第十一話 油断

「抜かったな、少年!」

「え? おわッ!」


 気が付くと俺の足は地面から離れていて、視線はまっすぐ向いているにもかかわらず、その目に映っている景色は戦闘訓練の会場の天井、という状態に陥っていた。


 端的に言おう。俺は、倒したはずのジンバ先生に脚を払われたのだ。


「貰ったぁ!」


 咆哮とともに、ジンバ先生が天井を向いている俺の腹めがけて大剣を振り下ろしてきた。


 轟音とともに迫りくる巨大な剣。


 ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。確実にヤバい!


 どうする? どうすればいい? 最小限のダメージに抑えるためには。


 『巖鉄』を使う? さっきは完璧には通用しなかったのに?


 腕でガードする? あの剛剣を? どう考えても腕が壊れるのに?


 木剣で防ぐ? ボロボロで折れかけているのに?


 いや、考えても埒が明かない。できることを全部、やるしかない。


「――――ッ!」


 俺は腹に力を込め、『巖鉄』特有の呼吸法で腹筋周りの筋肉を岩の如く固め、その上から木剣を重ね、防御の体勢を作った。そこをめがけて、容赦なく大剣が振り降ろされる。


 木剣が折れる音がした。


 そして、衝撃。


 意識が霞んだ。


 俺は、砂埃を散らしながら地面に叩きつけられた。あまりの衝撃に思わず腹を抱えてうずくまる。


「……勝負あったな。剣も折れたし、意識も曖昧だろう」


 大剣を担ぎ、俺を見下ろしながら頭から血を流した先生はそう言う。


 確かに、傍から見れば勝負はついているのかもしれない。だが、俺の闘志はまだ潰えていなかった。


「……グッ、まだ、です」


 俺は、刀身半ばから折れた木剣を左手で握り、頭上高くにたたずむ先生を睨む。


「ほう……まだ立つ意思があるか、少年」


 先程のダメージはうっすらと見えるものの、まだまだ余裕のありそうな雰囲気のジンバ先生。


 そんな先生の足元で、俺は最低限踏ん張りの利く体制になる。そして、痛みを堪えるために歯を食いしばり、痺れる体に力を込める。


「はっはっは、その心意気や良し! やはり少年はなかなかに肝が据わって……ぐぉああぁ!」


 先程まで余裕だったジンバ先生が、足首から少し上を抱えてのたうち回りだした。


そうなってしまった原因は、俺が放った一撃によるものだ。


『柳刃天穿流古武術』近接戦闘術『猟鬼りょうき


 この『猟鬼』とは、じいちゃん曰く、『最小限の動きで最大限の破壊力を』ということをモットーにして編み出された技らしい。その物騒なモットー通りに、打ち抜くにあたっての全てのモーションは必要最小限に留めつつ、なおかつ狙うのは急所のみというものである。だから、この技を習得するためにはまずは人体の急所を座学にてある程度把握する必要があるのだ。


 それはいったんおいておくとして、今回俺が狙った部位は、脛の内側だ。脛自体も弱点ではあるが、内側はもっと弱い。それこそ、大の大人が悶え、のたうちまわるくらいには。


 そこを俺は、一本拳(拳を握った状態で中指の第二関節を前に突き出した形。み○えがしん○すけにグリグリをするときのアレだ)で打ち抜いた。これが、痛くないはずがない。


 これなら、まだ勝機はある!


 そう思ってすぐさま立ち上がろうとした俺は、そこで自分の体に限界が来ていることを知らされてしまった。


「……がっ、ぁあっ……」


 体が、言うことを聞かないのだ。


 立ち上がろうとしても痛みが走って立てない。どう考えても木剣ごと折られたさっきの一撃のせいだろう。いや、それ以前にも蓄積されていたダメージも大きく関与している。


 俺は、認めたくはないが、冷静に見て自分がこれ以上戦えるとは思えなかった。先程の最小限の動きだけでいい『猟鬼』でさえ歯を食いしばりながら放ったのだ。これじゃあ、とても戦えない。


 それに、先生に至っては脚を庇いながらももう立ち上がっている。俺の剣撃を割とまともに、しかも脳天にも受け、『猟鬼』まで喰らっておきながら何というタフさ、頑丈さなのか。


 こうした流れから俺が負けを認めかけたその時、手合わせ終了の合図が鳴り響いた。審判を務めていた先生が高らかに宣言する。


「そこまで! 勝者、ジンバ先生」


 やっぱり、そうだよな。あーあ、負けちゃったよ。


 いままで張りつめていた会場内の緊張が解け、周りがざわつき出した。


 周りを見渡すと、今の手合わせについて話す生徒たちをかき分け、医療担当の先生方がこちらに向かって走ってくるのが見える。しかし、それよりも早くこちらに駆けてくる人物が一人。その人とは――。


「ユヅキーッ!」

「あ、イーネ……グエッ」


 痛む腹を抱え、何とか座り込む俺に、イーネスは容赦なく飛びついてきた。受け止めることもできず、俺は飛びつかれた勢いそのままに後ろに倒れ込んでしまった。


 俺に覆いかぶさるような状態のイーネスがガバッと起き上がり、俺の肩をつかんで揺さぶる。


「ユズキ! 痛いところは? 怪我は? 大丈夫!?」

「いだだだだだだ! 大丈夫! 大丈夫だから一旦落ち着こうか、イーネス」

「あっ、ごめん! でも、あれだけジンバ先生の剣を受けて大丈夫なはずがないでしょ? 今、回復魔法をかけるからじっとしてて」


 そういうと、イーネスは馬乗りの状態で俺に手をかざした。その掌に淡い光が集まり、その光が花弁のようになって舞い、俺の体を包む。すると、不思議なことにひどく痛んでいた腹を始め、全身のダメージが和らいでいくのがはっきりと分かった。


 すごい、これが回復魔法なのか。


「ん、よし! もう大丈夫だよ」

「うん、その、ありがとうなんだけど、そろそろどいてくれないかな? 結構恥ずかしい体勢になってますよ? イーネスサン?」


 俺を回復させることに夢中で馬乗りになっていることに気づいていない様子のイーネスに、そのことを指摘する。途端に顔を真っ赤に赤らめ、慌てだした。


「ひゃっ! ほ、本当だ! ごめん、今どくからっ」


 恐るべきスピードで俺の上から飛び退くイーネス。


「ごめんね、嫌だったよね、わたしなんかがユヅキの上に……」

「別に俺は嫌じゃないよ。ちょっと恥ずかしかっただけだから。にしても、イーネスって回復魔法も使えたんだね」

「う、うん。わたしは回復系と水系とバリア系の魔法に適性があるの」

「三つも!? すごいな」


 水系の魔法が使えるのは、初めて会った時に見せてもらったから何となく分かってはいたが、そこに回復とバリアまで使えるなんて、実はイーネスってすごい人物なんじゃないか? いや、一国の王女様って時点で十分すごいんだけども。


 純粋にイーネスに対する尊敬の念を沸かせていると、待機していた先生方に回復魔法をかけてもらい、すっかり元気になったジンバ先生が俺たちに近づいてきた。


「がっはっはっは! 少年! なかなかいい手合わせだったぞ」


 そう言って豪快な笑顔で手を差し伸べる先生。その手を固く握って俺も返事をかえす。


「先生程の実力者にそう言ってもらえて嬉しいです。今回は負けちゃいましたけどね」

「はっはっは、少年もそう謙遜するにはあまりある腕だったぞ。次やりあったら勝てるかどうか……」

「でも、今回は負けちゃいましたし、約束通り『アン流剣術』の方でこれからは訓練を重ねることにします」

「そのことなんだが、俺は少年が少年流の剣術で訓練を重ねるのを認めようと思う」

「え? な、なぜです? それじゃあ約束が……」

「確かに、試合には俺が勝った。しかし、俺が掲げているのは実戦至上主義だ。もし先の手合わせが実戦であれば、先に剣をあてた少年の方が勝っていただろうさ」

「それはそうかもしれませんが……事実、勝ったのは先生です」

「そうだな。だが、それも完璧な勝利ではなかった。俺としたことが少年を見くびり油断し、その結果何発もの剣を受けた。脚や脇腹、あまつさえは頭にまで。実戦であれば、すべての少年の剣が致命の剣であった。本来ならば俺はとっくに死んでいる。そう言った経緯のある勝利に、少年の申し出を捻じ曲げる事を許すのは、実戦至上主義者たる俺のプライドが許さないんだよ。それに、今の手合わせを見て文句を言う先生は誰もおるまいよ」


 そういう先生の目は真剣そのものだった。見渡すと、他の戦闘訓練担当の先生方も頷いている。


 実戦至上主義を掲げる先生だからこそのプライド。そのプライドは、模擬戦一つにとっても揺るがない強固なものであった。


「分かりました。先生がそうおっしゃるなら、ありがたく俺は俺の流派で練習させてもらいます」

「うむ、そうするがよいぞ! だがな、少年。くれぐれも手は抜くんじゃないぞ」

「もちろんですよ」


 こうして俺は、午後の戦闘訓練で『柳刃天穿流古武術』での技を磨くことを許されたのだった。

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