4「危機」

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「わたしがあのほぼ客のいないゲーセンでファイナルファイトをやってなかったら、アキラがここに来ることもなかったのかしらね。奇妙な因縁ね……」

 パシェニャと会いたい一心でこんな出来損ないのかくれんぼのオニをしてしまった、そんなぼくは赤面していたかもしれない。

「やっぱわたしに会えてうれしい?」

「からかうな。逃げた理由が聞きた――」

 そこで、喫茶店の入口の自動ドアが開いたのが目に入り、その客を見てぼくは言葉を止めた。

 黒服の男というのがちょうどよい人間で、サングラスをかけており、刺すような殺気を発していた。

「銃の臭いだわ」

 パシェニャは本当に嗅覚で感知したのか、それとは別の感覚でわかったのか――男は刺客で間違いないようだ。

 男は右手で空中に多角形の図形を描いた。

 それを見たパシェニャは、

「『お前には死がつきまとう』……」

 サインを読み取ったらしい。

 男はパシェニャを見つけ、口角をあげた。

 暗殺者の笑みだと、ぼくにすら、なぜかわかった。

「ここが『ギルド』だな」

 再び刺客はにやりとする。

「ようこそ『ギルド』へ」

 パシェニャは相対する。

 刺客は、おもむろにふところへ手を入れ、銃を抜いた。

 刺客の銃がすばやくパシェニャの正中線を狙った。

 引き金が引かれ、 乾いた破裂音がした。

 パシェニャは弾丸の直線に対して横へステップすることにより間一髪で避けた。

 背後の観葉植物に流れ弾が命中した。

 四、五人いた喫茶店の客たちが、何かが起きていることに気づいて悲鳴をあげた。

「しゃがんで! ふせて!」

 パシェニャは叫んだ。

 客たちはなんとか、みな、しゃがんだり、二、三人がギリギリ店から脱出した。

 ぼくもしゃがんだ。広めの喫茶店で、いくつかのボックス席にはパーティションがあり、それで刺客の視線からは逃れられた。

 運良く、パシェニャのいる場所は見えた。

「よく避けたな」

 刺客は再び狙った。

 パシェニャはしかし、動けなかった。パシェニャが今度避けたら、観葉植物ではなく、喫茶店の客にあたってしまいそうだったのだ。

 ぼくは、しゃがんでいて、刺客には見つかっていない。

 自分は背景人物のような状態にいると思った。

 そして、店の出入口のほうの異変に気づいた。

「パシェニャ!」

 二人目がいる!

 ――そう叫ぼうとした瞬間、二人目が別の角度からパシェニャを狙った。

 破裂音、それとほぼ同時にパシェニャの背中に、弾丸が命中してしまった。

「……!」

 パシェニャは何の声も出せぬうちに倒れた。

「そんな、ウソだろ!?」

 二人の刺客のうち、先に来た方は、また、ニヤリとした。

 だがいきなりその刺客の体は笑みの直後に、上方向に吹っ飛んだ。しかも、きりもみ回転しながら。

 一瞬、何が起きたのか全く分からなかったが、そいつは背後から別の誰かにぶん殴られたのだ。

「ついげきの『トルネードブラスト』!」

 そして、空中に吹っ飛ばされている刺客の体に空中で、追撃が入った。

 刺客の体全体を陥没させるかのような手応えのある音がした。

 空中で下方向への打撃!

 床に叩きつけられる刺客。

 ありえない空中コンボを決めたのは、

「わたしは赤き旋風のレッドサイクロンソーニャ! すべてを巻き込み、粉砕するのだーッ!」

 アニメに出てくるロリっ娘のようなかわいらしい声だった。身長一四五センチくらいの赤いメイド服の少女だった。パシェニャいわく、『師匠』。「少女」なのだろうか? 不可解な外見だったが……

 ぼくは、少しの間、すべて決着がついたと勘違いしてしまった。

 刺客はもう一人いた。パシェニャに弾丸を命中させたほうの奴だ。

 その男はいつの間にか倒れたパシェニャのところへ行っていて、パシェニャの体に銃口を突きつけていた。

「動くな!」

 男は『師匠』に向かって叫んだ。

「動くと撃つ」

 おそらく、パシェニャは即死してはいないので、一時しのぎの人質にはなる。

 ぼくは気づいた。

 この刺客二人目は、ぼくの存在に気づいていない。

 『師匠』は動けないが、ぼくならなにかやれる。

 一時的にパシェニャを銃口から守る方法なら思いついた。『おい、その人は重傷じゃないか! かわりにぼくを人質にしろ!』と大声を出すだけでいいはずだ。

 しかし、

「動かなくても撃つがね」

 刺客二人目は自らの命や罪をまったく勘定に入れない理想の鉄砲玉だった。銃を振り回す以上、いつ殺されてもそれでいいと考えているのかもしれない。

 今にもパシェニャがとどめを刺されそうだ。

 ぼくは、今のところしゃがんでいる客の一人であって、まだ刺客に発見されていない。

 不意打ちができる。

 だが、どうやって。

 考える。

 まず、自分と相手の間には距離がある。

 向かって飛びかかっていったら迎撃されて終わりだろう。

 この距離のまま相手の銃をなんとかするには、やはり飛び道具を使うしかない。

 ぼくはカバンからおもむろに定規を取り出した。ぼくは、三角定規も含めて定規を何本か用意していた。しかし、まさかこんなところで使うことになるとは思わなかった。

 ぼくが取り出したその一本は、鉄製で重く、ペーパーウェイト、もしくは、ペーパーナイフとしても使える。ピカチャウ相手には使わなかったものだ。

 刺客の手を、銃を持っている指を狙った。

 手のひらを下にして、人差し指と中指で定規をはさみ、手首のスナップをきかせて思い切り上に振り上げて、投げた。

 回転する重い定規は見事に刺客の指を直撃し、おそらく指の骨をブチ折った。

 刺客はうめき声をあげ、銃を取り落とした。

「なんだお前は!」

 そのスキを逃さず、パシェニャは起き上がった。

 マグナム弾をも防ぐ完全防弾のコートがそれを可能にしたのだった。

 そして、パシェニャは一旦しゃがんで力を溜め、

「ファイナル・スコティッシュ・フォールド!」

 刺客はラリアットによるアッパーカットでありえない軌道で吹っ飛んだ。

 パシェニャは空中のでその刺客の体をつかみ、床に叩きつけた。

 刺客の全身の骨が何本も折れた音を、ぼくは確かに聞いた。受け身不可能の大技だ。

 パシェニャは続けざまに刺客の関節を極め、さらに、両腕の関節を外した。いわゆる戦闘不能状態にする類の、地味な超必殺技での『とどめ』だ。

「銃で撃たれたのは初めてではないわ! でもウェイトレスの制服だったら危なかったわね……まあ、ざっとこんなもんよ」

「〜〜!」

 刺客は声にならない声でうめき、降参した。

「お、お前、どこかで見たような……組織の資料で見た……ゲーセンにいたガキじゃないだろうな?」

「答える必要はない」

 やはりぼくはパシェニャのもといた組織『サモルグ』に一応マークされていたようだ。


 その後、五人の警察官が来た。当然だが、誰かが通報してくれてしまったようだ。

「銃があるな。とりあえず銃刀法違反は免れない。発砲事件か。正直面倒だな」

 そんなリーダー的警察官に対して、『師匠』は何事か耳打ちした。おそらく、二言三言だけ。

 警察官は震え上がったように見えた。

「この書類にサインを……」

 師匠は書類を受け取り、一瞥し、自身のペンで何かを書いた。

「ほれ」

 とその書類をわたし、さらには警察官から何かを受け取った。警察官たちはそれで、無言で引き上げていった。


「好奇心で聞くんですけど、何を言ったらああなるんですか? それと、何を受け取ったんですか? いや、機密事項だとかで答えられないのならそれでいいんですが……」

「いったのは、けーしそーかんの関係者の本名だ。それと、もらったのは、店の修理代の小切手だ」

 どうやら、国家権力に匹敵する力を持っているようだ。この『ギルド』は。


 * * *


 さらにその後。「立入禁止」「Keep Out」のテープが貼られた店内。

「やるじゃない! 巻き込みたくなくてアキラのために消えたのに、逆に救けられちゃったなんて……ホントにありがとう!」

 とパシェニャは喜色満面に見え、

「せーだいに巻き込んでしまったな」

 と師匠はなんでもない風に言った。アニメ声で。

 ぼくは、そういう運命だったのだと思う、と言いそうになって思いとどまった。

「ぼくも『ギルド』に参加させてください」

 自然とそう言った。

 師匠は、パシェニャに向かい、

「だ、そうだが、パシェニャ、きみはどう思う」

「わたしは……この子はじゅうぶん加入する資格があると思います」

「それでは、かんげーする!」

「あ、ありがとうございます」

 こうしてぼくは『ギルド』の一員になった。

「ところで、具体的にどういう仕事があるんですか?」

「それは言ってなかったな」

 師匠は説明を始めた。

 基本、殺し屋である。

 これには、法の裁きが無力だった場合のための、という但し書きがつく。

 そのほかには――実はこっちの方がメインだが、奇怪なモンスターとの戦いもあるという。

 ついでに、喫茶店のウェイター、ウェイトレス、厨房の仕事も。

「でもしばらくは『師匠』であるわたしの特訓でその『定規戦闘術』を極めることになるな。手裏剣なんかもモノにできるかもしれん」

「わかりました。よろしくおねがいします」

「ああ、よろしくな」

「あらためてよろしく、アキラ」

 と、パシェニャは、

「ココアでも飲む? 有料だけどね」

「ぼくは開封済みの一〇〇パーセントグレープジュースのほうがいいかな。それと新メニューのケーキの潰れちゃったやつ……できたら全部割引で」

「うむ、五割は割り引いてやる。きみの最初の仕事はまず、ここの厨房だから、まかないメシはちょうどいいな」


   [了]

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