第4話

 50人は入るであろう食堂には数人しかいなかった。


 今日はカレーか、て事は金曜日…… いやそんな事はどうでもいい、何月だろうと何日だろうと誰も気にしない。この隔離された北海道では。


 ましてや本土の日本人は俺たちの事など忘れただろう。


 500万人以上いた道民の多くは避難しほぼ姿を消したので今はどれだけの人たちが暮らしているのかは分からない。軍事衛星で北海道を確認すると安全なエリアが幾つかあるらしく集落は確認されているが、この広い北海道で魔物に攻撃出来る拠点はここにしか無く詳細は不明だ。


 世界も北海道に関心を持ち、国連が定期的に物資を運んでくるが、いつも無人の大型ドローンが来るだけで人間がこの地を訪れる事は皆無。なぜなら1度北海道に入ると2度と道外に出ることは許されないからである。


 異形の魔物が出現してからと言うもの、人間が魔物に変化する伝染病だの、魔物が人間に憑依し人を襲うだの、メディアが人々の不安を煽りパニックが起きて日本政府も北海道を原因究明がされるまで隔離政策を実施した。円山には奇病ではないかとWHOの出先機関もあり、俺達を人体標本のように定期的に調べている。在日米軍も軍事的にこの事に関心を持ち人間を派遣している。


 とにかく俺達逃げ遅れた道民は隔離されている。避難しそびれた人々は漁船で本州に脱出しようと試みる者もいたが遭えなく船は国連軍に沈められた。青函トンネルはコンクリートで入口を固められ、警備も厳重で近づく事さえままならないらしい。最近では中国やロシアも極秘裏に道内に潜伏して情報収集をしているとまことしやかに囁かれている。


 食堂の空いた席に座りカレーを飲み込むようにかっ込んでいると、席の真向かいに羽衣が座った。


「腹が減っては戦はできぬ」


 羽衣はそう言って笑顔でステンレス製のプレートに盛ったカレーに能力者が力を維持するために飲まなければならない色とりどりの薬を10錠ほどまぜ、美味しそうに頬張る。


「お前、情緒不安定だぞ」


「分かってる」


 付け合わせのらっきょう漬けをスプーンで転がしながら彼女は続けて言った。


「麗香の奴、あんな言い方しなくたって…… 私達だって遊んでた訳じゃ無いでしょ? だからアンタには反論して欲しかったのに『彼女の言う通りだろ』なんて言うから面白く無かった」


「昔、お前みたいな気分屋な能力者がいて、素質はあるんだが上手く力を発揮出来ないまま死んだ奴がいた」


「それって前の相棒のこと?」


「お前には力がある、経験を積めば強くなる」


「ねえ、その人アンタの相棒だったの? もしかして好きだったとか?」


 羽衣はスプーンをクルクル回して、いたずらっぽく俺を眺める。


「今日は早く寝ろ、能力が回復しないと明日出撃出来ないだろ」


「はぐらかさないで、教えてよ!」


「また明日な」


 俺はその話を避けるように席を立った。


 ガキに詮索されて頑なな態度をとってしまった自分の不甲斐なさときたら自己嫌悪に陥りそうだ。


「逃げるなーっ! もう、すっごく気になるんだけど」 


 俺は背中で羽衣に手を振ると、食堂を出るために食器を返却口に戻し出入り口に向かった。


 羽衣は大きな声で俺に言った。


「いいもん、教えてくれないなら誰かに聞くから!」


 円山球場の外に建てられた宿舎に戻りシャワーを浴び終わると、俺は鏡の前に立ち自分の顔を見つめた。『オッサン』か、老けたかな。昔より頬がこけ、細い顔が余計細くなった気がした。髪の毛も伸びて来たが此処の散髪屋の腕はイマイチなので大して行きたいとも思わなかった。覇気のない自分の顔を見つめると気分が暗くなり嫌な事を思い出す。


「今日もあの夢を見そうだ」


 俺は思わず呟いた、見たくもないあの夢を。


 

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