第5話 授業中だぞ

「け……け……ケントサン?!!!」


「さ、最悪だ……」


 そして現在に至る。


 昨日クラスメイトを巻き込むなと言ったばかりなのに!


 目だけを動かして睨みつけるも、浦内は頭の上にクエスチョンマークを浮かべ軽く首を傾げるだけ。

 全く反省していないどころか、悪いことをした自覚がない顔だ。



 こいつ……!


 言いたいことは山ほどあるけど。

 今は周りの目がある、昨日みたいに腕を引っ張って教室外に連れ出すなんてこともとてもできない。


 俺が何もできない間にクラスメイトに波紋が広がっていく。


「ケントサンって何?」

「ほら、あの梶本くんの下の名前でしょ」

「そうなの? 知らなーい」

「え、ちょっと、浦内さん近くない?」

「なになに? あの二人ってできてるの??」


 待て待て待てまずいまずいまずい。


 このままだとクラスの連中に怪しまれちまう!


 かと言って、俺が必死に弁明しても怪しさが増すだけだろうし、浦内こいつに説明させようにも変に口を滑らせたら一発アウトだ。


 ここは……やむを得ん、を頼るしかないか。


「おい、北原。頼む、さっきの言葉なんとか誤魔化してくれ」


「んえ? なんで?」


「訳なら後で話す! 頼む! 今はお前しか頼れるやつがいないんだ!」


 ヒソヒソ声ではあるが誠心誠意頼み込んだ甲斐あって、北原は頷いてくれる。


「あ……あー! ケントサン……ケントさん……健人……三?」


 必死に頭を回転させ視線が上ずっていた北原、いい誤魔化し方が思いついたのかパッと目を見開く。


 回目の占いしてもらってんのか? お前占い好きだなー!」


 ……なるほど。

 咄嗟に出てきたにしてはなかなかの誤魔化しだ。

 この状況にもあってる。

 ただ、本当は俺が占い好きじゃないという差異はあるが、この緊急事態にそこまでは贅沢は言ってられないな。


「なーんだ、占ってもらってただけか」

「面白くないの」

「というか三回程度でどんなけびっくりしてんのよ」

「ね! 北原のやつ大げさすぎ!」

「私なんてもう十回はやってもらってるわよ」


 なんとか女子からのヘイトも消えたようだ。

 そのヘイトはなぜか北原に向けられてしまっているが。

 助けてくれたのにかわいそうだし、今度ジュースでも奢ってやろう。


 ……いや、助けてもらったのか?

 そもそもこいつが大声出さなければこんな事態になってなかったのも事実。


 うーん、奢りは無しかな。


 トラブルを避けられた安心感からそんな小さいことに頭を悩ませていると、北原に「梶本、ちょっと」と教室外へ連れ出された。





「お前のせいでなぜか俺が女子にディスられたんですけど?」


「俺だけのせいじゃない、浦内のせいでもあるぞ」


「そう! 浦内さんだよ!!」


 廊下の端で密談する俺と北原。

 浦内の名前が出た途端北原の声量が跳ね上がる。


「なんで浦内さんは”健人さん”呼びなんだ?! そしてなんでお前は”浦内”って呼び捨てなんだ?!! つーか昨日何があったああ??!!!」


 ハアハアと息を切らす北原の表情は、まるでゾンビウィルスに感染した人間のように目が血走っていた。


「おいおい、落ち着けよ! 約束どおり昨日のこと話すから」


「ハアハア……ああ……」


 北原が落ち着くのを待って、俺は昨日あったことを北原に話した。




「なんだそれ……」


 それが、北原の第一声だった。


 そりゃそうだ。

 俺だってそう思う。


 いきなり信じてない占いの結果を押し付けられそうになったんだからな。

 まあ、今も完全に解決した訳じゃないんだが、こうして悩みを共感してくれる相手ができてよかったのかもしれないな。


「めちゃくちゃ羨ましいじゃないか!!!」


「……は?」


 前言撤回。

 なぜか羨ましがられた。


「お前! あんなかわい子ちゃんで有名人と連絡先を交換して、これからデートとかしまくるってことだろ?! なぜ喜ばない??! 何が不満なんだ!!!」


「何がって。運命の相手だとか、一生のパートナーとかってのは占いなんかで決めることじゃないだろ?」


「梶本……お前、本当に堅物だな」


 北原に哀れみの表情でため息をつかれる。


「おい、ため息つくなよ。俺何も間違ったこと言ってないだろ?」


「間違ったことは言っちゃいないがよ……。男子高校生なら入学してすぐに可愛い彼女ができるとなったら手放しで喜ぶぞフツー」


「悪かったな、フツーじゃなくて」


 ——キーンコーンカーンコーン


 授業前の予鈴が廊下に響く。


「とにかく、これは俺と浦内の問題だ。決して付き合ってるわけじゃないからな!! クラスに広めたりすんなよ! お前にしか言ってないんだから、広まったらわかるからな!」


 そう一方的に北原に言い放ち、教室へ戻った。



 ◇◇◇



「で、あるからして、この式に代入するのは——」


 一限は数学。数学は好きな方だし真面目に授業を聞いている。


 しかし、ズボンのポケットに入れているスマホがブブブと振動し、俺の集中をかき乱す。


 ……まあ、どうせどこかの公式アカウントだろ。


 スマホの通知を無視して黒板へ意識を戻そうとすると、間髪入れずに振動がもう一度。


 またか。

 けど、それも無視。


「ゔゔん」


 今度はスマホではなく、咳払いが左のほうから。


 ったく、どいつもこいつも授業の邪魔をしてくるな。

 咳払いしたのはどいつだ……?



 音のする方向をチラッと見ると、浦内と目があった。



 浦内は俺と目があった途端、尻尾が生えていたらブンブン振りそうなほど嬉しそうな顔をして、机の下を指差す。

 指差したとは違う方の手は、机の下でスマホを持っていた。



 ……まさか。


 自分のスマホを取り出しLIMEを起動する。

 新しい通知は二件。


 どちらも浦内のトークルームだった。


『お前かよ!!』


 先に送られてきたメッセージに目を通すことなく、まず突っ込んだ。


 すると、てへっと頭に手を当てるカモ男が送られてくる。


 ったく、授業中にLIMEしてくるなんて。

 一体何の用だ。


 先に来た二件を見てみるも、『おーい』と『健人さーん』だけで全く中身のないメッセージだった。

 俺は呆れて要件をそのまま尋ねる。


『授業中だぞ、何の用だ』


 いつものように超速で返事が返ってくる。


『さっき北原くんと何話してたんですか?』


 至極まっとうな疑問だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る