第5話
「もしも。本物と同じ性能を持つ偽物がいたとして、どちらが優れているのだろうな」
マスクと帽子で顔を隠した男は、問いかける様に呟いた。
よくある疑問でありながら、彼にとっては一生ついて回る
どこまでも言っても模造品でしかあり得ない男の問いかけは空を切って虚しく散っていく。
だって初めから答えは出ているのだから。
「古今にして東西。ありとあらゆる話で結末は決まっている」
ドッペルゲンガー、ダブル、クローンなどなど。
偽物が出て来る作品なんてものは星の数程あると言うのに、結末は笑えるくらいに少ない。何時だって、そうだ。偽物は本物を追い詰めて、殺されていく。本物が強くなるための餌でしかない。
「しかし。それも当たり前の話なのかもしれないな」
偽物が本物に勝つことなんてあり得るはずがない。
当然だろう、どこの世界に。
誰かと同じになる程度の事に執心するものが。
その先を見ているものに勝てると言うのか。
「だから。偽物が本物に勝つことはないだろう。もっとも、それは物語の中では、だが」
「ハハハ、現実は違うと言いたいのかな」
「言いたいのではなく。事実だろう、
「違いない!!」
ハハハハハ、と太陽は笑った。心の底から楽しそうな笑みを浮かべて立ち上がる。
「やめておけ。寝ていた方がいい」
「派手にしてくれたものだ、内臓破裂は兎も角、腕が開放骨折している。このまま治ると後々、厄介なんだ」
後輩に教える様に腕を見せた。開放骨折――骨が折れて皮膚を突き出してしまっている。
「以前、知らずに治ってしまった際は大変でしたものね」
「ハハハハハ!その節はお世話になりましたね」
過去に、悪来から投げられたビルを受け止めた時は骨同士が圧迫して歪み、変形。そこから皮膚壊死、髄膜炎まで引き起こした。流石の称号騎士と言えども運動性能が落ちるのは困ると悩んでいたところを、たまたま通りがかった錬金術師は言ったのだ。
「あら。あらあらあら大変ですね。腕を切り落とした方が早いのでは?」
「なるほど!」
善は急げと言わんばかりに、自らの腕を引きちぎった男は大きく笑っていた。
「いかれている」
「いや意外と楽でね、お陰で病院に世話になる数が随分と減った」
感謝しているのだと述べる騎士は、どれだけ控えめに見ても狂っている。しかし、だから彼は。否、彼と彼女は称号持ちなのだろう。少なくともただ単に体質だけを手に入れただけの偽物とは違う。
羨ましいとは思わない。
先の問いで言うなら、本物と言う事だ。
だからと言ってそれが優れていると言うことに直結する訳でもない。
現に太陽は最初に顔面を殴りとばした後は、男に手も足も出ていない。同じ能力値を持ちながら、一方的に
そして。
それこそが。
騎士が狂っていると言う証拠に他ならない。
「ハハハハハハハハ!!」
引きちぎった腕が再生してすぐ殴りかかるもの容易く避けられて足を刈られた。称号によって引き上げられているのはあくまで身体能力と再生力であり、耐久は常人のそれと変わりはなく、足は容易くへし折られて明後日の方向に向く。
誰がどう見た所で贋作の男が有利だろうが、その顔色は困惑を通り越して理解不能の化け物を見ている様だ。
「いかれている。狂っている。いや、壊れているよ、お前。本物だ」
「ハハハハハハ!先程から随分と拘るものだ。本物と偽物の優劣か、ハハハ、興味深い話ではあるが、私は難しいことを考えるのが苦手でね。だが、そうだな、友ならば、こう言うのかもしれない」
脳裏に浮かぶのは、普通を絵にかいたような青年だ。
何の変哲もなく、世界に唾を吐き捨てた男なら目の前の贋作にもまた吐き捨てることだろう。
「本物と同じ性能を持つ偽物だって?空想妄想甚だしい。同じ?そんなもん、この世にあるわけないだろ。本物だろうが偽物だろうがお前はお前だけだ、代わりも同じも存在しない、とね。ハハハハハ」
この世に同じものなど存在しないと魔王ならきっと嘲笑う。だってそうだろう?例えば長さの等しい直線を用意したとしよう。でもそれは本当に同じか?センチで等しくてもミリなら?ミクロなら?ナノなら?ピコなら?
確立論に0と1がないように類似率にも100はない。精々が99.999…%を無限に重ねるだけ。問題の方が破綻しているのだから、問いは無効だなんて暴論にも程があるが、そこは魔王。彼の口から吐き出されるものなんて王の名の通りに理不尽と無茶苦茶でしかるべきだ。
「しかし、的は射ているさ。だってそうだろう?同じなら優劣なんてものはあり得ない」
「それは。お前が、麻酔薬を使っていないからだ」
「あぁ、あれ嫌いなんだ」
平然と言ってのける
騎士と呼ばれる称号、その副作用は身体能力と再生力の強化だ。
体が折れようが、千切れようが、何度でも立ち上がり人外の力を振るう理不尽。
だがあくまで強化されているのは身体能力と再生力でしかなく、それ以外は並みの人間だ。
肉は容易く抉れ、骨は折れる、筋肉は断裂し、内臓は破裂する。
その痛みは何も軽減されていない。それどころか身体強化の名の通りに痛覚と言う感覚すらも強化されていることだろう。
そして人体と言うものは、称号によって生じる莫大な恩恵を受け止められるようになんて、出来ているはずもなく。
動くだけで全身の骨が砕け、筋繊維が引きちぎれる。常人なら容易くショック死する様な煉獄の如き苦痛。それでも男は笑うのだ。
だからどうした。
壊れたのなら、治せばいい。
それが騎士称号。それこそが切原太陽と呼ばれる化け物だ。
ならば現状の結果は当然の帰結と言える。
同じ性能だったとして、動くだけで致死の痛みが全身を駆け巡る相手に、錬金術師お手製の麻酔薬を服用している男が負けるはずもない。
「それだけだ。同じ条件なら…」
「ハハハ!彼女の薬を飲むだなんて私は絶対嫌だ!いや、ほんとに…勘弁してくれ……」
「うふふ。うふふふふ。王水の味はいかがでしたでしょうか?」
「ハハ……思い出したくない」
金すら溶解する世界最高の劇物だ。胃なんてものは容易く突破し、体内に溢れ出た。生きたまま内臓を溶かされる。その激痛は太陽ですらトラウマなのだろう。
もっとも、薬品を使わない理由は、いくらでもあるが、今はどうでもいい。
だから言っただろう。
「同じなんてありえない。同等はあっても、合同はないんだ。もし仮に何かの奇跡があったとして、同じ性能を持ち合わせた人間がいたとしても。条件も、性質も、体調も、精神も。同じに重なる日なんてものは来るはずがない」
だってそうだろう。
「昨日の自分ですら今日の自分とは違うのだから」
たかだか同じ性能を持った程度の他人如きが、ダブルだのドッペルゲンガーだのと名乗るなど、おこがましいを超えて滑稽だ。
「
「うふふ。うふふふふ。へし折れる程度の性根なら、今頃魔王などと呼ばれてはいないでしょうけどね」
「違いない」
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