【小説】パシェニャの冒険

古歌良街

第一部 エピソード・ワン

第一話

第一話「ゲーセンの暗殺者」

 かのひとのことは、ゲーセンでたまに見かける、すこし妙な格好をした人だ、とだけ思っていた。

 明らかに白色人種の血が三分の一以上ほどは流れていそうで、クリーム色に脱色したような、なめらかな髪の人で、ぼくより少しだけ背が高そうな人だ、とだけ。

 妙な格好といっても真夏にグレーのコートを着てマフラーも常に着けているだけ。

 五歳くらい年上かも。

 たまにあからさまなカラーコンタクトでも着けているのか、茶色だったり紺碧だったりする瞳だったりする、そんな人とだけ。

 いや、『だけ』ではない。

『格闘ゲームをする女の人』というだけで、端的に言うと気にせずにはいられなかった。

 格ゲーをする女の人!

 それだけで、ぼくは気になってしかたがないのだ。何回か対戦台で対戦して、ちゃんといわゆるゲーム用語が通じるのは明らか。

 まあ、ぼくには話しかける勇気はなかったので、とくに会話はしていなかったが。ちなみに対戦成績――勝率は、ぼくが手抜きをしすぎてそれでもぼくが六割、その人が四割といったところだった。

 その人の意欲を削がないようわざと手抜きをしてしまっていた。格ゲーのマニアにあるまじき行為かもしれない。

『アッパー昇竜拳 低空ダッシュ エリアル ダクネスコマンド 目白押しコンボ 覇王翔吼拳を使わざるを得ない ユリ超ナッコー 甘え厳禁』

 そんなような一〇年以上前からのゲーム用語が平気で通じる……ハズだ、とぼくは確信していた。

 半月前ごろ、その人が話しかけてきたときにはびっくりした。

「ねえ君」

「は、はい……!」

「そのコンボ、どうやって見つけたの?」

 クリーム色のワンレングスの揺れる髪がぼくの目の前でかきあげられた。

「あ、ああ、シ☆ヤで見た。おそらく、社員の横流しじゃあないかと推測されている。バックステップを体当たりでキャンセルできるところからのダッシュ二段攻撃ってのは確かに見つからないとこだった。あのゲーセンはスゴイよ。別のゲームの話だけど、対戦五〇人抜きとか時々いるし、関東では五本の指に入るね。うん、そういえば、またこのゲームの話じゃないけど、今のコンボみたいなよくある隠し風コマンドは、さっきも言ったけれど、社員が、ええと、作る側が『放流』して楽しんでるんだと思う。ダクネスコマンドなんかは当時ありえなすぎて『ウソでしょう?』っていう状態だったらしい。でも続編ではインストにかかれてたりして、普通に定着してたね。ガードキャンセルも最初は裏ワザで、ガチャガチャやってたらなんか出たぞ、って少しずつだけ広まっていたね。対戦でデミトリに一〇回くらい『デモンクレイドル』やられて負けたときはある意味爽快だったとか言う人もいた。あのころのシ☆ヤはすごかったらしい。小学生がカツアゲにあうのが日常茶飯事だったのは今では考えられないけど、センター街って言葉くらいならぼくも知ってる」

「へー……五〇人抜きする人がいるってのはすごいわね」

 意外と話ができてびっくりした。多分できていただろう。会話が。

 その人はちょっとばかりポカンとしていた気もするけれど。


 そのあと、かの人とはお互い名前すら――教え合う必要ないからかと思っていて――知らなかったものの、ちょっとだけ挨拶したり、普通に乱入対戦したりした。対戦では、どのゲームでも、お互いに本気を出してはいないような感じがあった。


 そして、また別のある日のゲーセン。ぼくも含めて一〇人ほどの客がいた。みな、それぞれゲームをしたりギャラリーをやったりしている。

 かの女もいた。

 そして、そこには、いかにも玄人バイニンのオーラを放つアロハシャツの大男と、一人の老人がいた。

 この老人は老いを感じさせない印象だった。背筋はしっかりしており、整えられた白いアゴヒゲを持ち、黒スーツで、杖をついているが、その杖は散歩用かつ抜刀ツバメ返し用に見える。

 ボスのオーラを放っている。

 ぼくはその老人を「ボスじじい」と呼ぶことにした。ぼくの中で。

 かの女は、ボスじじいとバイニンに向かって、

「ぶっちゃけわたしならお前らなんか一〇秒で殺せる」

「……どういうことだ」

「それを教えない。殺人は好きじゃあない」


 ……どっちが何を人質にしているのかわけわかんないわね……小指をもらう……


 なんだか物騒な話が聞こえた気がした。どこかおかしい響きがあった。

「そこで、よ。どっちにもさっぱりすっぱりキレイにおさめるためには、やっぱ何か勝負事で決めるのがいいと思うの」

「なぜそうなる」

「せっかくゲーセンに逃げ込んだのだから……という理由ではダメかしら? それに、そっちにいるのはあのフーバーさんよね?」

 ボスじじいは、気づかれたか、とつぶやき、

「ああ、こっちにいるのは格闘ゲーム・デカスロン(注・一〇種競技のこと。元祖スト2からKOF、最新バーチャ、ギルティギアも当然含まれる)世界ファイナリスト『紅のクリムゾンフーバー』だ」

 フーバーと呼ばれた大男は、

「そういうものだ、俺は。ついでに、腕力にも自信がある。何キロのバーベルを持ち上げられるかを言うといつも驚かれる。もっとついでにいうと、空手と剣道合わせて五段だ」

「それはスゴイわね。わたしは何ポンドのバーベルを持ち上げられるかを言ってみたくなったわ。ところで、ここには色々と対戦ゲームがあるんだけど、どれかで勝負ってことでいいのよね?」

「どれにするんだ」

「好きなのを選んで」

 フーバーは肩をすくめた。そして店内を見回した。

「好きなのと言っても色々あるぞ……懐かしいな、バーチャ2からヴァンパイアハンターまである……KOF初代もか……じゃあ、ヴァンパイアハンターを選ばせてもらう。だが、オルバス禁止。というかこんなのでいいのか?」

 フーバーはボスじじいと、おそらくはかの女とに向かってたずねた。

 ボスじじいは、うむ、と首肯した。

 かの女は、

「いいわ……そこの子!」

 と呼んだ。

 ぼくはそれを聞いて、振り向いた。

「なんですか。ぼくですか?」

「こっちの人とヴァンパイアハンターで対戦するのよ」

「はあ……なんでですか?」

「いいから」

 そのかの女は初対面のフリでぼくを巻き込むフリをしている。

 名前を教えあわなかった理由はそれだったのか。

 どういうことなのか? といったふうに、ぼくは精一杯、なんだかよくわからないというフリをできたと思った。ぼくはかの女に、いわゆる代ウチを頼まれた形だ。

 かの女が『そこの子』と言った場合、ぼくが出ていくのだった。『えーっと、そこのゴジラ松井似の人!』『ビビり染めの人』という可能性もあった。

 かの女は、ぶっちゃけると、殺し屋をも含むマフィア組織を退団するにあたり、追われ、小指をかけた戦いをしていて、なぜかぼくを巻き込んだのだ。

 理由は、

「少し『ハンター』で対戦した限りでは、わたしよりちょっとは強いわよ、この子は」

 強気な態度を崩さずかの女は続ける。

「こっちが勝ったら、放免させてもらって、あなた方を殺さないであげる。試合は一〇本勝負。先に六本とったほうが勝ち。こっちが負けたら、小指をあげるわ」

 ボスじじいは少し考える素振りを見せ、最後には、

「いいだろう」

 という結論を下した。

 そうして改造版対戦台――勝った方も負けた方も次の試合でキャラクターを変更できる――での試合が始まった。


 ぼくは不思議と冷静だった。自分が精神的動揺の少ない性格だと人生で初めて自覚したところだったかもしれない。

 とりあえず自分の最強キャラから

 ――フォボスのゲージ消費削り連打でフィニッシュ。

 次には最弱だが得意なキャラ。

 ――ガロンのガードキャンセルスペシャル体当たり技のコンボ精度は、自信と実力通り発揮できた。

 ――パイロンでレバー入れ大パンチからの投げ。これはガードキャンセルしないほうが悪い。

 ――サスカッチでのめくり大キックからのめくり大キックからのめくり大キックからのダッシュ小中大コンボ。相手のゲージが凄まじい勢いで減っていく。

 ――レイレイの天雷破連打からゲージ超回収してまた天雷破。

 ――ドノヴァンのチェンジイモータルめくり。ギャラリーは沸いた。

 ――モリガンのリバーサルダクネス。起き攻めに中段下段とレバー入れ大パンチの不可避投げ。

 ――ビクトルの普通の投げハメ。

 ――ビシャモンのバックステップ中段からの上り大キック(突き)からのすかし投げ。

 ――当然のようにデミトリのダッシュジャスト裏まわりからのコンボ。

 ――フェリシアの超必での対空。

 ――ザベルのレバー入れ小足刺しまくり。


 対戦成績は、すでにこっちの勝ちと決まったが、それでも何回も対戦した。

 ぼくは勝ち続けた。

 1ラウンドもとらせなかった。


「お前……なにものだ?」

 フーバーさんは自身が一回も勝てないことに驚いたようだ。

 ぼくのターンだ。

「シ☆ヤではそこそこ知られているつもりだ。あの店ではいつも帽子をかぶっていたけどね。どこかの誰かに帽子がダサいと言われて、かぶるのをやめたんだ。まあ、ぼくは五本の指に入る。五〇連勝したりね。五〇連勝目で尻が痛くなってきて別の人にかわってもらった。つーか全国一位ゼンイチかつ地球一だ。フーバーさんとも何回か対戦したんだけど、覚えてもらってなかったみたいだね。まあ、ぼくが『ハンター』以外では並以下だから、かな」

 ぼくは、勝利者としてその場のほぼ全員からの拍手をもらった。

 かの女は、

「わたしの勝ちね……殺さないであげる」

 ボスじじいは鋭い眼光を失って、

「どっちが人質だったんだろうな」

 ゲーセンを立ち去った。

 危機は去った。


「フーバーさん、あと皆さん、お遊びモードでいきましょう」

「いいだろう。お前たしかKOFはかなりヘタクソだったよな」

 とりあえず、ハッピーエンドにたどり着いたようだ。

「そういえば、まだわたし、名前も名乗ってなかったわね」

「全然気にしてなかった……ごめんなさい」

「パシェニャ。そう呼んでくれるとうれしいわ」

 パシェニャは、ちょーっと発音しづらいけどね、と付け加えた。

「アキラ。でもバーチャは素人。よろしく」

 ぼくも自分の名前を明かした。

 フーバーさんは、

「俺はフーバーとだけ言っておこう」

 リングネームがあるのは尊敬に値する。

 パシェニャと、フーバーさん、さらにその場にいたギャラリーのバーチャ2世界一、ストゼロ世界一、サムスピ世界一、ギルティギア世界一、KOF世界一、鉄拳世界一、メルブラ世界一、それとヴァンパイアハンター世界一のぼくたちは、小指の代わりにうまい棒を賭けての格ゲー対戦大会に移行した。


 めでたし・めでたし

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