ある人殺しの真実

 どれぐらい経っただろうか。

 何度か昼と夜を繰り返した気がするが、もう、どうでもよかった。

 何回目だか分からない夜の闇の中、捨てられた子犬みたいに路地裏でうずくまっていた。

 何もかもがどうでもよかった。

 何も食べず、何も飲まず、ただゴミのように朽ち果てる。

『悪魔』にはお似合いの最期だ。

 まあ、もう死んだことになっているのだけれど。

 まさか、都の人々は『消えた死体』がこんな路地裏に落ちてるなんて思うまい。


 その時、肩を叩かれた。

 私はのっそりと顔を上げ、そして、息を飲んだ。


「何ですか? 幽霊でも見たような顔をして」


 涼しげな顔をして彼が立っていた。


 私は叫び声をあげたかったが、喉が言うことを聞かない。

 察した彼が竹筒で水を飲ませてくれた。


。山崎から落ちぶれる途中、落ち武者狩りにあったと噂に聞きましたよ」


 そして、彼はいたずらっぽく笑うのだ。


「しかし、不思議ですね。敗走中に『我こそは三日天下の明智光秀なり!』と宣言していたならいざ知らず、落ち武者狩りの連中はどうやって自分が襲った相手が明智光秀だと認識できたんでしょうね?

例えば、殺した相手が明智の家紋が入った陣羽織でも着ていたのでしょうか?」


こいつ、自分の陣羽織を別のやつに着させたのか……。


「そんなことしたって、落武者狩りの百姓は騙せても、首実験でバレるだろう」



「そこは、賢かったんでしょうね、顔の似た影武者を用意していたんじゃないでしょうか?」


彼はニヤニヤと笑って、自分の頭を指差した。


「いや〜、やっぱり知将ですね。さすが、第六天魔王を殺すだけはある」


 笑顔の彼を、初めて南蛮人を見たときのように見つめた。

 私の中で色んな感情が嵐のように湧いて、でも、何も言葉にできなくて、結局私は泣いてしまった。

『家督』を継ぐものとして、『悪魔』として、いや、『男』として、決して人前では泣かないと決めていたのに。


 彼は私の背をそっと撫でた。


「『悪魔』を置いて死んだりしませんよ。『地獄』でずっと一緒だって約束しましたからね」


  ***


 夜のしんと静まりかえった通りを二人で歩いた。


「これで、私は後世まで『裏切り者』と語り継がれるんだろうな〜、嫌だな〜」


 今日の彼はいつにも増して軽口が多い。公務中は真面目くさった顔しかしないのに。きっと後世の歴史書に、この『裏切り者』は「普段は実直だった」などと評されるのだろう。そっちの方が『裏切り者』だ。


「まあ、貴方よりはマシか。色白で、声が高くて、一月に一度すぐに癇癪玉が爆発する周期があって……きっと私なんかよりよっぽど興味を持って語られるでしょうね」


 言いたい放題言いやがって、と私は彼を小突く。


「申し訳ありませぬ」と彼は慇懃に謝罪する。目は面白がって笑っているが。

 全く、後世の人々の前に突き出してやりたい。


「全部、ってことを知れば納得がいくんですけどね」


尾張の田舎豪族の醜い勢力争いに巻き込まれ、私は『男』として生きることになった。

自分の正体が露見しそうになるたびに奇行に走り、皆から『うつけ』と呼ばれた。

私を利用した人間たちは、背後から私を操って大量殺戮を繰り返した。天下を統一するなどと言いながら。

けれど、私さえいなければ彼らはそんなことは出来なかったのだ。

だから、私は『愚か』で『冷血』な『大量殺人鬼』と言う称号を甘受する責任がある。


けれど……。


私は立ち止まる。


どうしました、と振り返った彼を、私はまっすぐに見つめて言うのだ。


「貴方は……、貴方だけは本当の私のことを知っている。私は、それだけでいい」


彼は不意を突かれたのか、「ええ、まあ……」などと先ほどの軽口が嘘のように返答に窮していた。

生憎、月が出ていなかった。

もし出ていれば、きっと顔を赤らめた彼の顔を拝むことが出来たのに。


全く、後世の人々の前に突き出してやりたい。

この男こそ『悪魔』が心から愛した男だと。


 ***


街の外れに彼が馬を二頭隠していた。

そして、私たちは『地獄』へ向かった。


この先、人々は私たちのことを『うつけもの』とそれを殺した『裏切り者』と語るだろう。


それでも構わない。


私たちが幸せに暮らしたなんて、そんなことは知らなくていい。



( FIN)



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日本で一番馬鹿にされた『悪魔』の告白 下谷ゆう @U-ske

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