第4話

 ブリーフィングが始まり、俺と岬羽衣は皆に紹介されてから席に着いた。


 栗林綾乃は俺達2人に早速任務を言い渡す。


「先ず、あなた達には初仕事として、こないだ返り討ちにあったスケート場がその後どうなったのか調べて来て欲しい、人員は割けないから単独で行ってきてね」


「ちょっと待ってくれ、あそこは危険だ」


「何度も言わせないで、これは命令だから、どうせもぬけの殻よ。そうだ、心配ならこれを持って行きなさい」


 綾乃は俺に緑色の筒を2つ手渡した。


「スタングレネード?」


「そう、しかも即爆、手から離れたら直ぐに光るから思いっきり放り投げる事! これが奴らに効くらしいの、私は試した事ないけど。死を覚悟した時に使うといいわ、3秒は時間稼げるらしいから」


 3秒か、でも羽衣と重なればその倍の時間は稼げるな。


「有難く受け取っておくよ」


「じゃ、行っていいわよ」


「俺達だけ先行っていいのか?」


「何か問題でも?」


「いや、行くぞ羽衣!」


 羽衣の顔は明らかに強張っていた。あの魔物が大量に湧いて出たスケート場の内部に入るなど今の彼女には荷が重すぎる、魔物の死骸ならまだしも味方の遺体が転がっている現場だ。ましてやそれは知らない顔ではない。


 俺達2人は現場に向かう為、椅子から立ち上がると部屋の出口に向かった。


「羽衣ちゃーん、またあとでね」


 金色短髪で猿顔の宇垣小次郎がやんちゃ坊主のように羽衣にウインクして手を振るが、緊張している彼女には届かない。


 ブリーフィングルームのある円山球場を出て、俺は停めていたバイクに跨ると傍に立っていた羽衣は不安そうな顔で言った。


「あー、行きたくないなぁ。ねえ、ホントにあそこに行くの?」


「行くしか無いだろ、任務だから」


「まだ奴らがいっぱい居たら直ぐ帰ろうね」


「確認するだけだ、心配するな」


 羽衣もバイクの後席に渋々乗ったので、俺達は手稲方向に走り出した。朝から空はどんよりと雲に覆われ、気分が重くなる。自分たち以外誰も居ない国道をバイクは走り、無音の空間に排気音だけが響いた。




 20分程度で現場周辺に到着し、スケートリンクを見渡せるあのマンションの駐車場から2人で双眼鏡を覗き写巫女がいないか確認したがレンズを通した風景には特に動く物は映らない。


 バイクを走行させたままスケート場周辺でエンジンを切り、ギヤをニュートラルに入れ惰性で敷地内に静かに入りバイクを逃げられる方向に向けて停め2人は降車した。俺はハンドガンの下部20ミリレールに取付けたライト一体型カメラのスイッチを入れ動画撮影を始め、ガラスが散乱した入口を覗く。


「誰も居ないみたい」


 安堵した表情で羽衣は俺をチラ見して、戻りたがっているようだ。


 スケート場の正面玄関から割れたガラスを踏みしめ2人は中へ入ると、薄暗い内部は何の気配も無く辺りは恐ろしいほど静まり返っていた。


 辺り一面に血しぶきなのか、赤黒い液体がまき散らされた跡があり、床にはその液体を踏んだ靴跡が幾つも残っている。


「奥まで行くぞ」


 正に不気味と言うほか無い。俺たちはゆっくりと足音を立てないように、床に散らばる空薬莢を避けながら進むと、戦闘時に出来たと思われる大きな穴が壁に開いていて、その奥に氷の張っていないスケートリンクが見えた。


「ねえ、帰ろうよ! もぬけの殻だったって報告してさ」


 羽衣は凄く怖がっていて俺の背後にくっつき、冷や汗をかいているのか背中だけ汗ばんだ。


「羽衣! いつでも送れる準備だけはしておいてくれ」


 何かおかしい、死体が1つも無い! 敵のも、味方のも。


 床の血の跡…… 死体を引きずったのか? あちこちにある血の跡がリンク奥の扉に向かって集まっている。


 これは流石にやな予感しかしない、羽衣も床の血の跡が扉に向かっていることに気づき小声で言った。


「ヤバいよ、戻ろうよ!」


 俺は警戒して、綾乃に貰ったスタングレネードを、何時でも使えるようにハンドガンを持っていない左手に握った。

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