何となくではなく、普通に理解できるようなものだった。


 それに、幾らか地球の知識───この場合はラノベ知識的な意味だが、それらが通じるものもあった。偶然かなんなのか、それとも地球の異世界系ラノベ作家たちは実は異世界にでも行ったことがあるのか。

 

 とはいえ、昼休憩もたっぷり時間がある訳では無い。その比較的薄い一冊を読み終わった時点で、午後の時間に迫っていた。十分以上は読んでいただろうか。流石にこの世界の常識にはまだ不慣れで、当たり前のように進められる話に何度か読み返したためだ。


 一応、迫っているとはいえあともう一冊ならギリ読めないことも無い時間はあるが、念の為そろそろ移動を開始した方が良さそうだ。午後にどこに向かえばいいかは、予めメイドに聞いてある。


 本を元の場所に戻して、丁度拓磨も辞書をしまったらしい。十分前行動とはこのこと。


 「じゃあ、俺達は行くから」

 「……そう」


 一応一言、机に再び突っ伏していた少女に声をかけると、顔を上げることも無くそう返される。つれないねぇ、なんて少しチャラい感じには言えないが、拓磨に肩を竦めながら顔を合わせて、移動することにした。

 

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