ある人殺しの末路
「簡単ですよ」
「私が貴方を殺します」
彼は涼しい顔をして、そう言った。私は何も言えずに彼の顔を見た。
「そうですね、例えば、貴方の部下の方々が散り散りになってる日がいいですね。楽に殺せそうです」
「時間帯は夜がいいですね」
「場所はお寺がいいですね。警備が薄いので」
「ご子息とは宿を分けたほうがいいですね。周囲の人は少ない方がいい」
何を言っているのだろう? この男は。
私は問おうと思ったのだが、遮られてしまう。
「貴方はきっと天国には行けません。何せ『悪魔』ですから」
「湖のそばの草木が生い茂る山の中で、額に汗水垂らして畑を耕して」
「人里離れた山奥で、それはそれは、惨めにくらすんです」
「そして嫌なことに、自分を殺した男とずっとずっと一緒です」
「『悪魔』にはもってこいの地獄ですね」
私は馬鹿だ。
生まれた頃から、ずっとずっと馬鹿だった。
だけど、そんな私でも、彼が何を言おうとしているのかは理解できた。
けれど、私はやっぱり馬鹿で、彼に何と言っていいのか分からなかった。
そんな、私を見て能面のごとき彼の顔は、少しだけほころんだ。
「それでは。私は『悪魔殺し』の準備がありますので」
馬鹿な私は、彼に『ありがとう』と言うことが出来なかった。
***
あの日、私はこっそりと寺を抜けた。
彼の言う『地獄』を目指して。
地獄への道中、私は胸を弾ませていた。
これからの『地獄』での日々を想像して。
野良仕事はこれでも自信がある。
子供の頃は百姓の子とも友達だったから。
『地獄』は昔、彼と鷹狩りをしたときに見つけた秘密の場所だ。
そこに打ち捨てられた小さな家が私の『地獄』だ。
傷んだ家を修繕しながら彼を待った。
こっそり持ってきた茶器を飾って彼を待った。
「本当に懲りない人ですね」と彼が顔を顰めるのを想像しながら彼を待った。
だけど、彼は来なかった。
***
夜を九つ数えてから、私は『地獄』から戻ってみた。
ほっかむりをかぶって変装して。
人々は賑わっていた。
英雄の凱旋を待っているようだ。
人混みをかき分けながら噂話が私の耳に入る。
「すごいね、中国にいたんでしょ? 毛利を攻めに」
「たった、11日で、逆臣を山崎で打ち取ったらしいよ」
「短い天下だったね、明智光秀」
私は馬鹿だ。
『悪魔』である自分と、『悪魔』を殺した彼の末路が、そんな幸せでいいはずないじゃないか。
人殺しには報いがあるのだ。
私の膝は徐々に力が抜けていき、私はへなへなとその場にヘタリ込む。
その時、群衆がわぁ、とざわめいた。
誰かが叫んだ。
「羽柴様のおかえりだ!」
英雄の帰還を一目見ようと一気に人が押し寄せた。
誰かが私の背中を蹴った。
汚い泥にまみれた草履だった。
「邪魔なんだよ、このうつけが」
そして、私に唾を吐きつけた。
私はぼやける視界の中で人々の足を見ながら思うのだ。
ああ、私は馬鹿だな、と。
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