井戸 後編
「それで、ある場所ってのはなんなのよ?」
「『そんな場所はない』とか言われたんですか?」
「グーグルアースで見た限りでは、もう使われていない井戸のようなものでした。いえ、正確には、兄が弟の私に送りつけてきたメールの位置情報ですけど。『井戸』としか言いようがないらしい、というメールが兄の最後の言葉でした」
「ふうん……携帯端末が圏外ではないのね」
「そういえば村人の態度もあからさまにおかしいね」
しばらく歩き続ける三人。
「あのへんのはずですが……」
「あ! あったわ!」
「井戸だな」
「意外とあっさり見つかりましたね」
石で組み上げられた直径二メートルくらいの円筒形が見つかった。
「なんか呪いのビデオを思い出すわね」
「ぼくはおーいでてこーいのほうを思い出すけどな」
「怖ろしい井戸だと思うと本当に怖いですね。でも私は覗き込む方を選びます」
依頼者であるチェン・ジョサンは井戸の方へとおそるおそる近づいていった。
「おーい、でてこーい」
依頼者はそう井戸の中へ叫――
『おーい、でてこーい』
エコーがかなりの速さで返ってきた。
「音が反響しました! 底がある! ありましたよ底が! 地球の裏側まで続いてるかと思いきや!」
「面白みが減ったわね」
「怖さが減ったというのなら同意する」
「じゃあ早速飛び込むわよ!」
「ギルド支給の対ショック発泡スチロールで五百メートルの高さから落ちても大丈夫だからまあそれでもいいか。でもあわてるなよ? まずは二百メートルのロープが底につくか試してから――」
ロープは底についた。
そして三人は、照明器具とロープと発泡スチロールを使って、井戸の底へたどり着いた。
「やっぱり横穴があるわ」
「奥が広くなってるな」
少し横穴を歩いていくと、
「まぶしい!」
「暗視ゴーグルとかつけてたら逆に危なかったかもね」
巨大な空洞に、光が満ちていた。
壁が光を発している。
「まさかこんなところがあるとは……兄はいったいどこへ? まさかこの秘密のため消された?」
「うーん……それはないと思うわ」
「なぜ生きていると思うのですか?」
「うまく説明できないけど……お兄さんは弟のあなたへここを教えたのよね? 仮にもし村人たちが消したのだったら、あなたが前回来て、追い出された時、追い出されるより、もっと怖ろしいことを実行していたと思うの」
「な……なるほど」
パシェニャは、怖さをやわらげるためだけに、色々と言っていた。
そこで突然奥の奥から『白』が現れた!
「く! まぶしッ!」
「対閃光防御!」
「うわああぁ、目が!」
一番ひるまなかったアキラがバックパックからサングラス三つを取り出した。
「たすかったわ!」
「なぜかサングラスを持ってきていてよかった」
「失明寸前でした!」
三人はとりあえず助かった。
だが、ドス白い白が迫ってきている!
「このできそこないのウジムシ・ロードが! 装填! 『バレット・スピリタス・DTB』!」
「ちょっと待った! パシェニャ!」
「なによ! さっさと撃たないと!」
「あまりに遠すぎるんだ! あれはおそらく一キロメートルは離れている!」
「じゃ、じゃあどうするんです? サングラス越しにも光が強まってるような……」
「アキラ! タオルは?」
「もちろん、十枚はもってきてるけど?」
「やるわね、それで目隠しして凌ぐのよ!」
「賢明な選択だ」
「さすがですね」
三人は目隠し越しにドス白い敵のシルエットを観察した。うごめく巨大なウジムシという形容は間違いない。
「今、何メートルくらいかしら。わたしには三百メートルって感じなんだけど」
「……たぶん合ってる」
「凄まじくでかいですね。高さ百メートルはありそうな……」
「五十メートルまでひきつけてから撃つわ!」
「了解! 今、八十メートル……七十メートル……六十メートル……今だッ!」
「『バレット・スピリタス・DTB』! 発射!」
パシェニャのクロックワーク・カービン銃からドス黒い黒よりもなお暗い、アンチ・フォトンのレーザー光線が発射された!
超巨大ウジムシは真っ黒に染まった!
そして、ドス白い光は収まった。
そして、一拍おいてから、真上方向に向かって天を貫く光が放たれた!
依頼者が、
「私は――全てを思い出した……失われた『時』は全て開放された……ついに『結果』にたどり着いた」
つぶやいた。
パシェニャはそれを聞き逃さなかった。
「どういうこと?」
「ぼくにもなにか聞こえたけど……」
「なんでもないです」
依頼者は彼の兄について喋ったのだと、パシェニャは思ったのだが、なんのことかわからなかった。
「なんでもない? ウソね」
「いや、どうせ信じてはもらえません」
「気になるじゃない!」
「同意」
じゃあ、と依頼者は説明しにいった。
「ゼロニヨル・ジョサンはあってはならない存在でした。しかし、ゼロニヨル・ジョサンに限りなく近い存在がありました。それが、私の兄、ゼロニヨール・ジョサンだったのです。ゼロに限りなく近いもの、たとえば「0.000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000001」、あるいは「10の『マイナス5無量大数乗』」、それで適当な自然数を割る。するとどうなるか? ほぼ無量大数的な数となります。わたしの兄はそれになってしまったのです」
「……?」
「どういう理屈ですか?」
「名は体を表す、それが文字通り本当だと証明されているのはご存知ですか? いえ、あくまで統計にのっとったものなので証明とまではいきませんがね」
「……?」
「知ってます。『ボブ』はたいてい太り気味、ってやつですよね」
「それです。兄である『ゼロニヨール・ジョサン』は『ゼロによる除算』に限りなく近づいてしまったのです。許されざるドス白い輝けるもの……あれは私の兄、ゼロニヨールそのものだったのです。その無限に近づく計算は、この村の時のいくつかをハングさせてしまったのです」
「……さっきから何言ってるかまったくわからないわ!」
「簡単に言うと、さっきの戦いによって、この村に『結果』がおとずれてしまった……かもしれない、ってことですね?」
「おそらくは……そして、ここからが本番です」
「へ……?」
「な……?」
依頼者チェン・ジョサンは深呼吸し、体を奇妙にのけぞらせ、奇怪な呪文を唱えはじめた!
「『b=a
a+b=b+b
=2b
a+b-2a=2b-2a
(b-a)=2(b-a)
(b-a)/(b-a)=2(b-a)/(b-a)
1=2』!」
「……?」
「……! 依頼者さん!」
「私も兄と同じ場所へ行きます!」
依頼者は灰色の塊と化し、光っていた洞窟の奥へと一瞬にして吸い込まれていった。
* * *
パシェニャとアキラが井戸からなんとか脱出すると、そこには、一人の老婆がいた。
白い帽子と白いワンピース。
白髪は背中まで伸びていた。
「結果がおとずれてしまった」
しわがれ声でその老婆は二人を睨みつけた。
「もしかして、あのときの女の子が……?」
「……」
「みんな、そこにねむっている」
彼女の指差した先は、墓地だった。墓石が十五、六個ほど並んでいる。見覚えがない。
「さようなら。わたしも長くない」
* * *
携帯端末でギルドに連絡すると、
「何もないところだっただろ」
と師匠。
「どういうことですか?」
「変なことしかなかったんですけど」
「ああ、すまない。世界線のズレってやつだったな」
「アキラ、わかる?」
「かなりわからないけど、SF的展開でもいいんじゃないかって話かと」
帰りの長距離バスは普通にやってきた。
運転手は別の人だった。
「興味本位できくんですけど……こんな廃村に何しに来たんですか?」
「取材よ」
「スズメが本当に人里にしかいない、ってことが一番の収穫でした」
二人はごまかした。
「ああ、いわゆる朝チュンがきこえなかったんですね、あははは」
「そういうのじゃないです」
「とりあえず疲れたから寝る」
「あ、そういえば、帰りはわたしが先に……寝てるフリしてみたかっ……いややっぱなんでもない」
「……? おやすみ……ぐぅ……」
[了]
あとがき
内容に含まれる「1=2」は昔からあるコピペです。私が編み出したものではないです。今日ではかなり秀逸な証明がいくつもなされているので、興味のある方は笑い転げるチャンスです。
【小説】パシェニャの冒険 古歌良街 @kokarage
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