第6話

彼が産まれて初めて見た光景は、培養液に浸かる自分を眺める女性だった。嫋やかで、儚くて、次の瞬間には消えてなくなりそうな、夢幻の様な人。何となく手を伸ばした。あまりにも現実味を感じられない彼女に触れようとして、自身が浸かる培養槽のガラスに手を阻まれた時、何だか酷く悲しくなったことを覚えている。


彼女はそんな彼を見て嬉しそうに笑った。


少なくとも、少なくとも。


それは幻ではなく、偽物でもない。


本物の笑顔だ。


だから彼はその時に誓いをたてた。


儚くて今にも消えそうな彼女を繋ぎとめる。


風化して消えてしまう、その瞬間までは。


この世すべてを敵に回しても彼女を守る。


例え彼女がそれを望まなくても、誰かの代わりだとしても関係などあるものか。


当然だろう?


だって。


少なくとも、この気持ちだけは誰のものでもないのだから。


だけど。


実際に出会った本物はそれを否定した。


動くだけで全身の筋肉が断裂し、骨が砕ける。彼もまた知っている、この称号は制御が一切、きかない。意思を嘲笑う様に彼らの肉体を破壊しては再生させる生き地獄そのもだ。称号?何だ、それは。世界からのギフト?ふざけるな。


神々はすべからく全てを愛し、過酷な運命に抗う為に称号を与える。


称号とは神々の愛情だ。


だが、騎士称号に限って言えば、否と大きく叫ぶべきだ。


動くだけで致死の痛みを与えられ続け、死ぬことすらも許されない。世界からの拷問だ。少なくとも彼は耐えきれず、錬金術師の調合した麻酔薬を常備することで生き延びている。


なのに何だこいつは。


自身のオリジナルたる男は、この激痛と言う事すら生ぬるい痛みを受け止めている。常人なら瞬時に気絶する痛みを前に、笑っている。


殴られようとも。蹴られようとも。ビルをぶつけられようとも。全身を刺されようとも。電撃を浴びせられようとも。この世のあらゆる痛みを受けてようとも。


そして何より。


少し動けば物が壊れ、大地は抉れ、痛みに身を捩れば建物を倒壊させる。


化け物と。


罵られないわけが無い。


太陽は、彼とは違う。


その体質と性質をよく知り、薬によって対応できる錬金術師なんて都合のいい存在は彼の幼少期にはいなかった。


地獄だったことだろう。


痛みに喚き身を捩ることすらできず。周りから化け物だ、怪物だと言われ続けて。


それでもなお。


笑うのか。


だからこその騎士。


だからこその本物。


だからこそ。


「所詮。偽物は偽物か」

「ハハハ、言っただろう本物とか偽物とかどうでもいいんだ。そんなものに意味はないと」


勝敗は一瞬だった。


ただ単にサンドバッグにされた太陽が1度だけ男に組み付いて殴りつけただけだ。傷は容易く治った。しかし、この場合の治るとは細胞分裂によって欠損部位が埋まることを示す。


つまるところ。


麻痺していた部分が正常部位と置き換わると言うことだ。


それにより取り戻した激痛に耐えられる訳もなく、一瞬で気を失った。


「ふふ、ふふふふふふ。随分とお優しいのですね。壊すのではなかったのですか?」

「出来の悪い人形ならと言ったはずです。人間を殺す気はありませんよ」


この顛末を予測していただろう錬金術師に苦笑を浮かべる。


「それで目的は達成できましたか?」


そう声をかけると彼女は忘れていたと言わんばかりに手を打った。本気か演技かはわからないが考えるだけ無駄だろう、そもそもにおいて男は女に騙される生き物だ。


「えぇ、忘れていました。この子の名前、月紫つくしと言います。ふふふ。よろしくしてあげてください」

「目的は顔合わせですか」

「えぇ、えぇえぇえぇ。巫女様にお会いしたいと言うのも本音ですよ?後は魔王様と騎士様への顔合わせですね。何かの間違えで傷つけられては困りますから」

「ハハハ、私達があなたを敵にすることはありませんよ」


この国の称号で最強は魔王だろうと、最悪は錬金術師だ。彼女を敵に回すと言うことは現代兵器すべてを敵に回すことに他ならない。負けることはないが、被害は最低で国1つと言ったところだろうか。


とは言え。


「彼は随分と愛されていますね」

「えぇ、えぇえぇえぇ。ひたむきな子ですからね。ああ、それともう1つ」





「月紫は女の子ですよ」





「え?」


「ふふ、ふふふふふ。それではまたいずれ会いましょう。騎士様?」









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ワールドエネミー 六花ゆきみ @yukimiyuki

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