第十話 学院の訓練 ~戦闘の時間~

「うっし、そんじゃあ、戦闘訓練始めるぞー」


 野太い声でそう言い放つのは、戦闘訓練担当のジンバ先生だ。大柄な先生の身の丈よりも長い木剣を担ぎ、声を張り上げている。


 俺はまず最初に、使いたい武器を選ばせてもらった。ここで選ばせてもらったものは、学院内で常に装備することを許可されるらしく慎重に選ぶように言われたが、その全てが金属製で刃もあり、剣、短剣、槍、メイスと種類は豊富で、さらにはハルバードなんてものまであった。


 俺はその中でも『柳刃天穿流古武術』の武器稽古において最も得意としていた剣(本当は刀の方が好きなんだけど)を選んだ。サイズ的には片手で振り回せるくらいのもので、普段稽古で使っている日本刀や木刀よりはやや小ぶりだが、問題ない。


 戦闘訓練はジンバ先生の信条の『とりあえずってみる』をモットーに行われてきたらしく、基本的な武器の扱いや攻撃法、防御法などは教わるが、それ以外はすべて実際に戦って身に着けるといった実戦主義方式なのだそうだ。


 俺は、古武術である程度戦いには慣れているつもりだが、今まで実戦主義でやってきた人たちと渡り合えるだろうか。少し不安はあるが、それを飲み込み、勇んで訓練に臨んだ。


◇◆◇


 俺が選んだ剣という武器では、オーベルライトナー王国直属の騎士団『アンデルス聖騎士団』に伝わる『アン流剣術』という剣術をベースにした戦い方を教わるのだが、なんともこれが肌に合わなかった。


 これはあくまで俺の感覚なのだが、自由で柔軟でなおかつ俊敏な『柳刃天穿流古武術』と比べて、『アン流剣術』はお行儀の良いというかなんというか、型にはまりすぎていて堅苦しく、不自由に感じてしまうのだ。


 どうにも気持ち悪い感じを拭えなかった俺は、『アン流剣術』担当のジンバ先生に「自分だけ別メニューで練習したい」と直訴しに行くことにした。


「あの、すみません、ジンバ先生。お願いがあるんですけど」

「む? どうした、異界の少年、『英雄の器』よ。困りごとがあるのならなんでもいってくれ」


 皺に紛れて顔に刻まれているいくつもの古傷に似合わず、とても柔らかい印象の先生だ。


「はい、ありがとうございます。実は、先程から教わっている『アン流剣術』が、どうにも自分に合わなくてですね。別の流派で訓練したいのですが……」


 そう言った途端に、とっつきやすかったジンバ先生の雰囲気が剣呑なものに変わった。


「……それは、由緒正しき『アン流剣術』より、少年が言う別の流派の方が優れている、という事か?」

「いえいえいえ! そんな優劣の問題ではなく、こちらに来て初めて教わる『アン流剣術』よりも、元居た世界で研鑽を積んできた流派の方が、肌身に沁みていてやりやすいというだけの理由でして、どちらが劣っていて優れているなんてことではないです! 断じて!」

「……ふむ、なるほど。少年は、異界の地でも研鑽を積んでいたわけか。して、その流派は何という名前なんだ?」

「『柳刃天穿流古武術』といいます」

「ヤナギバアマガチ……? ふぅむ」


 腕を組んで考え込むジンバ先生。しばらく考えてから、一つの案を提案してくれた。


「それならばこうしよう。今から俺と少年で、魔法無し、寸止め無しの手合わせをしよう。少年が勝てば要求を認めよう。負けたならば、『アン流剣術』で訓練を続けてもらう。どうだ?」


 なるほど、そう来たか。そういう事なら、受けて立たないわけにはいかない。ところで、ジンバ先生の表情がやけに楽し気というかしたり顔というか、元からこうするつもりだったという風に見えるのは気のせいだろうか。


「分かりました。そうしましょう」


 こうして急遽、ジンバ先生と俺の模擬戦が始まるのだった。


◇◆◇


 俺とジンバ先生は、戦闘訓練の会場の中心に向かい合って立っていた。その周りを、先程まで訓練に勤しんでいた同級生の生徒たちを始めとする、割と大勢の人たちが囲んでいた。


 ジンバ先生の「寸止めなし」のルール設定には、戦闘訓練担当の他の先生方は反対していたが、ジンバ先生の信条である『とりあえずってみる』のもと、強行されることになった。とはいっても寸止めなしなので、流石に本物の武器ではなく木製の武器に持ち替えて行うわけだが。


 そして事態は、回復魔法の使える先生方にも来てもらい、何かあってもすぐに止めに入れるように男の先生を中心に待機してもらうという大事に発展してしまった。その割には、そういった一連の対応がとても速く、そして、他の先生方の呆れた顔を見ていると、もしかすると、ジンバ先生がこういったことを引き起こすのは日常茶飯事なのではないかと邪推してしまう。


「さぁ、少年よ。大事になってしまったが、こんなところで身を引くなんてことはしないだろうな」


 ジンバ先生が、大柄な身の丈よりも大きい木製の大剣を振り回しながら、挑発的に言葉を投げかけてくる。


「もちろんです。今更引くなんてことはしませんよ」


 俺も、先程渡された木剣を軽く構え、手合わせ開始の合図を待つ。


「フハハハ! よく言った! 異界の少年はなかなか漢気があるなぁ! さぁ、この俺に少年の流派を認めさせてみろ!」


 ジンバ先生がそう言い終えると、少しの間、場は静寂に包まれた。そして――。


「開始!」


 合図の声が響き渡った。


「シャオラァ!」


 合図とほぼ同じタイミングで、ジンバ先生は大剣を振りかざし突っ込んできた。


 ジンバ先生の好戦的な印象の性格から察するに先手必勝タイプだとは思っていたが、まさにその通りだった。


 俺は、瞬時に思考を巡らせる。


 ジンバ先生の体格は大柄で、得物も大きい。となると、こちらのサイズ的に正面から打ち合っても勝ち目薄だろう。だったら、取るべき行動は――。


「オラァッ!」


 重い風切り音とともに、大剣が俺の脳天めがけて振り降ろされる。寸止め無しとは言っていたがこの先生、本気で叩き割る気だ。


 俺は、そんなジンバ先生の一撃を、ほとんど動くことなく剣でいなした。すかさずに切り上げの斬撃が飛んでくるが、これも剣を反して同様にいなす。続けざまに繰り出される連撃もすべて最小限の動きで凌ぎきり、事なきを得た。


「ほう。少年、なかなかやるではないか。その流し技も、少年が使うというナントカ流ナントカの技か?」

「そうです。風弥鶏っていうんですけど」


『柳刃天穿流古武術』剣術『風弥鶏かざみどり


 相手の攻撃を的確に見極め、必要最小限の動きでいなして別の攻撃に繋げる技……なのだが、正直、ジンバ先生の豪剣を前に、次の技に繋げる余裕がなかったため、思い描いていた状況としてはあまりよろしくない。


「なるほど、厄介だな。こうも簡単に流されるとは、少々甘く見ていたようだ」

「先生の剣をいなすのはそう簡単でもありませんよ。それに、いなすのなんて戦いにおいては基本事項ですし、それくらいは想定されていたのではありませんか?」

「いや、正直なところ、それすらも予想していなかった。『英雄の器』とは名ばかりの、一太刀浴びせれば沈む、なんの心得もない素人だとばかり思っていた。謝罪しよう」


 ひどい言われ草だが、日々魔王という強大な敵と戦うために修練を重ねている人からすれば、外から来た俺に対してそういう印象を抱いてもおかしくないのかもしれない。


「だが、今からは俺も本気で行こう。非礼を詫びるついでだ、そちらも全力で頼む」

「俺はもとよりそのつもりですよ」

「ふっ、では、仕切りなお……」

「……遅いっ!」


 ジンバ先生が言い終わらないうちに、俺は先生の意識の隙を突いて後ろに回り込んでいた。


『柳刃天穿流古武術』移動法『えい


 人間の意識には、当人でさえ自覚しえない意識の切れ目が存在するという。


 この技は、その人間の意識の切れ目の隙を突いて静かに素早く移動し、あたかも瞬間移動したかのような錯覚を与える技だ。


 俺自身、この技はあまり使わないし、頻発しようものならぼろが出て逆に不利になるくらいには下手な自信がある。それは、この技の難易度自体が極端に高いのも理由の一つだが、苦手意識から嫌厭けんえんして稽古をさぼっていたのが大きな原因だ。こんな戦いが日常になるかもしれないこの世界に来たんだから、本格的に稽古を積まないとなぁと改めて思う。


 だが、この技がいくら苦手だとは言え、ジンバ先生が「仕切り直し」と油断しきった隙に付け込むくらいならお手の物だ。この場合、戦いの最中に気を抜いたジンバ先生が、百パーセント悪い。


「シィッ」


 こめかみを狙って鋭く剣を振るう。その切っ先は、寸分たがわずにジンバ先生のこめかみに向かっていき――、


「おぅっと!」


 と、少々間の抜けた声とともに首をひねられ、かすりはしたものの直撃とまではいかなかった。


 意識の隙を突いた背後からの攻撃をかわすとは、恐ろしい反射神経と勘だ。伊達に実戦至上主義を掲げていない。なかなかの修羅場を潜ってきたのではないかとさえ思える、戦い慣れした動きだ。


 だが、そんなことはお構いなしに、俺は次々と連撃を繰り出す。


「シッ、セイッ、ハァッ!」


 袈裟斬りから切り返し、回転しながら薙ぎ、手首を反して小さく突き、息つく間もないほどの連撃を放つ。それを、先生は大剣を器用に操り、弾く。


 木同士がぶつかり合う乾いた音が、あたりに立て続けに響く。


 俺は、止めることなく剣を振るい続け、その剣速も徐々に上げていった。四方から絶えず斬撃を閃かせ、パワーのジンバ先生に反撃の隙を与えないほどのスピードで押す。そして、だんだんと先生を追い詰めていき――、


「えぇい! チクチクとしゃらくさいわぁ!」


 先生はそう吐き捨て、俺が繰り出した横薙ぎの一閃を太くたくましい剛腕で受け止める。 


 ゴチャアッと鈍い音を立てながらも、先生はその斬撃を受け切った。そして、


「どぉりゃあ!」


 と、野太い声を上げ、俺の無防備な腹めがけて大剣を思いきり振り回した。


「っぐう!」


 咄嗟に引き戻した剣で大剣を受け止める。が、あまりの力強さに木剣ごと腹を叩かれ、木剣がミシミシと悲鳴を上げる。マズいと判断した俺は、衝撃が腹を抜ける前にバックステップで衝撃を分散させようとしたが、それよりも先に、先生は一層力を込め、大剣を振りぬいた。


「ヌオォッ!」


 力任せに振りぬかれた大剣によって、俺は後ろに吹っ飛ばされてしまった。尋常ではない怪力だ。どう考えても人の域を超えている。どうしてこんなにも……と深く考えそうになったが、しかしここは異世界。無い知恵を絞って深く考えてはだめだろう。できることをする。それだけだ。


 吹っ飛ばされた俺は、地面を転がるようにして衝撃を和らげて体勢を立て直し、すかさず駆け出す。


 駆け出したはいいものの、威力は殺したはずなのに全身が痺れている。が、しかし、そんなことは構っていられない。


 連続的に『瞬』を使い、飛ばされた距離をすぐさま縮める。


「ハッ! 俺の剣を受けたにもかかわらず怖気付かずに突っ込んでくるか。その意気やよし! さぁ来い!」


 だんだんと近くなるジンバ先生は、大剣を体の前で構え、突っ込んでくる俺に対しての迎撃姿勢をとっていた。


 だが、そんなところに馬鹿正直に突っ込む俺、いや、『柳刃天穿流古武術』ではない。


 先生との距離が縮まり切る寸前、俺は体の重心を右側に傾けて踏ん張り、直線的に高まっていた『瞬』の勢いを右側への旋回力へと転換し、その勢いを剣に乗せて、回転しつつ通り抜けざまに二発の斬撃をジンバ先生の脇腹と膝裏に浴びせた。


『柳刃天穿流古武術』剣術『旋燕せんえん右太刀うだち

「ぐおっ!?」


 先生は、たまらず顔をしかめた。


 よし、効いてる! ならばもう一度……!


 斬撃を浴びせてもなお有り余る旋回力を利用し、バックステップで距離を取る。そして、もう一度『瞬』を連発し、勢いに乗る。


 先生はまともに斬撃を受けたにもかかわらずすぐさまこちらを振り返り、先程と同じ迎撃態勢をとっていた。その額には脂汗が浮いている。先程の二連撃が効いている証拠だろう。


「はぁっ!」


 地を蹴る脚に力を込め、速度を上げる。そして、そのまま突っ込めば先生と衝突するという寸でのところで、もう一度右に重心を傾ける――と見せかけて今度は左に傾けた。


「な、なにぃ!?」


 先生の顔が驚愕に染まる。


『柳刃天穿流古武術』剣術『旋燕せんえん左太刀さだち


 先程の『旋燕・右太刀』と鏡写しの技である。旋回の勢いを乗せた剣先が、燕の尾のような形を描いて閃き、先程とは逆の先生の脇腹と膝裏をとらえる。


「ぐあっ!」


 先生が片膝をつくのを確認しつつ、俺は先程と同じようにステップで距離を取っていた。周りに集まっていた人たちのどよめきが聞こえる。その内容は、「噂の『英雄の器』、思ったより強くね?」「ジンバ先生が膝ついてるところ初めて見た」「もうあのイーネス様の従者みたいなやつの勝ちなんじゃね?」と言ったようなものだ。おい待て、俺はイーネスの従者じゃなくて友達だぞ。


 そんなことはいいとして、実際、見かけよりもそう有利でもない。


 ジンバ先生の剣は、さっき俺が吹っ飛ばされたように恐ろしく重く、力強いものだ。実はあの吹き飛ばされた時、バックステップでの威力の分散を試みる前に反射的に『巖鉄』を使って少しでも威力を体内に通さないようにしていたのだが、それでも腹に衝撃が抜け、そのダメージの余韻が今もかなり脚にきている。


 ボクサーがボディをもろに喰らったら途端に動きが鈍くなるように、今の俺も思うように脚が言うことを聞かず、全力で動き回れていないのだ。


 そもそも、先程『風弥鶏』でいなしていた剣でさえ、あまりの衝撃で腕が痺れるほどのものなのだ。まともに喰らえば、先生の最初の目論見通り俺なんて一撃で沈むだろう。


 余裕なように見せているのはダメージを悟られないようにするための演技であって、実際、俺の体には結構なダメージが蓄積されている。この状態で勝ちは確信できないし、油断もできない。それに、これ以上長引くと負けてしまう可能性の方がはるかに高いのだ。


 ならば、どうするか。答えは一つだろう。


「このまま一気に……畳みかける!」


 決心の独り言を吐き捨て、三度目の『瞬』の連続で再び距離を縮める。片膝をついていたジンバ先生もすぐさま立ち上がり、大剣を構えていた。


「次は右か? 左か? どちらでも構わん。今度こそ叩き切ってやるぞぉ!」


 顔に浮かぶいくつもの古傷も相まって、ものすごい迫力だ。思わず気圧されそうになるがこらえる。そして、さらに速度を上げた。


 先生はもう目前、大剣を構えて俺の三手目を待ち構えている。きっと、左右のどちらにも最大限の警戒をしているだろう。が、しかし。


「ぉおおッ!」


 俺は、最大限加速していた脚を急停止させて踏ん張り、その勢いを利用して思い切り上に跳んだ。そして、先生の初撃のように、脳天をめがけて思い切り木剣を振り下ろした。それは狙っていた通りに先生の脳天に直撃。剣の腹で叩いたから死にはしないだろうが、意識くらいは奪えるであろう手応えのある一撃だ。


 その振り下ろした剣を軸に空中で前転をし、先生の巨躯が倒れ伏す音を背に地面に着地。


『柳刃天穿流古武術』剣術『廻燕かいえん燕落つばめおとし


 空を舞う鳥から翼をもぎ、地に伏させる剣技。


 実践形式の訓練だと聞かされた時は、まさか先生と戦うことになるなんて思いもしなかったとしみじみ感じつつも、俺は今の戦いでかなりボロボロになった木剣を眺める。


 ここに来てやっと、俺は勝利を確信したのだ。


 が、そんな甘ったるい考えはすぐに撤回しなければならなかった。

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