【第7話】赤茶

 翌日。今日は確か、図書搬入の日だ。俺は放課後、真っ先に図書館へと向かった。


 放課後の図書館は、暑いのに、じめじめしてうす暗かった。その中で、奥からゴソゴソと物音が聞こえる。


 本棚の裏を覗けば、高円凜々花が懸命に本を整理し、並べていた。


 俺は高円凜々花に気付かれないように、手前側の本棚を整理する。


 本棚の裏と表を分ける一枚の仕切りから、彼女の熱を感じた。


 高円凜々花が左にずれるたび、俺も左にずれる。右に動けば、俺も右に動く。そうして、高円凜々花の動きを把握し、俺は彼女の目に姿を見せない。


 そうして、約三時間が経過した。日は完全に落ち、床には俺たちの汗が滴り落ちていた。


 高円凜々花が木の香りがする古い床に寝そべる。


 俺も、そうする。


 高円凜々花は俺に気付いていないけれど、俺は二人分の熱を宇宙に送った。


「さあ、あともう半分。」


 彼女も疲弊しきっているはずなのに、一息ついてすぐ立ち上がる。足音が近づいてくる。


 暗闇の中で俺は大きな決断をした。


 猫になろう、そう思う。体が光り出し、縮む。


 時が一瞬飛んで、視点が床ほどになり、猫の目が光る。


「ニャアア」


 俺は大きく鳴いた。


「赤茶!?」


 高円凜々花がこっちに向かって駆けだし、そのまま俺を抱き締める。


 彼女の汗には小さな涙が混じっていた。


「赤茶っていう名前はね、あなたが居なくなってから決めたの。」


 彼女は俺を、強く強く抱きしめる。


「本当に、本当に、心配したんだからね。」


 俺は、流れる感情の中で、未来を想像する。


 もし、俺が高円凜々花の猫になってしまったら、登校はいつも高円凜々花の後で、下校はいつも高円凜々花より先になる。外出も簡単にはできないし、人間としての生活を営むことができない。


 それでも、猫として生きることを許してしまうぐらいに、


 高円凜々花は全てが綺麗だった。


 赤茶色の毛をぶるぶると震わせる。


 高円凜々花が、俺の体に顔をうずめるのをやめて、上を見上げる。


「待って、残りの半分の整理、終わってるわ。もしかして、赤茶が?」

「ニャアア」


 俺は頷く。


 もう一度、彼女の目が潤む。


 古びた校舎を背に、一人と一匹は、輝いていた。

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プログラマー兼猫、ただいま恋愛中。  柊城ちゃか @Chaka_Hiiragi

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