第二話

1「かの女を見失った」

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 夏休みのあけた中学校の放課後、今日も今日とてぼくはゲーセンに入り浸る。

 3D系の格闘ゲームを三回(ボロクソに対戦で負けた)、シューティングゲームを一回。シューティングゲームは超弾幕時代以前のもので、一周クリア後の二周目の二面でいつものようにゲームオーバーだった。

 ゲーセン代の小遣いは、食費を削った残りから主に来ている。朝昼の食事代を親から毎日五〇〇円ももらっており、そこから一〇〇円の食パン一斤をひくと、四〇〇円が手元に残るものだ。ゲーム八回分だ。

 ときおり学食で二〇〇円のうどんなども食べるが、合計として、一日約一〇〇円の食費で朝昼は生きていけるのだ。必須ビタミン、タンパク質の摂れる豪勢な夕食を用意してくれている両親に感謝だ。

 ちなみに学食に設置してあるティーディスペンサーで緑茶と烏龍茶は無料だ。無料とは言ってももちろん、親の払ってくれた税金や学費から引かれてはいるけれど。


 時刻は午後五時三〇分ごろ。近所のどの学校の下校時刻も過ぎているところだ。

 かのひとがそろそろ来る頃だ。

 かの女は、ヴァンパイアはいわゆる地区予選ギリギリ敗退レベル、バーチャはぼくと同じくらいの強さ、ストVはザンギを使いこなし、KOFは庵で暴れを得意とし、ギルティギアはカイを使い手、ぷよぷよは速攻四連鎖ばかり、テトリスはレベル99をほぼ無限にプレイし、ぐっすんおよよは理解できない。ファイナルファイトはハガー市長でエブリ台ワンコインクリア――といった感じのプレイヤーだった。

 専門用語が過ぎるかもしれないが、要するに得手不得手がかなりあるゲーマーだった、ということだ。

 そのかの女が、来ない。

 ぼくは久々に午後八時頃までゲーセンで過ごしたが、それでもその日はかの女は来なかった。

 次の日も、その次の日も、同じくらいの時刻まで待ったが、来なかった。

 近所のいくつかのゲーセンをめぐるさなか、かなり意識して探したが、会えなかった。

 ここでいう「近所」というのは、ニシタマ地区の電車で六駅ぶんくらいのかなり広い地域をさしてもいる。さいたまの一部すら含まれる。

 しかし、会えない。

 携帯端末のアドレスを交換してはいない。

「プライベートに関わらないほうがいい」

 かの女は真面目な表情でそう言っていた。

 ぼくは、かの女、自称元アサシン組織所属の『パシェニャさん』を、そうして見失った。


 ぼくはしばらく、どこともなく探し回ってから、ふと思った。かの女はもしかしたら関東圏をはなれているのではないか? たとえば、関西以西や北陸、北海道にいるのだとしたらあえなくて当然だ。それどころか、外国にいるのかもしれない。

 だが、ぼくはその考えをみずから否定した。

 誰にも告げずに去るとは思えない。

 ギルティギア世界ランカーに聞いてみたら、

「フツーに引っ越しでもしたんじゃあないの?」

 バーチャの人は、

「パツキン秋田小町って感じの美人さんだし、地元の秋田にでも帰ってるんじゃない? 秋田かどうか知らんけど」

 いや、かの女は近所にいる。近所という名のニシタマ地区に。どこかにサインがあるのだ、と直感が言っている。

 その後、かの女が訪れた場所だと確信したゲーセンがいくつかあった。

 たとえば、ファイナルファイトのワンコインクリアのハイスコア。金の延べ棒稼ぎをやっている。スコアネームは「EGW」となっていたもの。かの女のスコアネームは「MGR」「SMN」「UNI」などの寿司ネタシリーズだった。順に「マグロ」「サーモン」「ウニ」を表しており、「EGW」はおそらく「エンガワ」だ。ついでにそのゲーセンでは、閉店時にスコアがリセットされるので、誰かがその日にワンコインクリアして「EGW」と残した痕跡と言える。いまどきファイナルファイトがおいてあるゲーセンでいまどきやっているのだし、ぼくの直感と、かの女のハガー市長の超絶プレイの記憶は、その「エンガワ」と関係あるとしか思えない。


 そして、今日もまた、会えなかった。

 ゲーセンで会うのは難しいのか……だったら……

 と、ぼくはかの女との何気ない会話――ほんの少しだけ交わした、ゲーム以外のもの――を思い出そうとしてみた。


 なんともない会話の中で――


「アキラ、バイトとかしないの?」

 かの女は、ぼくがゲーセン代を小遣いのうちの食費分から出しているという話をうけて、そんな質問をしてきたことがあった。

「さすがに中学が禁止してると思います」

「えっ……中学生だったの?」

「そうですけど、なにかまずいことでも?」

「わたしは――じゃあわたしも中学生になっておくわ」

「どういう理屈なんですか?」

「思ったよりちょっと年齢低いなってだけよ。あと敬語はいいわ。めんどい」

「わかりまし……わかった。バンバンとタメ口でいくぞ。よろしく。後悔するなよ?」

「いきなりだとなんか流石に違和感あるわね……まあいいけど」

「冗談だよ、一応言っとくと」

「それで、バイトの話だけど……わたし、喫茶店で働いてるのよ」

「うん」

「今ちょうど人手がいりそうなんだけど、やってみない? ってとこだけど、中学生ならしかたないわね」

 ぼくはコーヒー飲み放題なんだろうなー、と思って一人恥ずかしくなった。

「コーヒーの淹れ方とか、ジュースとかココアとか、大変そうだとか思った?」

「ちょっと」

「コロンビアアイスマキアートローファットノンカフェインホイップミルクマシマシグランデ、とか勘違いしてない?」

「何一つとしてわからないけど、だいたいそんな感じ」

「実はわたしのとこの店は全然そんなのじゃないわ。コーヒーはファミレスのドリンクバーのマシンとほぼ同じだし、一〇〇パーセントオレンジジュースとココアは百均の紙パックを開けるだけだし」

「ええ? まさか、あのスタバの斜向かいの店がそんなだったの?」

「そのまさかよ」


 それとは別のもう一つの会話……


「朝起きが苦手だわ」

「ぼくもだ」

「無意識で目覚まし時計を止めて、二度寝するし、二〇分間ベルが鳴り続けても全く起きられなかったりするのよね」

「わかる」

「なにか良い対策ある? わたしは時計を三個にしたらなんとかなってきたけど」

「ぼくの場合は……定規じょうぎを投げてるな」

「へ……? どういうこと?」

「爆音の目覚まし時計を布団からはなれた場所に置くのは定番だよね。どうしても布団から起きて時計のところに行くことになる。だけど、いつからか目覚ましの上のスヌーズボタンの上にピカチャウを置いて、定規を投げてそのピカチャウに当ててアラームを切るようになっちゃった。今となっては定規投げの熟練者だよ」

「ピカチャウって何?」

「黄色いぬいぐるみだよ」

「そうじゃなくて……ていうかダメダメじゃない」

「いや、定規は枕元には一本しか用意してないから、スヌーズの二回目の爆音アラームでは起きられる」

「それならイイかもしれないわね。定規投げの意味がわからないけど、うまいことやってるじゃない」

「とくにうまくはないと思うけど……」

「苦手を克服しようとする姿勢は評価に値するわよ」

「そんなもんかなー」

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