第2話

 焦って宿舎を飛び出すと夕焼け空が眩しかった。


 俺は小走りで円山球場外のバイク置き場に向かうと、あさ美が浴衣を着て佇んでいる。


「あさ美、遅れてごめん」


「私も今来たところです」


 あさ美は紫色が美しい朝顔柄の浴衣を着ていた、黄色い帯が映え、青い髪は結っていてうなじが綺麗でいつもより大人びて見える彼女の姿に俺は息をのむ。


「コンタクトが手に入らなくて…… この格好カッコにメガネって変じゃないですか?」


 あさ美は照れながら俺を見る。


「そんな事ないよ、似合ってる、可愛いよ」


 彼女は嬉しそうに照れ笑いをして、俺の前で浴衣姿の体をクルッと回転させた。スタイルの良いあさ美は浴衣姿に綺麗な体のラインが現れて目のやり場に困ってしまう。


「それじゃ、行きましょうか」


「何か当てでもあるのか?」


「円山夏祭りと言えばアレですよ、アレ」


「アレって?」


「もう、浅波さん知らないんですか? 最強ジャンクフード、スープカレーラーメンサラダザンギ饅。ひとつでお腹一杯になる大きさなんですよ!」


「それって札幌名物饅頭の中にブッ込んだだけじゃないのか、微妙だな」


「ふっふーん、そう思うでしょ? でも浅波さん、食べたら感動しますよ、私が保証しますから。あー何で1年に1回しか食べられないんだろう、食堂のメニューに入れてくれればいいのに」

 

 期待に胸を膨らませて、両手を胸の前で斜めに合わせ、あさ美は空を見上げてうっとりとしている。


 北海道神宮へ向かう林の中の参道には提灯に明かりが灯され沢山の出店を照らしている、円山防衛陣に係る多くの人間が今日ばかりは気合を入れて雰囲気作りに奔走し、まるで平時のお祭りのような活気を作り出している。


 参道の中央部には広場が作られ、そこには簡易的な祭壇があった。祭壇には日本刀が飾られ、開拓使が祀られている、その刀は開拓当時大暴れしたと言われる伝説のヒグマを倒したものらしい、開拓使の隣には我々の殉職した仲間達が祀られていた。もちろん結衣もその中の一人だ。


 俺とあさ美は祭壇に向かい、参拝した。古びた刀、鞘から抜いた状態で飾られているその刀身はとても100年以上前の物とは思えない鈍い輝きを放っている。


「なんだか吸い込まれそう、歴史を感じますね」

 

 あさ美は刀をじっと見つめて言った。


「あっ! 浅波さん、あそこ!」

 

 歓喜の声を上げたあさ美が指さす方向にお目当ての湯気が立ち上る出店が見える、せいろが積み重なった例の饅頭屋、彼女は俺の手を引き店へ駆け出した。


 出店の前に着くと店の中には見慣れた顔の白髪頭のオヤジがいた、食堂のシェフの新藤さんだ。なるほど、これなら味は大丈夫だろうと安堵した俺は饅頭を2つ買い近くの木製ベンチにあさ美と隣り合わせで腰掛け、まだ湯気が立つ大きな饅頭を彼女に1つ手渡すと満面の笑みであさ美は受け取り、同時に俺と肩が触れ合うほど彼女は接近した。


 あさ美は人と人の距離がいつも近い、彼女はどう思っているのか分からないが俺はいつも意識してしまい心拍数が若干上がる。


 俺は饅頭の白い包み紙をめくり、しっとりとしたそれにかぶりつく。


「美味い、想像以上だ」

 

 俺は思わず声を漏らす。


「でしょー?」

 

 あさ美も饅頭にかぶりついて満足げに言うと、饅頭から立ち上る湯気で彼女のメガネが曇り俺はその姿が可愛らしくて笑ってしまった。


「もう! だからメガネやだったのに」


 曇ったメガネを外したあさ美の顔はドキッとするほど美人で何だか俺は急に彼女と二人でここにいる事に緊張して落ち着かなくなる。




 辺りもすっかり日が落ちて暗くなり、提灯の明かりと出店の照明だけが暗闇に輝き夜の祭りの良い雰囲気を作り出していた。


 あさ美は定番のりんご飴をかじり、型抜きをしたり、くじ引きをしたりして楽しんでいる。そんな姿を見て俺はここが魔物に支配された地域の片隅にある安息地であるという事を忘れそうになる。


「そうだ! 浅波さん、8時から始まる射撃大会に出ないんですか」


 あさ美は期待の眼差しで俺を見つめた。

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