第一章最終話 友達

 午後の訓練の後には、各自自由に訓練を行う時間が設けられていた。その時間には苦手な魔法や戦闘技術の練習の他、学校近辺の森に出向いて魔物を討伐するなどの訓練も条件付きで許されていた。


 簡潔に言えば、訓練なら何をしてもいいという時間であるということだ。


 そこで、イーネスに手伝ってもらって魔法の練習をすることになった。


 イーネスは魔法が得意らしく、ミャー先生がやってくれていた、俺の魔法行使の上での補助もできるとのことなので、ありがたく甘えさせてもらうことにした。


「なんかごめんね、つき合わせちゃってさ。本当はイーネスもやりたい訓練があるだろうに」

「ううん、いいの。だって、わたしがユヅキを異世界から連れて来たんだよ? だから、わたしがユヅキにいろいろ教えたり手伝ったりしなきゃいけないの。これは当たり前のことなんだよ?」


 イーネスはそう言っているが、俺は、俺のせいでイーネスの負担が増えるような気がしてならないのだ。だから、少しでも早くこの世界のいろいろなことに慣れて、イーネスの負担を減らす側に回りたい。そしていつかは、イーネスの置かれている理不尽な境遇をどうにかしたいと思っている。


 事実、俺とイーネスの周りには人が近寄ってこない。全員が俺たちを避けるように活動し、そのほとんどがイーネスに嫌悪の視線を向けているのが見て取れる。


 こうした状況を変えたい。


 魔王を封印することに加え、こっちの世界に来てから新しくできた俺の目標だ。


「そう言ってくれるのはありがたいけど、俺もイーネスに迷惑かけないようになるべく早く魔法とかに慣れるようにするよ」

「迷惑だなんて、そんなこと全然ないよ。でも、早く慣れるのにこしたことはないね。ということで、練習始めようか!」

「おう! 補助頼んだ!」

「……ケッ、お熱いなぁ、お二人さんよぉ」


 魔法の練習をいざ始めようとしていたところに飛んできた言葉。それは、今朝揉めたばかりのザンから発せられた言葉だった。この場にいるほとんどが俺たちから距離を置く中、唯一近づいてきたザンから、俺は反射的にイーネスを庇い、俺の後ろに回す。


「なんだよ、悪いか? 邪魔するつもりなら向こうに行ってくれ。今から魔法の練習するからさ」

「……そうかよ。ワリィ、邪魔したな」


 そう一言だけ呟くと、ザンは頭を掻きながらすたすたと歩いて行ってしまった。

 ……ん? なんかやけに素直だな。もっと難癖付けられるかと思ってたのに。なんだか肩透かしをくらったような感じだ。そう思っていると突然、


「って、ちっがーう!」


 という高い声とともに、ザンが女の子に引っ張られて勢いよく引きずられ、俺たちの目の前に戻ってきた。その女の子は、釣り目が印象的なザンの顔をそのまま女の子っぽくしたような、かといって男っぽい顔かと言われればそんなことは全くないかわいらしい顔で、ザンとよく似た赤毛を短いツインテールにしてふりふりと揺らしていた。


「ホラ、ザン! ちゃんと言いなさい! でなきゃ伝わらないでしょ?」

「あだだだ! わーった、わーったって! 痛いから引っ張らないでくれよねーちゃん!」


 ねーちゃんと呼ばれた人物に引きずられてこちらに戻ってくるザンを、ぽかんと口を開けてみていると、女の子の方が自己紹介を始めた。


「始めまして、ユヅキくん……だよね? アタシは同じクラスのヴェロニカ。ザンの双子の姉だよ。よろしくね」


 そう言って、ヴェロニカと名乗った少女は俺に握手を求めてきた。俺はそれに応じつつ、要件を訪ねた。すると、どうやらヴェロニカではなくザンの方が用があるらしい。


「ほら、ザン。いつまでもごねてないで早く言っちゃいなさいよ」

「……わかってるよ。あのな、ユヅキ、姫さん……」

「……なんだよ」


 俺はやはり警戒は解かずに、恐る恐ると言った形で聞き返す。俺の後ろ側にいるイーネスからは、唾を飲み下す音が聞こえる。ザンは、ニ、三回大きく深呼吸をし、一思いに叫んだ。


「今朝はあんなこと言って、すまなかった!」


 そう言ってザンは、勢いよく頭を下げた。正直予想もしていなかった突然すぎるザンの行動に滅茶苦茶驚いた。


「ど、どうしたんだよ急に」

「お前、今朝『王女様の良いところに真剣に向き合いもしないで蔑むな』みたいなことを言ってたよな。なんつーか、あれがすごい衝撃だったっつーか、盲点だったっつーか。姫さんの持ってるスキルがオレらにとっちゃ忌々しいものだってのは変わらねぇが、それに囚われすぎて今まで姫さんの良いところを見るっつーことをしないでいたんだ。そのことに今日、やっと気付いた。お前の言葉で」

「ザン君……」


 後ろのイーネスが、どこか嬉しそうな声でそう言う。


「それに気付かされてから今までの事とかいろいろと思うところがあってだな……。こうして謝ろうと思ったんだ」


 ザンが、申し訳なさそうな表情を浮かべ、目を伏せる。どうやら俺の、異世界人としての、この世界でのいい意味での常識外れな発言が響いたらしい。俺としては真っ当な、当たり前のことを言っただけなのだが、イーネスの持つ『屍操術』は忌むべきものであるという常識のもとで生活して来たこの世界の住民の一人であるザンには、思いもしない考え方だったようだ。


 俺が驚きを隠しきれていないでいると、ザンの双子の姉であるヴェロニカが、ザンに変わって話し出した。


「うちの祖父がね、昔『屍操術』の被害にあったみたいでさ、その経験からイーネス様のことをすごく嫌ってるのよね。そんな祖父がアタシたちに毎日のようにイーネス様の事を悪く言って聞かせてたの。アタシは祖父とは馬が合わなくて話半分程度に聞いてたんだけど、ザンはアタシと違って祖父に好かれてて、おまけに良くも悪くも正直者でさ……。祖父の教えをまるっきり信じ込んじゃって、こうなったってワケ」


 ポンッと俯くザンの背中を叩きながら、ヴェロニカは俺にそう言った。そして、今度はイーネスの方を向いて、話し始めた。


「イーネス様、アタシ……いえ、私も正直なところ、今朝ユヅキくんの言葉を聞くまではザンほどではないにせよ貴方様に対し、嫌がらせをするなどの直接干渉はしてこなかったにせよ嫌悪の念を抱いていたことは事実です。ですが、私も彼の言葉を聞いて考えを改めました。憎むべきは望まぬ『屍操術』を持つ貴方様ではなく、諸悪の根源である魔王であると。なんとも簡単なことです。それに今まで気付くことができなかった。本当に、申し訳ありませんでした!」


 声を張り、頭を下げるヴェロニカ。それに続き、ザンも頭を下げる。突然のことに困惑した表情のイーネスだったが、二人の謝罪に対して、彼女の胸中を明かした。


二人の突然の謝罪に、明らかに周りの学生たちがどよめく。


「確かにわたしは今まで生きてきて、国民の方々から良い扱いを受けたことはありません。それは、あなたたちも例外ではないですし、それも含めてとても嫌な思いをしてきました。わたしは悪くないのに、虐げられ、嫌悪される日々。それなのに、国の歴史上、そしてわたしの立場上なにもできないでいました」


 そう語るイーネスの目尻には涙が滲んでいる。思い出すだけで悲しくなるような記憶なのだろうなと簡単に想像がつく。だが、それもつかの間、今度はうれしげな表情を浮かべるとともに憂いた表情が綻んでいく。


「ですが、こうして謝罪してくれたのはあなたたちが初めてです。それが、嬉しくって」


 涙を滲ませ、はにかむイーネス。そんなイーネスを見上げる二人は、驚いた表情をしていた。ザンが、かすれた声でイーネスに問いかける。


「それは、どういう……」

「貴方たちの謝罪を受け入れ、許すという事です」


 今度は毅然とした態度でそう言うイーネス。


「ですから、頭を上げてください。それと、できればこれからはわたしと、クラスメイトとして仲良くしてもらえませんか? わたしは確かに国民からは虐げられてきましたが、その国民のことを想わない日など一日もありませんでした。そんな国民の方と仲良くなれたのなら、どれだけ素敵な事でしょう」


 俺は、その言葉に含まれたイーネスの人間としての器の広さに打ちのめされた。


 それは、簡単には言葉で表すことのできない、深く大きい器だった。


 俺は、自分をいじめてきた人間のことを大切に想うことはできない。今でもあいつらが憎いし、できることなら思い出したくもない。


 しかし、イーネスは俺とは違って彼らを許した。それも、謝罪一つでだ。


 確かに、俺とイーネスでは立場が違うが、今まで己を虐げてきた人から謝罪をされてそれを受け入れ、その上仲良くしてほしいなどと言うことはそう簡単なことではない。しかし、イーネスはそれをやってのけたのだ。


 そのイーネスの心の広さたるや、言葉で表しきれるものではない。少なくとも俺はそう思う。


 ザンとヴェロニカの二人は、ぽかんと口を開いてイーネスを見ていた。まぁ、そういう反応になるよな。


 すると、ザンが声を上げた。


「それが姫様たっての願いであれば、今までお掛けしたご無礼の分、誠心誠意尽くさせていただきます」

「そうかしこまらないで、もっと砕けた感じでお願いね」

「あ、ああ、分かった。改めてすまなかった」

「アタシからも、ゴメンねイーネス」

「もういいの。二人とも謝ってくれたし。ふふっ、それじゃあせっかくだし、四人で訓練しましょう!」

「……え、良いのか? オレらも一緒で」

「いいに決まってます! さぁ、始めましょ。三人がかりでユヅキの魔法を上達させるのです!」

「オレァ、魔法はからっきしなんだが……」

「あ、アタシ魔法は得意だよー!」


 こうして俺たちは打ち解けたのだった。結局、ザンとヴェロニカ以外の人からは話しかけられることすらなかったが、俺の密かな目標であるイーネスの境遇の改善、それの達成にほんの少し、雀の涙ほどではあるが近づけたのではないだろうか。少なくともイーネスの表情は弾けた笑顔である。それだけでも良しとしよう。


 その後、俺が三人、主にイーネスとヴェロニカに散々しごかれたお話は、また別の機会に。

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