第4話 健人さんって呼んでいいですか?

 放心状態の北原をそのままにして、俺は家に帰った。


「おかえりー。ご飯できてるよー」


 玄関で靴を脱いでいると母の声が聞こえてくるので、「ただいま、ありがとう」と返す。


 そしてリビングに入ると笑顔の母が「今日の学校はどうだった?」と聞いてくる。


 高校に入学してから毎日この調子だ。


「別に……いつもと一緒だよ」



 ……いや、嘘だ。

 とんでもないことが今日起きた。


 クラスメイトの占い師女子に『俺が運命の人』だと宣言されたんだ。


 だけどそんなことを母さんに言っても理解されないだろうし、言う気はない。

 と言うか俺ですら少し混乱している。


 ……ああ。

 腹も減ってるし、考えるのはやめよう。


 ご飯食べて宿題やって、風呂に入って寝支度して、気が向いたら考えよう。


「母さん、今日の晩飯何ー?」


 俺は配膳の手伝いをしにキッチンに向かった。



 ◇◇◇



「じゃあ、母さん先に寝るから」


「うん、おやすみ」


「ちゃんと電気消してきなさいよ」


「わかってるよ」


「じゃ、おやすみ」


「おやすみ」


 あとは寝るだけになったのでソファに寝転んで携帯ゲーム機で遊ぶ俺をリビングに残し、母が階段を登り寝室へと向かった。

 スマホを手に取り、画面ロックを解除して現在時刻を確認する。


 ……そうか、もう十二時前か。


「ふぁ」


 寝室というワードにつられてあくびがでる。


 ……そろそろ寝よかな。


 ゲームをスリープにして机に置いて、ソファから立ち上がりスマホを手に取ったところで緑色のアイコンがふと目に入った。


 ……やば。

 そういえば、浦内あいつにLIME送るの忘れてたな。


 もう一度ソファに腰掛ける。


 うーん……。

 今からでも送った方がいいんだろうか?

 けど、もう十二時前だし。明日でいいんじゃないか?

 けど、送るって約束しちゃったしなあ。


 何より、送らなかったときなんて言われるかが怖い。


 ……しょうがないな。


 LIMEのアイコンをタッチし、階段の踊り場で読み込んだ浦内とのトークルームを開く。


『すまん。遅くなった』


 とりあえずそれだけ送った。

 もう寝てるかもしれないしな。


 ——ピコン


「……嘘だろ」


 スマホがLIMEの着信を知らせる音を発する。

 一瞬のうちに。


『信じられない!』

『今何時だと思ってるんですか?!』

『遅すぎますよ!』


 そして起こったカモノハシのスタンプ。


 ……まさか、こんなに早く返事が来るとは。

 返事が来たからには仕方がない。適当に返事をして寝よう。


『なんだこのカモノハシ。変わった趣味してるな』


『えー! 可愛くないですか?』

『モノ男くんです』


 そしてエヘンと胸を張るカモノハシスタンプ。


 ……なんて返せばいいんだ?

 女子高生の感性はよくわからん。お世辞にも可愛いなとは返せない。


 俺の手が止まっていると、浦内の追いメッセージが届く。


『そんなことより、お願いがあるんですけど』


 おいおい、まだする気か?

 俺はもう寝たいんだが……。

 しかし、そんなことを言ったら余計ヒートアップしそうな気がして。とりあえず来る話題を適当に流すことにしよう。


『健人さんのこと健人さんって呼んでいいですか?』


「ブフッ!」


 おいおい……。

 誰もいないリビングで吹き出しちゃったじゃないか!

 いきなりツッコミどころありすぎだ!


『お前に言いたいことが3つほどある』


『はい』


『一つ目、なぜいきなり下の名前で呼ばれることになったんだ?』


『続けて続けて』


『二つ目、もうすでに健人さんって呼んでるじゃないか』


『あ、ほんとだ』


『そして三つ目、もう十二時すぎてるんだが今しないといけない話か? これは』


『それは健人さんのLIMEが遅いのが悪いんです』


 ……しまった。

 浦内へのツッコミにそっと現状の不満を忍ばせたが、ブーメランだった。


『確かに、悪かった』


『そうです、悪いですよ。結構』


 くそう。

 こいつ、下手に出ればつけあがりよる。


 しかし、ここでことを荒立てるのは愚策だ。

 俺はぐっとこらえて『じゃあ他の二つへの回答求む』とメッセージを送った。


『一つ目ですが。今日、恋人みたいなことをするって話をしたじゃないですか』


『ああ』


『恋人は普通下の名前で呼び合うんですよ』

『私の占いが当たってるか確認するためです! 健人さんと私の相性がわかればその結果になるんですから』

『健人さんも協力しないと!』


 ……こいつ、わざとやってるのか? めちゃくちゃ連呼してくる。


 その後浦内から『あれ、二つ目はなんでしたっけ?』と来たので『それはもういい』と諦めの文字を送った。


『じゃあ、健人さんって呼ばせてもらいますから!』


 ……なんて疲れる女だ。

 そしてなんてメッセージの速度だ。


 LIME上で戦うのは分が悪いと判断した俺は、そのメッセージをスルーして一つ要望を送った。


『一つ頼みがある。お前の占いの検証の話、学校内はもちろんクラスメイトにするのもなしにしてくれ』


『えー! 何でですか?!!!』


『他の連中のことも気にしながらだと、検証に支障が出るかもしれないだろ? 不測の因子は排除した方がいい』


 我ながら、うまい文句が咄嗟に出たもんだ。


『……わかりました』

『クラスのみんなに囃し立てられて私のこと好きになられても、後で言い訳にされそうですもんね』


 ぬう。

 少し言い回しが引っかかるが、こちらの要望を飲んでくれそうだし黙っておこう。


 その後、数回やりとりをした後『おやすみ』と言ってLIMEは終わった。



 ……よし。

 これで学校内では大人しくしてくれるといいんだが……。

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