療養

第1話

「浅波!」


 羽衣が叫んで病室のベッドに寝ている俺の胸に飛びついた。


いってえ」


「ゴメン、痛かった?」


 羽衣が耳元で囁き、俺の頭をそっと抱きしめた。


 その後ろで、あさ美が「良かった」と震えた声で言い、ボロボロと涙をこぼして立っていた。


「2人とも心配掛けたな」


「浅波さん、腕は大丈夫なんですか?」


 あさ美は子供の様に泣きながら話したので声が上ずっている。


「今は動かせないけど、数日後にはリハビリも始まるらしいし何とかなるさ」


「私、浅波さんの両手になります、何でもしますから言ってください!」


あさ美はベッドを挟んで羽衣の逆側に回り込み、俺の左手を握った。


「あ、あたしだって手伝うから遠慮しないで言いなよ」


羽衣はあさ美が俺の手を握ったのを見た途端、俺の右手を握り少し顔を赤らめて言った。


「岬先輩! この件は私に任せて下さい! 浅波さんが怪我したのは私のせいなんですから!」


 あさ美は羽衣に身を引けと言わんばかりに睨んだ。


「そんな事ないよ、浅波は私を守るために体張って戦ってくれたんだから! そうでしょ? 浅波! だからあさ美は責任感じなくていいんだよ、看病は私に任せてよ」


 2人の間にバチバチと火花が散るのが見えた気がして俺は少し居心地が悪かったが此処から逃げる事は出来ない。


「えっ? いや、その…… 2人とも有難う、俺は大丈夫だから2人とも今日は休んでくれ、疲れてるだろ?」


 2人が睨み合いをして病室に緊張が走った、羽衣の奴、いつも俺の事、気に入らない素振りしているくせに、後輩に煽られてムキになってるのか?


 タイミング良く看護師が部屋を覗き、やんわりと今日は帰れと2人に注意してくれたので羽衣とあさ美は渋々宿舎に戻って行った。まったく、何であいつら任務でも無いのに張り合ってるんだ? 明日も面倒な事にならなきゃ良いが…… 




 廊下を走る音で目を覚ますと、「私がやりますから」と病室のドアの向こうで羽衣の声が聞こえた。


 病室のドアが勢い良く開き、羽衣が朝食の配膳台を押して部屋に入って来た。


「浅波~ 朝ご飯だよ」と言って彼女はベッドにテーブルを取り付けて朝食のステンレス製のプレートをその上に乗せた。


 羽衣はコップにお茶を注ぎストローをさし、ベッドの背もたれを起こすと、ベッドの横に丸椅子を置き座ってスプーンを握り「どれから食べたい?」と聞いてきた。


「羽衣、何もそこまでしなくてもいいぞ、気持ちだけで十分だよ」


 羽衣が何でここまで世話を焼いてくれるのか、いつも罵倒されている身からすると裏がありそうで少し怖かった。


「私がやりたいの! だめ?」


 羽衣が首を傾げて俺を見つめる。


 今の仕草に不覚にも羽衣が可愛いと思った俺は耳が赤くなるのを自覚した、怪我をしていなければ抱きしめてしまいそうだ。騙されるな、可愛いのは顔面だけだ。


「コメ…… 食いたい、かな?」


 彼女はニコッと笑いご飯をスプーンに取り、「はい、あーんして」と言って両手の使えない俺に食べさせた。クソッ、ドキドキしやがる。落ち着け!


 そんなやり取りが数分間続くと、病室のドアが開きあさ美が入って来た。


「えっ? 岬先輩! ズルいです! 私がそれやりたかったのに」


 あさ美は口を尖らせて羽衣を睨んでいる。


「あさ美、おはよー」


 羽衣はあさ美を視界に入れずにおかずを俺に食べさせる。


 ベッドの反対側に回ったあさ美は皿に乗ったウサギ形のリンゴを出し「デザートです」と言ってフォークでリンゴを刺して待ち構えた。


「浅波、お腹いっぱいじゃないの? それ食べれる?」


 あさ美が一瞬怖い顔をしたのを俺は見逃さなかった、何でこいつら朝から緊張感丸出しなんだよ、仕方ない全部食うしかなさそうだ。


 俺は手術明けの食欲の無い体で無理して完食して満腹になり、2人に聞いた。


「ところで2人は再編成されたのか?」


 あさ美は言った。


「私は今の所、浅波さんが最上位の適合者らしくて他の人はペアがいるのでこのまま浅波さんの回復を待てとの事でした」


「あたしはアンタ以外合わないらしいし、このままでいいって!」


 羽衣は他に適合者がいない事に引け目を感じたのか、椅子の上で腕組みをして少し怒って俺をチラッと見た。


「そうか、それなら俺も早く怪我治さないとな」


「ヤバっ、岬先輩! 時間!」


「うわっ、急がないと! 浅波! また来るから! 今日から基礎練だったんだ!」


 2人は病院の廊下をバタバタと走り嵐の様に去って行った。俺は変な汗が出て朝っぱらから疲れてしまった。


 やれやれ、当分静かには過ごせそうも無いな。


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