第二章

第一話 謎の光

 異世界に転移してからニか月がたった。この世界での生活にもだいぶ慣れてきた俺だが、最近ふと家が恋しくなる瞬間がある。そのたびにいかんいかんと首を横に振るのだが、これがホームシックというやつなのだろう。そしてなぜだか、それとは別に幼馴染の梨花のことは反射的に考えないようにしている俺がいる。あんなひどい別れ方をした梨花のことを考えようとすると、脳がそれを拒否するのだ。理由は、それすら考えることを拒否するのでわからない。


 とりあえずそれは置いておいて、このニか月間、ひたすらにこの世界の勉強と、修練を重ねてきた。


 森に出向いて魔物との戦闘も経験した。初めは生き物に刃を向けることに抵抗があったが、実際にやりあって感じる本物の殺気や、命のやり取りの血生臭さを前にするとそんな心理的抵抗感にかまっている余裕はなく、その必死さのおかげか、魔物を殺すという行為自体は一週間程度で慣れてしまった。


 それに加え『柳刃天穿流古武術』はもちろんの事、魔法も、イーネスやミャー先生、ザン、そしてヴェロニカの助けもあってかなり上達した。今では、基礎的な身体強化は瞬時に行えるようになった。今はより強力な強化ができるように、そして更に応用を利かせて、目や耳、脚や腕などの部分的な強化もできるようになるために試行錯誤しているところだ。


 スキルに関しては、『賢者』リガレットさんとの約束通り、一度も使っていない。だから、今のところ使える『さらし台』と『哭鎖』は頭ではどんなスキルなのか理解してはいるものの、実際使ったらどんな風になるのかまではわかっていない。俺の謎だらけの『ユニークスキル?』に関しての研究は難航しているらしく、いまだになんなのかは分かっていないらしい。ちなみに、幾何学的な薔薇のような形の刻印自体にも目立った変化は見られない。


 そして、俺がこの世界に来た最大の理由である魔王に関しては、何の進展もない。状況は良くも悪くも変わっていないという。魔王の結界も解けず、かといって魔王はいまだ完全な復活を遂げられずにいる。これがある意味で一番の不安要素だ。


 そういった不安やホームシック的な寂しさもあるが、それでも王様はフランクで面白いし、リガレットさんは『賢者』の名に恥じぬ博識ぶりで何でも教えてくれるし、フリッツはたまにしか会えないけど対等で快い友人として付き合ってくれるし、ロッテンマイヤさんのご飯は滅茶苦茶おいしいし、ミャー先生は相変わらずおっとりしていて優しいし、ジンバ先生はたまに稽古の相手をしてくれるし(本人曰く、俺の流派が目新しくて面白いらしい)、ザンとはイーネスの勇気ある決断で打ち解けることができたし、ヴェロニカに至っては最近何故だか俺にベタベタくっついてくるし、イーネスはそれに対してぷりぷり怒るしで、毎日面白おかしく充実した日々を過ごせている。


 と、そんなある日、いつものごとく俺にくっついてきたヴェロニカがこんなことを話してきた。


「ねぇユヅキくん知ってる? 最近巷で噂の赤い光の話。ついにこの学校の近くの森にまで出たらしいよ」

「あー、そういえばなんか話題になってたのを聞いたような気が……。それがどうかしたの?」

「実は、その光の正体、噂によると幽霊らしいのよね」

「ヒッ! ゆ、幽霊!?」

「や、やめてくれよねーちゃん!」


 ヴェロニカの幽霊発言にイーネスだけでなく、意外にもザンまで青ざめていた。


「イーネスはともかくザン、お前もしかして幽霊怖い感じの人なのか?」

「い、いや、そんなわけないだろ」

「ザンは昔っから幽霊苦手だよね~。アタシがこの手の話をすると絶対にその夜に『おねぇちゃん、一緒にトイレ行こう』って言ってきてさぁ」

「ちょっ! ねーちゃん! やめてくれよ、昔の話だろ!」


 取り乱してヴェロニカにそう言い返すザン。よっぽど恥ずかしかったのだろう。必死である。


 ヴェロニカが必死なザンを張り倒しつつ、「そんでね」と続ける。


「近くの森にまで幽霊と噂の赤い光が出たという訳なので、幽霊デストロイヤーのアタシとしてはその赤い光の正体を突き止めたいなぁと思ったんだ」

「ねーちゃんがその、幽霊デストロイヤーだっての、初めて聞いたぞオレ」

「そういう細かいところを気にするから、ザンはいつまでたっても彼女ができないんだぞ?」

「うっせぇな! そういうねーちゃんだって彼氏いたことないだろうが!」

「アタシにはユヅキくんがいるからいいも~ん。ね? ユヅキくん」

「ア、アハハ……」


 ヴェロニカは、そのふくよかな胸で俺の腕を挟み、上目遣いでそう言う。こうなるともう照れ笑いしかできないのが、男の性である。


「あー! ユヅキ、鼻の下伸びてる! やっぱりユヅキは大きい方がいいんだふーんそうなんだへー」

「いやいやいや! 違う違う違う! これは男の不可抗力というやつで、イーネスにされても同じような反応になるから! というか誰にされても同じような反応になるから!」

「えー! じゃあユヅキくんは女なら誰でもいいってワケ? ひっどーい」

「何でそうなるんだよ! ってそうじゃなくて、その赤い光の話、俺たちに一緒に来てほしくて話題に出したんだろ?」

「あ、そう、そうなの! 午後の自由訓練の時にでも頼みたいなーって。一人じゃ何かと不安だし」


 よし、うまいこと話題を逸らしたぞ。よくやった、俺。


「ま、まぁオレはいいけどよ。別に怖かねぇし」

「わ、わたしは遠慮しようかな……」


 強がるザンとは対照的に自分に正直なイーネス。ザンはイーネスに裏切られたような視線を向けているが、それがザンも本当は行きたくないという確固たる証拠となってしまっている。と、自分に正直なイーネスに、ヴェロニカはこう言った。


「えー、じゃあアタシがユヅキくん独り占めできるじゃーん。やったね!」


 わざとらしく飛び跳ねて喜ぶヴェロニカ。それに対してイーネスはピクッと肩を震わせ、前言撤回した。


「……行く! わ、わたしも行く! 絶対行く!」

「やったね! イーネスったらやっさしーんだから」

「か、勘違いしないでよね! 別にヴェロニカのために行くんじゃなくて、ユヅキの事が心配だから行くだけだからね! ユヅキったら、すぐにおっきいのにつられるんだから……ちゃんとわたしが付いてなきゃ……」


 イーネスが最後に爆弾発言をしたような気がするんだが、きっと気のせいだろう。うん、そうに違いない。


「はいはいわかってますよーっと、それじゃあ決まりね! 今日の実践訓練の後、森に繋がる門に集合ね!」


 三者三様の返事を返したところで休み時間は終わり、それぞれの席へと帰っていった。そして、実践訓練までの日程が終わり、俺は約束通り、怯えるイーネスを連れて森に繋がる門の前に向かった。


◇◆◇


「よーし、みんな集まったね。届け出はアタシがしといたから、早速出発しようか」

「はーい」

「お、おうよ!」

「う、うぅ……怖いよぅ」


 先頭を行くヴェロニカに続いて俺、イーネス、ザンの順で歩く。今回はこの四人でパーティを組んで森に出向くわけだが、その際のいくつかある条件のうちの一つとして、各々が専攻している各種武器と、『昇煙玉しょうえんだま』なるアイテムを持っていくことを義務付けられている。


 学院で習得できる武器の種類は本当に多くて、その多さ故に一人二種類までは専攻武器にすることができる。その訓練時に使用する訓練用武器の携行を義務付けられているという訳だ。しかし、必ずしも訓練用のものでなくてもよいので、自前のものを持っていく生徒も多い。ちなみにこのメンバーの専攻武器は、俺が剣と短剣、イーネスが剣と杖、ザンが盾と短剣、ヴェロニカが杖と籠手だ。


 そしてもう一つ携帯が義務付けられているこの『昇煙玉』とは、文字通り煙を昇らせる玉で、衝撃が加わると空に向かって真っすぐに煙を立ち昇らせる物だ。これには色ごとに意味付けがされていて、俺たちが持っていくことを義務付けられている二色の玉のうち、黄が負傷者の発見もしくは救難信号、赤が予想外の事態もしくは緊急事態発生、それに伴う援護要請となっている。


 とはいっても、近場の森ではそうそう使うことはないわけだが、万が一ということもあるということで携帯が義務付けられている。確かに、実戦では何が命取りになるか分からないし、こういう小さな備えはやっておくに越したことはない。


「そういえばねーちゃん、その、例の赤い光って、他に特徴とかないのか?」


 ふとそう質問したのはザンだ。確かに、赤い光という情報だけでは漠然としすぎていて情報不足だ。赤い光なんて蜘蛛型の魔物や狼型の魔物の眼光だって赤だし、薄暗い陰で淡い赤に光るへんてこなキノコだってある。意外と、異世界の森の中で赤く光るものは多かったりするのだ。


「んー、そうねー、アタシも詳しく聞いたわけじゃないからよくわからないんだけど、その光ってめっちゃ強い光なんだって。それも、目撃したら見逃しようがないくらいには強いみたい。とはいってもどこからでも見えるってわけではないだろうけどね。いくら何でも限度があるだろうし」

「それじゃあ、具体的にはどのくらいの距離なら見えるの? あと、あんまりユヅキにくっつかないで」

「うーん、アタシが聞いた噂の限りでは大体最大で五十メートルくらいだったかなぁ。えいっ」

「な、なんでくっつかないでって言ってるのにくっつくのよ! ユヅキから離れてよ!」

「えー、いいじゃーん。イーネスもそんなにくっつきたいならもう片方の腕が開いてるじゃない」

「ち、ちがっ、くっつきたいわけでは無くて、い、いや、でも! くっつきたくないわけでもないというかなんというか……うぅぅぅぅう!」

「……いっつも思うけど、ユヅキお前、結構苦労人だよな」

「そう思うんだったらこの状況何とかしてくれよ……」


 ひらひらと手を振るザンを恨めしそうに睨む俺であった。


 と、俺たちがそんな会話をしていると、目の前の茂みから魔物の群れが飛び出してきた。その正体は、三体の狼型下等魔物『レッサーファング』だった。


 まぁ、これも森ではよくあることだった。この二か月ですっかり慣れてしまっていた。


 しかし、俺はここで違和感を覚えた。三体の群れの真ん中にいるレッサーファングが、これまでに倒してきたレッサーファングにしては体格が大きく、覇気が違うのだ。群れのリーダー的な立ち位置なのだろうか。ここ二か月でも初めて見かけるレベルの大きさだった。


 俺を含めた四人は、思わず竦んでしまった。


 が、しかし怖気づいていてもしょうがないので俺は戦闘態勢に移ることにした。


「お前ら、魔物だ。戦闘態勢に移るぞ」


 ザンが声を張ると、三人はそれぞれの立ち位置についた。俺も、いつも通りに戦闘態勢に移る。


 俺よりガタイがよく、身長も高いザンの役割はタンクだ。最前線に立ち、敵の攻撃から味方を守る、鉄壁の要塞。しかし、それはザンの一つの顔に過ぎず、ザンが盾を捨てたとき、彼は風を切るかのような素早い短刀使いへと変わる。体躯に見合わない軽い身のこなしで戦場を駆け、滑らかな手さばきで命を切り裂く。ザンは、戦況に応じてこの二つの役割をこなす器用な戦士なのだ。編入初日は最悪のイメージだったが、味方になると恐ろしいほど心強い。


 ただ、彼は魔法の方はからっきしで全く才能が無いらしい。それを、日々のたゆまぬ鍛錬で補っているとのことだからすさまじい。ザンは、努力家なのだ。


 そして俺は、メインの物理ダメージディーラーだ。攻撃系の魔法が使えないので、必然的にそうなる。やっと身についてきた身体強化と幼少期より鍛錬を積んできた『柳刃天穿流古武術』を駆使して魔物を斬り、潰し、叩き、折り、捻る。それが俺の役割。


 対して、後衛を務めるのはヴェロニカとイーネスだ。


 ヴェロニカは火属性系統の魔法が得意で、それを活かした魔法ダメージディーラーだ。後衛とはいっても、前衛のダメージディーラーである俺とよく協力して攻撃を仕掛けるため、勢い余って前線に出てきてしまうこともしばしばある。しかし、彼女は籠手も専攻しているため、接近戦もある程度強いので大丈夫なことは大丈夫なのだが、いつも俺が反射的にヴェロニカの前に立って庇っている。危ないし心配だからできるだけ後ろにいてほしい。


 そしてイーネス。彼女は支援が主な役割だ。バリア系魔法で味方の防御力を上げつつ、ザンの防御が間に合いそうにない攻撃には障壁を展開しカバー。もし傷ついた味方がいれば回復魔法で治療し、苦戦しているようであれば水属性魔法で支援攻撃をするという一人何役もこなす重労働だ。しかしこれはフルマックス忙しい時の役割内容なので、こうなることは、この森ではそうそうない。その前に俺かヴェロニカ、たまにザンが魔物を殺すからだ。


 とはいっても、一番後ろで仲間の状況と戦況を見極め、適切な対処対応をしていかなければならない重要な立ち位置であることに変わりはない。このパーティ内で最も重要かつ重労働な立ち位置である。


「ルルルル……ガァアア!」


 三体の群れのうち、一番小柄な一体が俺たちに牙を剥いた。


「させっかよぉ、オラァ!」


 すかさずザンが飛び出して、背中に背負っていた折り畳み式のタワーシールドを即座に展開、大きく振って払いのける。


 甲高い悲鳴とともに吹き飛ぶレッサーファングを俺が抜剣しつつ『瞬』で追尾。と、同時に身体強化をかけて加速。土煙を上げながら宙を舞うレッサーファングに急接近し、剣を一閃。噴き出す鮮血とともにその命も流れ出し、対象の息の根を止めた。


「よし、まずは一体。続けて仕留める。今度はこっちからだ! ザン、援護を頼む!」

「おうよ、任せとけ!」


 俺は勢いそのままに、残りの群れへと突っ込んだ。二体はそれぞれ左右に飛び退いたが、そのうち左側のもう片方と比べて小柄な方に向かって剣を投擲。その剣はレッサーファングの足に突き刺さり、彼らご自慢の機動力を大きく損なわせた。


「ヴェロニカ、あいつ頼む!」

「りょーかいっ! フォーコス・フレシーカ!」


 短く詠唱をすると、ヴェロニカの杖の先にマナが集まり、炎の矢に加工される。紅く燃えるその矢を余すことなく一気に放出。合計六本の燃える矢に貫かれ一気に燃え上がり、二体目は炭と化した。


 最後に残ったのは体躯の良い群れのリーダー的な狼だけだ。


 その狼は、今までの戦いを冷めた目で傍観していた。そして自分以外の二体が殺されると、俺たちの方を見下したような、舐めたような雰囲気の目で見まわし、一番近くにいたザンに攻撃を開始した。


 ザンは、その体躯を活かしたオオカミのタックルとそのあとすかさず放たれる牙を、折り畳み式の盾と鍛え上げられた体を使って受け止めていた。


 しかし、その狼は防がれることに対しては構わずに攻撃を連続で叩き込んでいた。どうやら、盾ごとザンを潰す気らしい。


「チッ、こいつ、強ぇぞ……ッ!」


 タックルの一撃一撃が重い。それを受け止めるたびにザンの踏ん張っている脚が地面にめり込み、折り畳み式の盾が軋む。


「ぐぅ! こンのぉ……舐めんじゃ……ねェ!」


 しびれを切らしたザンは、盾を大きく薙ぐようにして振り回し、噛みつこうとしていた牙に合わせて狼の顎を打ち付けた。


 綺麗に顎に入ったにもかかわらずひるんだ様子もない狼は、一度バックステップで後ろに飛び退いた。同じくザンもバックステップでこちら側に飛び退く。肩で息をするザンと入れ替わるようにして、今度は俺が、舐めた目をした狼に一発叩き込むために飛び出した。


「ザンごめん、ちょっと借りる!」

「あ! オレのナイフ!」


 先程剣は投げたので、今手元にある武器は予備で持ってきたダガーと、今ザンと入れ替わるときに彼の腰から失敬した短剣のみだ。だが、これだけあれば『柳刃天穿流古武術』の使い手としては十分である。


 俺は、先程かけた身体強化術がまだ持続していることを確認し、上方向の『瞬』で斜めに鋭く、大きく跳躍。そして回転して威力を高め、狼めがけて叩きつけるようにして右手で逆手に構えた短剣を振り下ろした。


『柳刃天穿流古武術』小刀術『滝落たきおとし


「シッ!」


 鋭く振り降ろした短剣は、風切り音を立てて狼の首元へと流れていく。


 しかし、狼はそれを身をよじってスレスレで躱した。


 着地した衝撃で砂埃が舞い、むなしく風切り音が虚空を揺らす。


 そして今度は、間髪入れずに狼の牙が俺の首元へと飛び込んできた。


 体躯に見合わない素早さで、俺の命を喰らわんと迫る牙。


 それは、『劣牙狼レッサーファング』の名にふさわしくない、たくましくも凶暴で、殺意でてらついた、致命の牙だった。


「ヤベェ、ユヅキ下がれ!」


 そう叫びながら、ザンがこちらに飛び出そうとしている。


「イーネス! はやくユヅキくんに障壁を!」


 イーネスにそう言いつつヴェロニカは、先程レッサーファングを一匹貫いた魔法の火矢の構築をしている。


「……嫌、嫌ぁ、ユヅキー!」


 その絶叫とともにザンが飛び出しかけ、ヴェロニカが火矢を打ち出しかけ、イーネスが障壁を展開しかけたその瞬間、狼の右目が抉れた。正確には、俺が抉った。


「ゴアァアアアアアアアア!」


 苦しげな悲鳴とともに、後ずさりながら前足で何度も顔を掻き、噴き出る血をまき散らしながら頭を振る狼。


 再度飛び上がっていた俺は空中で身を翻して再び着地し、バックステップで距離を取った。


『柳刃天穿流古武術』小刀術『滝昇たきのぼり


 低い姿勢から『瞬』を使い、大きく飛びあがりながら得物で斬りつける技。この技は先程使った『滝落』と相性が良く、『滝落』の斬り降ろしの際に生じた力を転用し、続けて放たれることもしばしばある技だ。だけど、今回握っていた武器はダガーだったので、この技を応用して放った刺突によって対象の目を抉ったのだ。


 じいちゃんが言っていたが、『柳刃天穿流古武術』は「確実に殺す事」を想定して編み出された古武術であるらしい。だから、技一つ一つがどの技にもつなげられるようになっている。まぁ、それも日々の積み重ねがあって成せることなので、そう簡単なわけではないんだけど。というか、今ので殺しきれなかったし、まだまだ俺の『栁刃天穿流古武術』も未熟だということだ。精進せねば。


 俺がすかさず距離を取って狼と睨み合っていると、イーネスが魔法障壁から攻撃魔法に切り替えて、ヴェロニカと二人で一緒に魔法攻撃を行おうとしていた。流石に分が悪いと思ったのか、一回り体躯の良いレッサーファングは身を翻し、森の中へと駆けていった。


「あ! 待て!」


 俺が追いかけようとしたところ、ザンに止められた。


「やめとけ、ユヅキ。深追いはあぶねぇ。それにあのイヌッコロ、引き際を分かってやがる。なかなか賢しい野郎だ。これ以上は止めといたほうがいいぜ」

「……ああ、確かにそうだね。やめとこう」


 俺の肩に手を置いて静止するザンの意見に同意し、これ以上の戦闘は止めることにした。


 短剣をザンに返し、ダガーについた血を払って、よっし、みんなおつかれーと、いつも通り声をかけようとした瞬間、後衛二人組が飛び掛かって、俺に抱き着いてきた。

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