【第5話】開戦宣言と夢

 空が紅く染まり始めた放課後。


「それでは、文化祭準備第一回リーダー会を行います。」


 澄んだ声を響き渡らせるのは、俺たちかぐやコース担任の深山みやま雪華ゆきか先生だ。


 プログラミング教師の田中先生とは違って、深山先生は俺たちの引率や生活指導などを担当している。ちなみに、深山先生は二十代半ばぐらいで美人だけれど、全くプログラミングができない。


 そして、この場には、六人の人間が集まっている。


 かぐやコースからは、担任の深山先生、リーダーの三枝さん、副リーダーである俺の三人で、


 G+コースからは、担任の爽やかそうな男の先生、リーダーの高円凜々花、副リーダーのメガネをかけた暗そうな生徒の三人だ。


 静かになった部屋の中で、深山先生が、身を前に出す。


「去年、私は、悲しみに明け暮れるかぐやの生徒を見ました。ですから、今年は、去年と同じ方法をとらないという選択肢もあります。」


 深山先生は、去年を思い出しているのか、目をつぶった。


「と言いますと?」


 それに対して、高円凜々花が強めの言い方をする。


「例えば、片方がプログラミングを担当して、片方がシナリオや音声を担当する、とか。」


 確かに、それが一番平和的だ。ただ、それは少し難しい。


 三枝さんが、腰を浮かせる。プログラミングを知らない深山先生に、意見をするつもりだ。


 ただ、三枝さんは、少し攻撃的な面を持っている。俺はさっと手を上げた。


「深山先生、それは、魅力的なアイディアですが、難しいかもしれません。」

「どうして?」

「まず、聞いて欲しいのは、二つの言語の成り立ちです。」


 深山先生が、俺を見つめる。


「俺たちが使っているプログラミング言語かぐやは、日本で生まれた言語です。表現性が高いのが特徴ですが、一つ欠点があります。それが、演算処理です。」

「演算処理?」

「そうです。計算があまり得意ではなく、時間がかかったり、ミスをしてしまう可能性があります。」


 深山先生を含め、その場の全員が頷く。


「反対に、高円さんたちが使うプログラミング言語G+は、アメリカで生まれた言語です。演算処理能力に長けますが、表現力はかぐやに劣ります。」


 俺は、立ち上がり、机に手を載せる。


「つまり、かぐやは文系、G+は理系って感じです。ですから、言語だけで、ゲームの性質も変わってくるのです。」


 高円凜々花も俺と同じように立ち、机に手を載せた。


「つまり、戦争よ。どちらかが中枢をになって、どちらかが雑用をするしかないの。負ける覚悟なんて、とうに持っているわ。」


 三枝さんも、同じことをする。


「受けて立ちます。競争をした方が面白いので。」


 ということは……。


 高円凜々花と三枝さんが息を吸う。


「「天城高校プログラミング科文化祭戦争を開戦するッ!」」


 全く性格の違う二人の息が重なる。


 深山先生が頭を押さえるのを見て、俺は座った。



「深山先生、なんかごめんなさい。」


 みんなが帰った後、俺は重い足取りで職員室へ向かう深山先生に声をかけた。深山先生が、微笑む。


「こちらこそ、ありがとね。気遣い伝わったよ。それに、文系と理系の件、とても分かりやすかったよ。」

「かぐやは文系、G+は理系ってやつですね。」

「そう、それそれ。」


 深山先生が、テンポよく相槌を打った後、天井を仰いだ。


「私はねー、ただ、二コースに仲良くして欲しかっただけだったんだ。プログラミング言語の違いだけで、こんなに仲が悪いのは、私は変だと思う。」


 少し、グサッと来た気がした。俺が、高円凜々花を嫌っている理由はなんだろう。言語の違いだけなのではないのか。


 確かに去年、高円凜々花は、雑用担当になった俺たちをこき使い、威張っていたけれど、もし、言語が一緒だったなら。


 昨日の猫を愛でる彼女の顔は、綺麗だった、かもしれない。


「ねえ、赤坂君、翻訳プログラム作ってよ。かぐやとG+をつないだら、最強なんじゃない?」


 俺の肩がポンポンと叩かれる。何かに気付いた気がして、俺はその場で立ち止まる。


 深山先生が、雪のような髪を振り回して、こちらを見る。


「さよなら。また明日、元気に来てね。」


 そう言って、深山先生は職員室の中に消えていった。俺には、その後ろ姿を見ることしかできなかった。

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