第8話 ノート、写させてくれ

「ジャンボチョコレートパフェ、お待たせしましたー!」


「きたきた! おっきーい! 健人さん、一口どうですか?」


「俺はいい」


 駅前のファミレス。

 巨大なパフェを眼の前にして、浦内の機嫌はすっかり元通りになった。


「いただきまーす!」


 チョコレートのかかった生クリームを幸せそうに頬張る浦内。

 こうしてみると、有名人って感じはしない。普通の女の子って感じだ。


「なあ。ゲームセンター、どうだった?」


「うーん……プリクラしてくれなかったのはかなりマイナスですけど、このパフェに免じて許してあげます。他のゲームとUFOキャッチャーはかなり楽しかったので、総じて結構なプラスです!」


 浦内の笑顔を見て、一安心する。


「ま、お前のゲーム音痴っぷりには驚かされたけどな」


「いやいや。音痴と称するには早計ですよ健人さん。私、何たってゲームの類をやるの、人生で初めてだったんですから。そういうことはもう少しプレイして、それでも下手だった時に言ってください」


「……あの様子を見ると、あまり上達は見込めないと思うが」


「あーひどい! こちらも検証を要求します! また行きましょうね、ゲームセンター!!」


 浦内はこちらの返事を待たずに、再びパフェに手を伸ばし始める。


 ……しかし、よく食うなあ。

 人の顔ほどの器に入ったパフェがみるみる減っていく。


「すごいペースだな、もう半分しかないぞ。せっかくの奢りなんだ、味わって食べないともったいないぞ」


「はい! けど、大丈夫です。半分ありますから!」


 ……なるほど。

 ゲームがうまくいかなくても凹まないわけだ。


 こいつは、どこまでも前向きなのかもしれない。



◇◇◇



「ごちそうさまでした」


 結局、巨大なパフェはあっという間に一人の女子高生の中に吸い込まれていった。


「お前……そんなに食べて、夕飯食べられるのか?」


「うーん、多分大丈夫!」


「どんな胃袋してるんだ」


「へへん」


 自慢げに胸を張る浦内。

 いや、褒めてないぞ?


「あっ! ごめんなさい!」


「ん? どうした、急に謝って」


「健人さん、”アーン”を待ってたんですよね……? ごめんなさい、気がつかなくて……」


「……微塵も期待してなかったぞ」


「えー。なーんだ、つまんないの。


 ……ま、いっか」


 浦内は悪びれもなく、追加で頼んだカフェオレを口に含む。


 ……マイペースなやつ。


 あ。

 マイペースで思い出した。

 帰る前に、こいつに言っておかなければならないことがあるんだった。


「おい、浦内。お前に一つ言っておくことがある」


「お? 何ですか?」


「授業中にLIMEを送ってくるのはやめろ」


「えー! なんでですか?! 授業中にLIMEするなんていかにも恋人っぽいじゃないですか! 楽しいですし!」


 持っていたカップを音がなるくらい強めに置き、声量を上げて反論してくる浦内。

 眉毛が逆ハの字になっている顔から、本当にやめたくないんだな、とわかるが、ここは徹底して争わないといけない。


「だってな、お前とLIMEしてたおかげで今朝の数学の授業、ほとんどノート取れてなかったんだぞ!」


 そう。

 LIMEしていて授業を聞いてなかったー、なんてことは二度とごめんだ。

 これは相手が女子でも男子でも、たとえ恋人だとしても同じこと。


 流石にこれには浦内の同調してくれるだろうと「お前もそれじゃあ困るだろ?」と話しの流れを作ろうとするも、「いいえ」と一刀両断される。真顔で。


「いやいやいや、高校生活スタートしたばかりだぞ? もうここで授業についていけなくなったらどうするんだ」


 こちらの主張を伝えようとするも、浦内の心には響いていない。


「だって、私。全部授業聞いてましたもん」


「……何だと?」


 信じられん。

 俺が「あんなに返事が早かったのに?」と聞いている間、浦内は横に置いてあった鞄から何やら取り出した。


「ジャーン! ほら! 嘘じゃないでしょ?」


 俺の前に開かれたノートには、今日の授業の内容が記されていた。


「それに……。見てください、ただ板書しただけじゃないんですよ?」


 机に開かれたノート。

 浦内が指差すところを見ると、”MyPoint”と吹き出しがついた追記がある。


「他にもありますよ。ココとかココも」


 確かに、一箇所だけではない。板書だけでなく、こいつのオリジナルで付け加えられたポイントや疑問点がしっかりと書き込まれていた。


 ……すごいな。

 心の中ではそう思った。


 けれど、何か悔しくて、口に出さずになんとか押し殺した。


「ね? ちゃんと聞いてたでしょ?」


 俺に勝てるところを見つけた浦内は、いつもとは違う笑顔で俺に迫る。

 いたずらっ子のような表情だが、嫌味な感じは一切なくてむしろ……。


 いや、何でもない。


「……ああ。そうみたいだな」


「あ! 何なら、健人さんの家庭教師してあげましょうか? わかりやすく、わかるまで教えてあげますよ!」


「話をすり替えるな。俺だって普通に授業を受けられるなら、ちゃんとついていける。授業中にLIME邪魔が入りさえしなければな」


「ちぇー。バレたか」


 とんがらせた口にマグカップを運ぶ浦内。


「じゃあ、今後授業中にLIMEはしてくるなよ」


 マグカップを口に当てた浦内は、マグカップを下ろすことなく目線を俺から逸らす。


「……」


「おい、聞こえてるだろ? もう授業中のLIMEは無しだからな」


 ……またまた、無視される。


「……」


「……」


「はあ〜〜〜」


 浦内の無言に負けた俺は、大きくため息を一つついて言い直す。


「明日からは、減らしてくれよ、授業中のLIME」


 眉毛を跳ね上げて、マグカップを口元から離した浦内。

 キラキラした目で俺の目を見る。


「はい!」


 ったく……。

 俺、何でこいつにこんなに甘いんだろうな。



 伝票を持ってレジに行き、全ての支払いを済ませる。


「よし、じゃあ帰るか」


「はい! ご馳走様でした!」


「……なあ、代わりと言っちゃ何だが、今日の数学のノート、写させてくれないか?」


「いいですよ。何なら他の教科のノートも見ますか?」


「いや、数学だけでいいし。今日の分だけだ。これからは自分でとる」


「はーい」


 俺たちは帰りの電車に乗るべく、改札を通る。

 数時間だけだったが、浦内のことが色々知れるいい機会になってよかった。


 それに——


「健人さーん! 今日は楽しかったです、ありがとうございましたー! また明日ー!」


 ——俺も楽しかったしな。


 遠くから手を振る浦内に、小さく手を振り返す。


 ……明日はどんな一日になるかな。

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