第四話 イーネスのスキル

「……ぅうわあ!」


 思わず尻もちをついた。状況がよく呑み込めない。どういうこと? 馬が女の子で、女の子が馬? え? え? どういうこと? 裸? なんで?


「大丈夫かぁ!」


 先程より幾分か回復したザンたちが駆け寄ってくる。


「ユヅキ! 怪我は……って、誰? その子」

「いや……わからないんだ。さっきまでの傷だらけの黒馬がいきなり光ったと思ったら女の子に……」

「お前、さっきから独り言ばっか言ってたしとうとう頭おかしくなったんじゃねぇのか? 馬がガキになるわけないだろ……と言いたいところだが、そいつもあの馬と同じく全身傷だらけだし、それに額に生えてる小せぇ角……どうやら本当らしいな」

「前半部分、なんか俺ひどい言われようじゃない?」

「ていうかその子、裸じゃないの! ダメ! 見ちゃダメ!」

「い、いたたたたた! ちょ、イーネス、引っ張らないで!」

「ちょっとザン! アンタもどさくさに紛れて見てんじゃないわよ!」

「ちょっ! ねーちゃん痛ぇ! やめろ! やめろぉ! それに、オレに幼女趣味はねぇ!」

「だからって見ていいことにはならないでしょ!」

「というか、みんなにはさっきの声聞こえてなかったの?」

「……ん? いや、何も聞こえてねぇが……ねーちゃんはどうよ?」

「アタシも聞こえてないよ、何も」

「おなじく、わたしも」

「……な、なるほど」


 ということは、さっきの声は俺にだけ聞こえていたってことか……。つまりは、今までの会話はみんなからしたら俺の独り言に聞こえていたと。なるほど。うん。なるほど。


「って、それより! 傷薬も薬草も足りないんだ! イーネス、手伝ってほしいんだけど……」

「あ、うん! もちろんだよ! でも、その前に……『サーマロゥ・シェイン』!」


 イーネスが水系の魔法を唱えて燃え上がる木々を凍結させ鎮火、延焼を食い止めた。


 そして、俺と女の子の近くに駆け寄り、早速傷と女の子の体の具合を確認しだした。


「……あちこちにある傷からの出血はユヅキが塗った傷薬で止まってるし、薬草のおかげで化膿する心配もなさそうだけど……出血量が多くて衰弱してるね。これはわたしの回復魔法だけじゃ無理かも……」

「じ、じゃあどうすれば……」

「落ち着いてユヅキ。回復魔法だけじゃ無理だけど、わたしのスキルを使えば何とかなるかも」


 そう言ったイーネスは、回復魔法を使う体勢に入るとともに、イーネスの持つ主要スキルである『守護者ガーディアン』を展開しだした。


 イーネスを中心に、スキルを使用するときに出る特有の『霊術陣』が広がる。


「わたしの持つこの『守護者』っていうスキルは、回復系の魔法とバリア系の魔法の効果を格段に高めるスキルなの。だから、これを使えば……『サナー』!」


 イーネスが、回復魔法を詠唱する。


 黒馬だった少女にかざすイーネスの掌に癒しの光が灯り、密度と輝きが元の何倍にも膨れ上がっていった。


「……すげぇな、こりゃ」


 ザンが、ため息交じりの感嘆の声を漏らす。


 その強く輝く優しい光は少女を包み、一息に傷を癒した。


「よし、目につく傷はこれで全部治した! 後は失った分の血液だけど……これはこの子の治癒力に頼るしかなさそう」

「……確かにそうだね」


 輸血も考えたが、普通にいろいろ危ない。道具もないし、血液型の問題もそうだし、そもそも人間と幻獣という同じ生物ではない以上、輸血できるのかすら怪しい。見た目的には同じだけど。角以外。


「つってもよぉ、このままじゃ助からねぇんじゃねぇか? どう見ても血を流しすぎだと思うんだが」


 確かにそうだ。実際、馬の姿をしていた時でさえその体が収まるほどの大きな血の水たまりができているのだ。少女の姿となった今では余裕で全身血だまりに浸っている。どう見ても出血多量だ。このまま何もしないというのは結構危ないかもしれない。とはいっても幻獣の専門家ではないので断言はできないが。


「うん、分かってる。だから、今からこの子の自然治癒力を高める魔法をかけるね」

「そんな魔法も使えちゃうの!?」

「『そんな』って言うほどでもないよ。ヴェロニカだってすごい魔法使えるじゃん。まぁでも、魔法に関してはいっぱい練習したからね。わたし、ほら、クラスとかでも結構浮いてたから、一人の時間はいっぱいあったし。それに、魔法、好きだしね。だから、いっぱい考えていっぱい練習したの。――『クローション・ネイチュリィ』」


 イーネスが作り出した魔法の玉をスキル『守護者』で増強、そして少女の体内に入れ込んだ。すると、少女の血色がだんだんと戻っていき、苦しそうにしていた表情も緩んでいった。呼吸も安定し、ついには眠ってしまった。


「すごい魔法だね、こんなにも早く顔色がよくなるなんて……」


 俺は思わず驚きの声を上げる。


「わたしの魔法はあくまで自然治癒力を一時的に強くするだけだから、本当にすごいのはこの子の自然治癒力だよ。見た目はかわいい女の子だけど、本当に幻獣なんだって思い知らされるよね……」


「確かにそうだな……。で、このガキ、どうするんだ?」

「あー確かに。まぁここは先陣切って助けたユヅキくんに決めてもらうってのが一番なんじゃない?」

「まぁそうだな。で、ユヅキ? お前はコイツをどうするつもりなんだ?」

「え、俺が決めるの?」

「まぁ、流れ的にそれが自然かなーって」


 てへっと、ヴェロニカが舌を出す。

 まじか、俺が決めるのか。


「うーん、ちょっと考えさせて」


 俺は早速思索に走った……とはいっても考えはすでにまとまっていて、後はイーネスやフリッツ、ロッテンマイヤさんに許可を取るだけなんだけど。てかこれ、最初から俺自身が引き取る気満々じゃん。


 ともあれ俺は、考えていたことをみんなに提案した。


「俺の考えとしては、一旦この子をうちにおいて、そしてこの子の目が覚めたら、この子の意思を聞くっていうのがベストかなと……どうかなイーネス」

「うん! わたしは賛成! お兄様と爺やにはわたしから言っておく!」

「助かる! そっちは任せるね!」

「そう言えばお前ら、同棲してるんだったな」

「どどどど! どうしぇいだなんて! しょういうアレじゃなくて! なんというか成り行き上しかたなくというかなんというかなんというか」

「ちょ、ザン! 言い方言い方! そういう言い方するとイーネス壊れるから!」

「え、なんだ? これオレが悪いのか?」

「ぐぬぬ、アタシの恋路、なかなかに厳しいわね……」

「ん? なんか言ったかねーちゃん」

「うっさい! アンタはイーネス壊した罪の裁きでも受けなさい! セイッ」


 腹を抉る打撃音とザンの悲鳴が、先程とは打って変わって静まり返った森に木霊した。


 少女は俺の制服のコートをかぶせて背負い、移動した。学校についた時には先生に怪しまれはしたものの、「討伐した魔物の素材です!」の一点張りで事なきを得た。冷や汗が止まらない俺であった。


◇◆◇


「……という事なんだけど、お願い爺や! この子を屋敷においてあげて!」

「俺からもお願いします!」

「……ええ、私は構いません。その少女が幻獣の子だというのは信じがたい話ではありますがな。しかし、フリッツ様が何とおっしゃるか……」

「お兄様には、さっきお兄様が屋敷を出発する前にもう許可はとったの。『はっはっは! また賑やかになるなぁ!』って言ってた」

「流石はフリッツ様、器が広くあらせられる」

「じゃあ……!」

「イーネス様、先程も申し上げたように私は一向にかまいません。ですが、幻獣の子を屋敷に置くとなれば、王様にもご相談をしなければなりますまい」

「……そうね、確かにそうだ」

「ということで、その子が目を覚ますまで屋敷に置いて、目を覚まし次第、王城へ向かいましょう。その旨は私より伝えておきますので」

「ありがとう、爺や。よろしくお願いね」

「ありがとうございます、ロッテンマイヤさん」

「いえいえ、お気になさらず。ですが、その子がユヅキ殿に見せたという記憶の中の、黒いローブを着た集団が気になりますね……」

「あ、はい。確かにそうです。集団ってことだったから何か組織なのかとは想像がつきますが……」

「ええ、しかも幻獣二体を相手取って、親の方は殺してしまうような手練れたちと来ました。ますます怪しいです。角だけを回収していった目的も分からない」

「それは売ってお金にするとかじゃないの?」

「だとしても、幻獣はおとぎ話の中でしか語られてこなかった存在です。 実在したという文献もありますがそちらはあまり世間には浸透していませんし。その幻獣が現れて、仕留めることができた……。それでお金を稼ごうと思ったら死体ごと運んでそのまま売ってしまった方がお金になるのでは? 幻獣の素材なんて、部位に限らずすべてに破格の値が付くでしょうしな」

「それは確かにそうね……」

「というか、その組織の奴らっておとぎ話でしか語られてこなかったはずの幻獣が現れるタイミングをどうやって知ったんですかね……」

「確かに。それも謎ですな……」


 フリッツとロッテンマイヤの許可を取った俺たちは、俺が少女の記憶の断片で見た、少女の母親を殺して角だけを切り取っていった謎の集団について考察を広げていた。しかし、存在も目的も謎が深まるばかりで一向に解決しそうにない。


「このことに関しては、詳しくは私の方で調べておきましょう。ユヅキ殿、お疲れのところ申し訳ありませんが、この後、その『記憶の断片』とやらで見たことを教えてはくださいませんか?」

「はい、もちろんです……と言いたいところなのですが、実は曖昧にしか覚えていなくて……。この子はどうやら記憶を見せたかったのではなく、自分の気持ちを知って欲しかっただけみたいですから、そっちの方が強く残っちゃってるんですよね」

「構いません。それも含めて教えていただきたい」

「わかりました。では、この子を部屋に寝かせてから執事室に伺いますね」

「ええ、そうなさってください」


 こうして俺たちはいったん解散した。そして、俺とイーネスはいったん自室に戻り、一息ついた。そして、少女をイーネスの部屋のベッドに寝かせてイーネスに面倒を見てもらい、俺はロッテンマイヤさんの執事室で事の顛末と覚えていることをすべて話した。


 ロッテンマイヤさんはそれを神妙な面持ちで聞き、メモを取っていた。


「……なるほど、分かりました。大体その集団の目星は着きました」

「え!? 本当ですか?」

「ええ。おそらくその集団は、魔王崇拝集団かと思われます」

「魔王崇拝……?」

「はい。彼らは文字通り魔王崇拝を理念としている集団で、邪道に手を染め悪の限りを尽くす犯罪集団です。とはいっても、我が国の騎士団が警備を厳しくした甲斐あって、ここ近年では目立った被害は見受けられませんでしたが、魔王復活に即して活動を再開したという事でしょうか……。幻獣の角だけを切り取ったのも、何かの儀式を行うためかもしれません」


 何やら話が大事になってきた。


 纏めると、近年鳴りを潜めていた犯罪集団が魔王復活に合わせて活動を再開し、今回の件では何らかの儀式のため(?)にバイコーンを襲って角だけを切り取った、という事か。だが、疑問も残る。


「俺、思ったんですけど、魔王崇拝って言っても人間の集団ですよね? そんな奴らが幻獣レベルの上位魔法をたやすく反射するなんてことできるんですかね……」

「確かに、それはそうですね。ですがあ奴らは、様々な犯罪を得意としています。その中には人の道を外れる禁術が含まれている可能性も否めないわけです。もしそれが本当なら、幻獣が扱う程の上位魔法の反射や、幻獣が現れるという予測も可能かもしれません。それに、数人は灰になったというのも気がかりです。反射が禁術だと仮定した場合、おそらくその反射の反動か何かかと思われますが……と、忘れてください。これはただの憶測です。私が過去に目を通してきた文献にもこのような事例はありませんでしたし」


 禁術とは、ひとたび使えば、その凶悪さ故もう二度と人間には戻れないという悪の儀式のことだ。それを得意としているかもしれないと考えるとゾッとする。というか、ロッテンマイヤさんの口ぶりだと、昔、禁術に関しての本を読んだことがあるような口ぶりだな……。今は読むことが禁じられてるってミャー先生は言ってたけど、昔は違ったのかな?


「とにかく、このことは賢者殿にも報告をして、その英知をお借りするのがよいかと思われます。研究でお忙しい所に新たに問題を積むのは少々心苦しいですが、悪の芽となりうる可能性が大いにある今回の件です。あの聡明なお方なら、快く引き受けてくださることでしょう。私の方は私の方でいろいろと調べておきますので、今日はこの辺りにしておきましょう」

「そうですね。ロッテンマイヤさん、ありがとうございました」

「いえいえこちらこそ。今日はゆっくりとお休みになられてください」


 こうして俺の事後報告とロッテンマイヤさんとの軽い話し合いは終わった。


 魔王崇拝集団……これが正式な名前なのかは分からないが、どう見ても危険な集団なのは間違いなさそうだ。でも、その集団の名前自体聞くのが、今日が初めてだ。授業でも聞いたことはないし……今度先生に聞いてみようかな。


 あれこれ考え事をしながら歩いていると、いつの間にか自室の前にたどり着いていた。


 今日は本当にいろいろあったし、さすがに疲れたからもう寝よう。


 そう思いながらドアノブを捻ってドアを開けた。


「あ、あの! お邪魔しています!」

「ごめん、勝手に入っちゃった」

「……へ?」


 そこにはイーネスと、白と黒の混じった長い髪で、額に縦に並ぶ小さな二本の角が生えた少女が立っていた。

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