第7話 初めてのゲームセンター

「着いたぞ、ここだ」


「へー! 結構大きいんですね! 私、ゲームセンター初めてなんです!」


 駅から五分ほど歩いたところにあるゲーセンに到着した。

 やっぱり、初めてなんだな。


「健人さん、よく来るんですか?」という浦内の問いに、「中学の頃からたまにな」と返しながらゲーセンの入り口を指差して浦内を店内に入れる。


 何度か来たことがあるが、ここはガラの悪い連中がいない。

 初めてのゲーセンなのに、周りに気を遣わないといけないんじゃ楽しめないと思いここを選んだけど、正解だったみたいだ。


「うわー! やかましいですねー!」


 あたりをキョロキョロと見回しながら目を輝かせる浦内。

 最初に出てきた感想の文字面は文句だが、その顔は笑っている。


 ゲーセンの中は薄暗く、様々なアーケードゲームの光と音がさんざめく。

 確かに、初めてきた時は俺もこの音量に驚かされたな。


「暗いから足元気をつけろよ」


「え? なんですか? 聞こえないですー」


「……。それで? 何がしたいんだ?」


 声量を上げて言い直すと、浦内は「うーん」と少し考えた後に右手の人差し指を突きつける。


「あれ! やりたいです!」


「……太鼓の活人か。やり方は知ってるのか?」


 筐体の前に移動すると、小学生くらいの男の子とその父親だろう大人がプレイしていた。


「知らないですけど……あんな感じで太鼓を叩けばいいんですよね?」


「ああ、画面に流れてくるキャラクターに合わせて太鼓を叩けばいい。面打ちと縁打ちで色が違うから気をつけろよ」


「はい、わかりました! あ、空きましたよ! やりましょう!」


 ポケットから百円玉を出して、投入口に入れる。


 ゲーム画面が遷移し、難易度と曲を選択していく。


 とりあえず難易度は”やさしい”にしておく。なんせ浦内は初めてだろうからな。

 曲も知ってた方が断然やりやすいから、米田玄氏のLemonにしておいた。これなら誰でも知ってるだろう。


『はり切って遊ぶドン!』


「浦内、始まるぞ」


「はい!」


 イントロが流れ、ゲームが始まる。


 俺はちょくちょく一人でゲーセンに来るし、このゲームも初めてじゃない。

 まして難易度は一番低い”やさしい”だ。


 正直楽勝。

 ここまでノーミスでコンボを積み重ねていく。



 それに引き換え、浦内はバタバタとしたプレイングだ。

 初めてだからしょうがない……のだろうか。

 全く見当違いなタイミングで太鼓を叩いている。

 初めてにしても下手くそすぎるような……。


 俺が浦内のゲーム音痴を心配していると、次の浦内の発言で心配は驚きに上書きされる。


「見て見て! 私、パーフェクトですよ!」


「……は?」


「ほら! 上の画面! コンボ数がすごいことに!」


「……そっちは俺の画面だ。お前は下」


「お?」


「お前、ゲームオーバー寸前だぞ」


「えーーー!! やだ!! 助けてー!!」


 その断末魔の直後、浦内はゲームオーバーになった。




 太鼓の活人の次に、レースゲーム、シューティングゲームと続けたが、やはり浦内のゲーム音痴は筋金入りのようでどのゲームでも一切の見所がなかった。

 しかし、特筆すべきところが一つある。


「いやー! 楽しかったなー!」


 全く落ち込まないのである。


 普通、自分がうまくできずに負けてばかりだと、多少なりともイライラしたりしそうなものだが、こいつからは微塵も感じない。


「……ほんとに楽しかったか?」と聞いても、「はい」と即答される。


 わざわざ深掘りして落ち込ませでもしても意味がないので「それなら良かった」とだけ言っておいた。



「あ! あれをやるのを忘れてた!」


 突如大きな声を上げる浦内。

 視線の先、店の奥にはUFOキャッチャーが並んでいた。


「健人さん行きましょう!」


「お、おい」


 浦内に腕を引っ張られてUFOキャッチャーコーナーに連れてこられる。


「あー!」


 どの景品を取りに行くか品定めをした浦内は、一段と目を輝かせて一つのUFOキャッチャーへ走っていく。

 そこには、驚くべき見知った顔が並べられていた。


「見てください! カモ男くんですよ!」


「……まじかよ」


 グッズ展開までしてたのか、カモ男よ。


「あー! 新キャラのハシ子ちゃんもある! 欲しいー!」


 浦内は一心不乱にUFOキャッチャーを始めた。


 景品の奥に『待望の妹、ハシ子入荷! お一人様一つまで!』とパネルがぶら下がっている。

 ……こいつらは、一体どの界隈で人気なんだ?

 これまで浦内のLIME以外では見たことがないんだが……。


「なあ、浦内。このキャラ、一体——」


「ちょっと! 話しかけないでください! いま集中してるんで!!」


 ……怒られた。

 後ろ姿だが、浦内の姿勢から真剣さが伝わってくる。


 これ以上怒られたくもなかったので、自分のスマホを取り出してググってみる。


 ……ふーん。

 どうやら、発祥はどこかの女子高生がSNSに上げていたオリキャラらしい。

 毎日、一コマ漫画のように更新していたら、女子中高生を中心に広がっていった、か。なるほどな。


「やったーーー! 取れたーーー!」


 予想外のセリフが浦内から放たれる。

 その歓声に視線を上げると、浦内がカモ男の抱き枕を抱えてぴょんぴょん飛び跳ねていた。


「……マジで?」


 ここまでの流れ的に、絶対取れないと思ってたんだが。


「やりました! 健人さん、見てました??」


「……すまん」


「えーーー! もう! じゃあもう一回やるから見ててくださいよ!」


「ああ」


 浦内は抱き枕をずいと俺に押し付け、隣のUFOキャッチャーに移動してコインを入れる。


 ……こんな大きいの、よく取れたな。

 俺だってこんな大きいのは取ったことがない。


「健人さん! ちゃんと見てますか?!」


「ああ、見てるよ」


 まあ、ビギナーズラックってこともある。

 流石に箱入りのフィギュアは取れないだろう……。


 ——ガコン


「やった! 今度は見てました?!」


 思わず目を見開く。


「あ、ああ……」


 高難易度の景品を、二回連続でゲットするなんて……。


「よーし! この調子でとりまくるぞー!」


 結局、UFOキャッチャーのコーナーを一周し終える頃には、袋いっぱいの景品を持たされるほどになっていた。

 ゲーム性があるものはからきしだけど、UFOキャッチャーの才能は飛び抜けてあるのかもしれないな。



「浦内、そろそろ帰るか」


「えー! もうですか……?」


 露骨に悲しそうにする浦内。


 けれど、ゲーセンに来てそろそろ一時間。

 夕飯のことを考えればそろそろ引き上げ時だろう。


「じゃあじゃあ、最後にあれやりましょうよ!」


「あれ……?」


「やってみたかったんですよ! プリクラ!」


 ……プリクラ?


 ゲーセンには何度も来ているが、男友達とか一人ばかり。

 あれには入ったことがない。


 今も、腕を組みながら高校生のカップル出てきた。

 いちゃつきながら、撮ったばかりの写真に文字を入れてたり加工している。


 ……あれを?

 俺と浦内で?

 あの密室に入るのか?(広さは知らないけど)

 昨日初めて話したこいつと?


 ……すまん、浦内。


「……ダメだ」


「え?」


「あれはダメだ。今日はもう帰るぞ」


「う。…………はぃ」


 浦内は特に文句も言わずに、店の外へ向かう俺の横について歩く。

 けれど、怒られた犬のごとく沈んだ表情でトボトボとしている。


 悪いな、浦内。

 たとえ検証とはいえ、出会って二日で即プリクラなんて破廉恥な真似は俺にはできん。







 ゲームセンターから出ると、耳に馴染んでたい騒音が消える。

 浦内もシュンとしたまま、何も話さない。


 この一瞬の静寂が、先ほどまでの楽しさをなかったことにしてしまいそう。


「じゃあ、帰りましょうか……」


「……」


 ……ああ、もう!


 プリクラを断っといて何だ、と思われるかもしれないけど。

 この浦内の言葉で今日を締めくくるなんて俺にはできなかった。


「待て、浦内! ……お前、まだ時間空いてるか?」


「……? ……はい」


「じゃあ、そこのファミレスでも行くか? なんか奢るぞ」


「……行きます!!」


 浦内の目に光が戻る。


 ……良かった。


 プリクラは無理だけど、これくらいなら。


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