第2話

 地面から俺の手を借りずに立ち上がると、羽衣は小さなお尻に付いた土埃を払いながら、金髪ショートヘアーを振り乱して威嚇してくる。


 小柄で華奢な体、二重まぶたの大きな瞳に小さな顔。自分を美少女と自覚して振る舞い笑顔で皆を癒す、胸が小さいのがコンプレックスみたいだが俺の周りの男たちはそれがいいと訳の分からない事を言っている。そんな誰もが羨む可愛らしさを持ち合わせた彼女は悪態をつかせたら天下一品。


 もちろん俺とのペアが決まった時も激怒した。


 ただ、この能力を使うには相性がある。好き嫌いではなく、馴染むと言うべきか。


「体の相性が良いからだろ」


 俺は羽衣を煽る言葉を選んで言った。


「やらしい言い方しないで!」


 羽衣は汚物を見るように俺を睨む。


「お前の大好きなイケメン代行者の石動いするぎなぎ君とは剥がれてばかりだったろ」


 彼女はこの話をとても嫌う、一方的に好意を抱いているが代行者としての相性が最悪だった事に。


「なっ! 別に好きとかそんなんじゃ無いから!」


 明らかに動揺した羽衣はムキになってつま先立ちになり大きな声で反論する。


「隠すなって! こないだお前と意識が重なった時に気持ちが入って来て、俺も凪君の事好きな気分になったからな」


「キモ」


「褒められたな」


「死ね!」


「一刻も早く円山まるやま防衛陣に戻るぞ、お前もう弾作れないだろ?」


 能力には個人差があり、まるでバッテリーのようだ。


 大きいバッテリーを持っている能力者、小さいバッテリーを持っている能力者、まちまちだ。大きな力を使うと直ぐ能力は枯渇するが、チマチマと小出しに使うと長持ちする。限界かと思っても、少し経つと回復したりする。


 但し、一回でもバッテリーが上がってしまうと睡眠と言う名の充電をしない限り能力者は翌日力を使えない。


 俺はライフルをケースに片付け、移動用の赤いオフロードバイクに跨りエンジンを掛けた。真夏の西日が眩しい、もうじき日が暮れる、奴らの活動が活発になる前に帰らねばならない。


「少し時間経てばもう一発ぐらいなら……」


 羽衣は自信が無さそうに言った。


「無理するな、お前の能力は分かっている」


「落ちこぼれみたいに言わないでよ! あと、お前って言うのも止めて」


「オーケー 羽衣ちゃん」


「キモいから! 岬でいい」


「じゃあ俺の事もオッサンて言うのはよしてくれないかな?」


「ハイハイ、代行者の浅波冬夜あさなみとうや30歳さん」


 30歳がオッサンか? まあ、16歳のガキにしてみりゃそう思われても仕方が無いか……


 最後に倒した神社の境内に横たわる写巫女の死骸、羽衣はそれに蹴りを入れる。


「こいつがお母さんを殺したのかも知れない」


「帰るぞ、乗れって」


 羽衣は死骸を睨みながらオフロードバイクの後席シートに跨ると嫌そうに俺にしがみ付いた。


「あんまり飛ばさないでよ、危ないから」

 

 羽衣はバイクに乗るのが嫌いだった、風を切るスピード感と遠心力で倒れる感覚、そして怖いから思いっきりしがみ付きたいのに嫌いなオッサンに抱き着かなけらばならないからである。


 俺達はバイクで神社のある高台を下りてすぐ近くの国道へ向かった。


 手稲ていね区から丸山防衛陣のある中央区へは国道5号線を通り崩壊前ならバイクで30分は掛かったが、今は信号も点かず車も走っていないので10分と掛からない。


 魔物が多数出現して誰も居なくなった大都市。


 崩壊から5年、札幌の大動脈だったこの道も草木が生い茂りアスファルトが見えなくなりつつある。


「鹿が増えたな」


 俺は独り言を言った。


 誰もいない国道にエゾシカが群れを作り飛び跳ねている、エゾオオカミが絶滅してからと言うもの天敵の居なくなった鹿は増加の一歩をたどり、今は駆除するハンターなど存在しないので北海道は鹿に占拠されている。


「飛ばすなって言ってるでしょ!」


 羽衣が俺の背中を手のひらでバシバシ叩く。


 路上には放棄された車両が多数あり、バイクは幾度となく車線変更を繰り返し、満足に直進する事は出来ない。


 羽衣がフワフワとスラローム走行を繰り返すバイクに怖がって俺に強くしがみ付く、いつも生意気なこの少女にはこういう時にしか反撃が出来ないのでわざとバイクをウイリーさせて反応を楽しむ。


 羽衣の絶叫を楽しんでいたが、そろそろ目を吊り上げている所だろうと思いバイクの前輪を地面に下ろすとサイドミラーにピンク色の影が一瞬映り込んだ。


「ヤバい! 来てるよ!」

 

 彼女も魔物の接近を感じ取ったようだ。


「分かってる」


 オフロードバイクのスロットルを全開にして俺は一気に加速させる、この荒れた路面で。


「羽衣! 送れるか?」

 

 俺は増大するエンジン音に声をかき消されないように振り返り叫んだ。


「少しなら」


 羽衣は自信なさげに答えた。


 スピードメーターは140キロを指し、転倒の危険が増す。


 羽衣が意識を重ねて来て時間が加速し、バイクが自転車の速度のように感じる。


 ミラーに映る影が見る見る小さくなり振り切れそうだ。


「もう無理……」

 

 羽衣の意識が剥がれ、スローモーションが終わる。


 時間の速さが元に戻り、俺はバイクの全開走行について行けず荒れた路面に前輪が暴れて、めくれ上がったアスファルトに乗り上げ意図せず大ジャンプした。


 まるでギネス記録を狙うスタントマンのように。


 

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