第6話



 「私は、王都騎士団団長を務めているグレイ・フラダリウス、こっちは副騎士団長のベルトだ。これからしばらくの間、勇者殿達の近接戦闘訓練を我が騎士団が指導させていただくので、よろしく頼む」


 場所は今朝居た砂の敷地。なるほど、訓練にはうってつけなのだろう。


 目の前には筋肉隆々の大男、グレイさんに、隣にはそれよりは線の細い、しかし俺達よりもがっしりとした体格をした、ベルトさんなる人物が立っていた。


 当然、目の前の屈強な大人達にこちらは萎縮している。訓練って、ガチの? そうガチですよ。そう言ってやりたい。


 「訓練では、勇者殿達が元は学生だったということを考慮して、基礎から始める。最初は武器に慣れるところから、次は対人戦、そして魔物〃〃との戦闘と、順々に教えていこうと思う。その合間には、体力作りなどをして体を慣らしていく。勇者としてのポテンシャルは十分にあることが全員に確認できているから、恐らくはそう時間もかからずにものに出来るだろう」


 と言ってから、グレイさんは「それと」と付け加える。


 「当然勇者殿達は我が騎士団の一員では無いので、訓練の無理強いはしないが、この世界で生きていくには力が必要だということは理解して欲しい。最低限戦闘の知恵と技術は身につけるべきだと、私は考えている」


 



 もちろん、訓練を投げ出した者はいなかった。

 というより、堂々とやめることは出来なかった。どれだけの人数がやりたくないと思っているのかまでは分からないが、まだ俺達は自分の状況を正確には把握出来ていない。


 体育をあれこれ理由をつけて見学する奴も、まぁうちのクラスには特にはいないが、あんな屈強な騎士に面と向かって『やらない』と告げるのは不可能だろう。


 訓練はやはり素振りから入ったが、周りを見ていると、思ったより苦戦しているようだった。ただ真っ直ぐ振り下ろすだけなのだが、重心がダメ、剣筋がブレている、そんなことを皆指摘されていた。


 指摘されていないのは、まず美咲を筆頭とする剣道部の皆さん。うちには男女二名ずつ剣道部がいるが、流石と言うべきだろう。

 次に当然のように拓磨。まぁこいつは基本なんでもこなす。スポーツ万能、頭脳明晰。挙句の果てには生徒会長で抜け目ない。

 そして、門廻せど慎二しんじ……あまり話したことは無い、ミステリアスなタイプのクラスメイトだ。


 それに俺を加えた、合計七人は特に指摘を受けなかった。


 一方で、樹は二度指摘を受けていたが、それでもクラス内では上から数えた方が早そうな素振りの出来だ。単純な動作だが、こうやって見ていると、やはり違いがはっきりと見える。

 そして叶恵は、途中から指摘どころではなくベルトさんが付きっきりになっていた……多分そのうち、慣れるんじゃないかな。そうであって欲しい。

 可愛らしく「えいっ」と声を出しながら振るった剣は、フヨフヨとしている。いや、ふにゃふにゃだろうか。なんでもいい、ようは非常に弱々しいということだ。


 幼馴染みだけに、なんだか我が事のように恥ずかしい。



 「ぅあっ!?」


 そうして何度も素振りをさせられていくうちに、段々と腕が重くなってきたのか、武器を取り落としてしまう者が現れ始めた。

 一人が落とすと、それを皮切りにどんどん落とす。数えてみれば、素振りの回数は300回を超えていた。逆に言えば、300回近くまでほぼ全員が耐えられたということだ。


 一定のスピードで振り続けていただけだが、クラスメイト全員が300回も休みなく振り続けられる、というのは不自然だ。明らかに身体能力が上がっている証拠だろう。

 かく言う俺は、問題なさそうだ。疲労は未だ感じない。涼しい顔をしているのは俺、拓磨、慎二、剣道部の男子二人で、美咲ともう一人の剣道部の女子は流石に少し汗をかいてきている。


 ちなみに現時点で2割ほどが脱落……また一人、武器を落としてしまい、グレイさんに休憩を指示されている。


 叶恵? 意外に保っているが、多分それは単純に、ベルトさんに細かく指導されながらのため、振る回数が少ないのだ。

 事実、少しすれば座って休憩していた。


 そこから更に数百回、そして合計回数が1000を超えたところで、あの拓磨が、剣を落としこそしなかったものの、腕が動かなくなった。

 大粒の汗を額に浮かばせ、剣を持つ腕が震えている。あと数十回ならいけるかもしれないが、そうしたら剣を確実に落とすだろう。


 「よく頑張った、一度休め」

 「………はい」


 グレイさんに声をかけられたため、大きく深呼吸をして、拓磨は休憩に入った。ちらりと俺に向けた視線は、多分、『お前こっちを見てられる余裕があるのか』という一種の驚愕を込めていたのだと思う。


 俺と慎二、休憩に入っていないのは二人だが、別に誰が最後まで残れるかという競争をしているわけじゃないので、休憩を終えたものから再度参加している。


 というか慎二、お前凄いな。拓磨よりもってるのは正直驚きというか、体力で拓磨に勝てる奴、うちの学校にいたのか。余程の猛者じゃない限り、拓磨に体力で勝てるやつなんていないと思っていたのだが。


 一定の呼吸を崩さず、リズムも体勢も、最初から何も変わっていない。まだ余裕もありそうだ。


 そんな俺の視線を感じたのか、慎二もまた、チラリと俺を見ていた。何故かその表情には、呆れと………疑惑?


 それは直ぐに、向こうから視線を切ったことで終わった。


 果て、たしかに今、俺は何かを疑われた気がしたのだが……何だったのだろうか。俺を疑うとろくなことが無いぞ。疑惑は比較的顔に出やすいからな。

 どれだけポーカーフェイスで隠そうとも、えるものはえる。


 「……二人とも、少し休んでも構わないが?」

 「いえ、俺は平気なので、お構いなく。わざわざ体力があるのに休んでも、勿体ない気がしますから」

 「同じく」


 流石に身を案じてくれたのだろう、グレイさんがわざわざ声をかけてくれたが、俺は嘘偽りなく、疲れもなかったので首を横に振り、慎二は言葉少なに俺に同調した。



 

 結局素振りは俺と慎二が最後まで残っていて、俺はともかく、今まで目立ったことをしてこなかった慎二は、クラスメイトからの評価が一気に跳ね上がることとなった。

 




 ◆◇◆




 訓練を終えると、一度昼休憩が挟まれる。


 ちなみに『挟まれる』ということは、午後もありますよ。ただ午後は訓練と言うよりは授業の様で、少なくとも肉体的には疲れないとのこと。


 だが、疲れきったあとの頭を使う授業は大変だ。眠くなってしまう。それは異世界に来たからと言って変わらない。


 疲れ果てた状態で皆迎えた昼食を一足先に食べ終える。樹が「食い切るかわかんねぇ」と言っていることからも、相当疲れているのがわかる。決して少なくはないが、大して多い量でもないはずだ。


 「ごちそうさん」

 「刀哉君早いね。なんか用でもあるの?」

 「ちょっと城内探検だ。お前も来るか?」

 「行きたいけど、疲れてるからいいかなぁ……行ってらっしゃ~い」


 叶恵や美咲は女の子ということもあるが、やはり疲れているらしく、食事は遅れている。それだけ体力が削られたということなんだろう。


 「はいはい、行ってきます」

 「刀哉、俺も一緒に行こう」

 「お、来るか。二人は?」

 「疲れてるからパース」

 「私も。変なことして捕まらないように気をなさいな」

 「分かった、変なことをしても捕まらないようにすればいいんだな」

 「そういうことじゃないわよ……」


 美咲のツッコミに「わかってるわかってる」と手をヒラヒラさせつつ、席を立つ。


 城内探検とは言うが、別に好奇心だけで動いている訳では無いし、唐突に思い至ったわけでももちろんない。

 ただ早い内に城の構造を把握しておきたかったのと、知識を仕入れるために、本が読めたりしないかなと思ったわけだ。

 願わくば、図書館的な場所があるといいのだが、果たして城の中に図書館はあるものなのだろうか。そもそも城の中にあるのなら図書室になるのだろうか。


 「にしても、意外だな。もう体力は平気か?」


 廊下に出て、俺は隣を歩く拓磨に言った。てっきり午後に備えて休むかと思ったのだが。


 「あぁ、このぐらいならどうにかな。それに、実は昨日の件以降、王女殿下やメイド達から勇者のリーダーとして見られてしまってな……あの後も、王女殿下から二度ほど声がかかった。あまり世間知らずのままでも円滑には話が進まないのに加えて、別にそこまで疑ってかかっている訳では無いが、もしかしたら知識がないのが不利になるかもしれない。これは早いところこちらの世界の知識を入れなければ、と思った次第だ」


 つまり、拓磨も図書館なり知識を得られる場所を探しているということだ。


 「あの美少女に声をかけて貰えるなら、さぞかし役得だろうな」

 「いや、全然。いつ下手な真似をしてしまわないかむしろストレスが溜まっていくのだが……刀哉」

 「代わりはしない、というか代われないからな」

 「……そうか」


 食い気味に首を振る。拓磨の真似は俺には出来ないし、勇者全員の意思決定役は拓磨にしか出来ない。

 ここは、いくら友人とはいえ不適当な人選は出来ない。拓磨の負担になるのは分かっているし、そのぐらいは現状を把握出来ているが、それでも、俺より拓磨の方が適任なら拓磨に任せる。


 だが、それを心苦しいと思っているのも、また事実。


 「負担を強いることになるのはわかってる……悪い」

 「そう言われてなお、無理だと言うことは出来ないな。分かった、引き受けよう。だが、その代わりとは言ってはなんだが、困った時は助けて欲しい」

 「そのぐらいは当然。それに、お前が負担にならないよう補佐するのは、俺だけじゃない。樹も美咲も叶恵も、もちろん他の奴らだって、助けてくれるさ……ま、お前が素直に頼める相手が、俺ぐらいしか居ないのは事実かもしれないが」

 「他の者には、確かに弱音は吐けないな」


 肩を竦めて笑った。拓磨は基本的にがっしりと構えている。弱音なんて吐かないし、大抵の奴は、拓磨が弱音を吐いたりするなど信じられないだろう。

 昔から、中学の頃からそういう奴なのだ。まさに学生の模範で、しかも生徒会長。拓磨に任せておけばなんとかなる───そんな認識が、全員にできてしまっている。


 今更弱音なんて、吐けないし、他の奴にはどう助けを求めていいかも、分からないのだろう。

 だから俺が、俺達が話を聞いて、少しでも負担を軽くしてやる。


 「あぁ、樹達にも感謝している。数少ない、悩みを話せる相手だからな。だが……いつだって、俺を救える〃〃〃のはお前だけだ」

 「…………」


 前を向く。俺が今どんな表情をしているのか、あまり見せたくはない。正直言って、むず痒くはあった。


 拓磨が隣で、珍しくニヤニヤしている。


 「やはり、重い信頼が好きなのだな」

 「ホモが苦手なだけだ! 俺は、ノンケなんですぅ」

 「俺もノーマルだ、安心しろ。それに、刀哉がどう思おうと、お前への信頼は変わらない」

 「だから、そういうのやめろって! 無性に肌を掻きむしりたくなるから!」

 「分かった分かった」


 真面目腐った〃〃〃拓磨の言葉は、聞いていてやばい。地球の頃からこれだ。そのうち本当にそういう展開になりそうで怖い。


 チラッと視界の端をメイドが通った……今の話を聞かれていたら、なんか誤解されそう。それを自分から確認しに行ったら墓穴を掘るだけだし、これは黙っていた方が良いか。


 「……ったく、冗談も程々にしてくれ」


 人間は承認欲求の塊だ。特に高校生なんかはそう。


 上手くその欲求を刺激されたなと、俺は白々しく、拓磨に向けて僅かながらの悪態をついた。


 

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