第九話 学院の訓練 ~魔法の時間~

 レヴィ=ストロース学院の時間割編成というのは大きく二つに分かれている。 


 それは、午前中は座学、午後は実践訓練という形である。他の学部はどうか知らないが、少なくとも俺が属する【戦闘学部】ではこういった分かれ方である。


 俺の場合は、ディアム王の要請で一週間ほど特別カリキュラムが組まれているらしく、午前の座学がみんなとは違っている。


 このことから、俺は午後の時間も俺だけ別のものが用意されていると思った。思ったのだが、それは違っていた。何故か実践訓練だけみんなと同じ時間割だったのだ。


 担任の先生曰く、「ディアム王からは、実践訓練はみんなと同じように受けさせてくれと頼まれたんだよぉ~」とのことだ。体で慣れろ! 的な感じなのかな? いや、まぁいいんだけど。


 ちなみに、担当の先生は課目によって変わる制度だ。つまり、中学や高校と一緒。午前中に座学で教えてくれた先生が、午後の実践でも指導してくれるという仕組みらしい。


 とはいっても、クラス単位で訓練というものではなく、学年単位での訓練になるため、実践訓練では誰がどのクラス担当という枠組みは無く、一定のメニューを提示された後は、魔法や戦闘技術などでわからないことや手伝ってほしいことなどがあれば、その都度それぞれの魔法担当の先生や戦闘技術担当の先生に直接申し出るというシステムだそうだ。簡単に言えば、やることやってあとは自由、といった感じである。


 そんなこんなで授業が始まった。


 まず最初は、魔法の実践訓練だった。担当は、うちのクラスの担任の先生、シャルミャーリュ先生をはじめとする三人の教師陣だ。


 シャルミャーリュ先生は、ほんわかした感じでどこか抜けた印象と寸分違わずに抜けている人物だ。編入生の俺に自分の名前を名乗るのを忘れていたというくらいには抜けている。


 ちなみに、みんなからは「ミャー先生」と呼ばれているらしいので、俺もそれに倣おうと思う。


「はぁい、それじゃあ魔法の訓練、始めますよぉ~。まずは基礎訓練からやりましょう。そのあとは普段通りに各自応用訓練まで進めてくださぁい」


 ミャー先生のその一言をきっかけに、みんなは一斉に魔法の基礎錬を始めた。


 この世界で魔法を使うには、大気中に浮かぶ『マナ』を、それぞれの体内で生成、蓄積している『オド』と混ぜて魔法の素を作り、その中の『オド』に干渉して自分の適正魔法に沿って加工し、加工したものを発動して使うという流れが基本だ。


 『オド』と『マナ』の割合は一:九が基本で、『オド』の比率を増やしてより複雑な形に加工することも可能みたいだが、それも訓練が必要らしい。この『オド』と『マナ』の混ざった魔法を『一次魔法』と言い、一般的に使われている魔法のほとんどがこの『一次魔法』に当たる。


 ちなみに、『オド』を『オド』で加工して行使する、高濃度、高威力の『二次魔法』というものもあるらしいが、今日はまだ教えてもらえそうになかった。まずは基礎から、という事だろう。


 さて、基礎錬では、この『一次魔法』を扱うにあたって最も基本的な、『オド』と『マナ』を混ぜて魔法の素を作り、それを任意の形に加工するということを行う。


 俺もそれに倣って、早速基礎錬に取り掛かった……と言いたいところだが、やり方がさっぱり分からなかった。


 それもそうだ。今までは魔法とは縁のない世界で生きてきたのだ。すぐにできるはずがない。


 俺が困っていると、ミャー先生が来てくれた。


「ユヅキくんは、確か適正魔法が身体強化系だったよねぇ」

「はい、そうですけど……何で知ってるんですか?」

「ディアム王から頂いた資料に書いてあったのぉ。うぅん、でもそっかぁ、身体強化系かぁ……」

「……あの、聞いた話なんですけど、身体強化系って扱いが難しいとかなんとか」

「そう! そうなのよぉ。普通の魔法は手とか杖とか剣とかの先に意識と力を集中して『マナ』を集めて『オド』で加工してっていう流れで魔法を使うんだけど、身体強化系の場合は『マナ』を自分の体内に直接取り込んで、体の中で加工するのよぉ……」

「あのー、具体的に何が難しいんですか?」

「まず、『マナ』を体内に取り込むっていう行為自体が難しいねぇ。でも、そこは感覚をつかめば割と何とでもなるのよぉ。問題は、加工する過程における失敗の代償が大きいという点なの」


 なんだろう、何となく嫌な予感がする。そう言えば、俺の『能力鑑定』を行ってくれた『賢者』リガレットさんもそんなことを言っていたような……。


「……それは、どういう?」

「普通の魔法で失敗しても、不完全な魔法がボフッって感じで小さく破裂してまた一からやり直しってだけで済むんだけどぉ、身体強化の場合それが自分の体内で起こるからぁ……」

「え……」

「下手を踏めば、体中で魔法が暴発してぐちゃぐちゃになっちゃうの」

「……か、体中が……ぐちゃぐちゃに……」

「そう、ぐちゃぐちゃに」

「……」


 危険度が想像してた以上なんですけどぉぉお!


 なに!? 魔法初心者なのになんで俺そんな危ない魔法しか適正なかったわけ!? というか、そもそもそんな魔法扱えるようになるの? めっちゃ怖いんだけど!


 と、胸中サイクロンタイフーンで分かりやすく青ざめた顔になっている俺に、「だぁかぁらぁ」と、ミャー先生が続ける。


「慣れるまでは先生がちゃーんとついてあげるからね?」


 豊満な胸を揺らしながらウィンクをぶつけてくるミャー先生。目のやり場に困る。


 俺の煩悩は意識のはるか彼方へ葬り去り、ミャー先生の指導のもと、恐る恐る訓練に取り掛かった。


◇◆◇


「これは驚いたなぁ……想像以上に習得が速いよ、ユヅキくん。そういえば、頂いた資料の中に『マナ適正 極大』って書いてあったなぁ」

「そっ、そうで……したね……極大でした……」


 俺は、ダラダラと汗を流しながらなんとか受け答えをする。


 確かに、ミャー先生の的確な指導と気の利いた補助があって、一度も魔法を使ったことのない俺は、『マナ』を体内に取り込むところまではできるようになっていた。


 だが、そこから先が難しかった。


 元居た世界の『マナ』が淀んだ空気で過ごしてきたおかげなのか、全く淀みのない、空気中に漂い皮膚にまとわりついてくるマナを、感じることは簡単にできた。また、それらを自分の皮膚から浸透させるようなイメージで体内に取り込むことも、ミャー先生の補助のおかげでできるようになっていた。だが、どうしても『オド』を用いた加工ができなかった。


 体内から滾々と湧き出て、血液のように体中をめぐる『オド』は、これまたミャー先生の補助のおかげで自覚はできたし、体内に取り込んだ『マナ』に接触させ、混ぜることもどうにかこうにかできたのだ。


 早い話、あとはその魔法の素を加工し、魔法を発動させるだけのところまで来たという訳だ。しかし、いまだに魔法を発動させることができずにいる。


 ミャー先生曰く、それは『イメージ力』の問題らしい。


 もともと魔法がない世界で生活していた俺は、魔法を使った『結果』が簡単にイメージできないでいるという事だ。


 確かに、身体強化とはいっても、どういう系統に強化されるのか分からない。前にお父さんと道場で組手をした時にお父さんが使った『巖鉄』のように、体を硬質化するものなのか、はたまた内臓系や眼球などの器官を部分的に強化するものなのか……。


 考えれば考えるほどドツボにはまっていくような気がしてならず、だんだんと頭が疲れてきていた。


「だぁー! 駄目です。全然できない……」


 たまらず尻もちをつくように座り込んでしまった。意識してなかったが、かなり息が上がっている。


「うーん、そうねぇ。多分、ユヅキくんの場合、難しく考えすぎなんだと思うのよぉ」

「そ、そうですかね」

「きっとそうよぉ。だって、とっても難しい顔をしてたもの」

「……え、そんな顔してました?」

「うん、してたしてた。こう、イーって顔」


 ミャー先生が歯を食いしばって見せる。


 イーって顔、か。いや、それに関しては、変な顔だな俺! と突っ込みを入れたくなったが、飲み込む。にしても、確かに難しく考えていた節はある。


「えーと、ミャー先生、どんな風にイメージすればいいんですか?」

「うぅん、そぉね。先生は身体強化系は適正ないから、うまくアドバイスできないんだけど、最初は単純なものでいいと思うわぁ。最初のイメージは単純にっていうのは、全魔法に共通する部分だからねぇ。例えばぁ、『いつもより身軽になる!』みたいなぁ」

「……『いつもより身軽になる』ですか……」

「うん、そんな感じぃ。頭空っぽにして、そのことだけイメージしてればきっとできるよぉ。失敗しても、先生が体内での破裂は防ぐから、安心して思いっきりやってみてくださいなぁ」

「……なるほど、分かりました。ではお願いします」

「はぁ~い」


 先生が、相変わらずな抜けた返事とともに、再び俺の背中に手を当てた。

 それを合図に、俺は再び『マナ』を体内に取り込む。


 そして、取り込んだ『マナ』の量に対して適切な量の『オド』を混ぜ、魔法の素を作る。


 さて、ここまではだいぶ慣れてきた。スピードとしてはこの一連の基礎工程に一分近くかかってしまっているため遅すぎるのだが、それでもミャー先生には「及第点ブチ超え~」というありがたい評価を頂いているので良しとしよう。


 ここからが本番だ。出来上がったこの混合物を魔法として行使するためには、イメージ力で『オド』に干渉して思ったとおりに加工しなければならない。


 落ち着け、さっきのミャー先生のアドバイスを思い出すんだ……。


 イメージ、イメージ、『いつもより身軽』な自分……。


 漠然とで良いから、イメージ、イメージ、イメージ――――。


 その瞬間、体内で渦巻いていた魔法の素が熱を帯びだした。


 その熱は、だんだんと熱く揺らぎ、大きくなっていった。


 『いつもより身軽』な自分になるために意識、そして実際そうなれるように、身軽になった自分をイメージして加工……。


 その瞬間、加工された魔法の素が弾けて全身にじんわりと広がった。


 体が、程よく熱くなり、全身を先程弾けた魔法の素が熱く脈打っているのが分かる。そして、体はというと、信じられないくらい軽かった。心なしか、視界や聴覚も普段より冴えているような気さえする。


「ミャー先生、これって……」

「ユヅキくん、すごいよぉ。魔法使えたじゃん!」

「本当ですか!? やったー!」


 年甲斐もなく飛び跳ねて喜んでしまった。その時、大体二メートル近く飛んでいたので本当に魔法が使えたんだと改めて実感し、そして改めてうれしく思った。


「今日のところは合格点、いや、合格点以上の合格点をあげちゃうよぉ。でもねぇユヅキくん。今魔法が使えたのは先生の補助があったからだからねぇ。もしなかったら今頃は意識なんかなかったんだよぉ」

「うげ……、本当ですか?」

「うん、ほんとです。だから、これからもさぼらずにきちんと練習することぉ。でも、今日の感覚は絶対に忘れないようにねぇ。先生も、いっぱい協力しちゃうぞぉ」

「はい! ありがとうございます!」


 ビシッと九十度のお辞儀でお礼を言った。


 魔法に関してはかなり大きな収穫があった。今日の感覚、そして習ったことを忘れずに、日ごろから自主的に練習を重ねなければならない。……体が吹き飛ばない程度にだけど。


 俺がやっとこさ魔法――と言っても、さしずめ赤ちゃん魔法と言った程度のものだが――が使えるようになったタイミングで、魔法の実践訓練の時間が終わった。


「よし、皆さん、今日の魔法訓練はおしまいです。次は戦闘訓練ですので、各々休憩、準備に入ってください」


 ミャー先生以外の魔法担当の先生の一人がそう声を上げると、みんなそれぞれ従って次の訓練に向けての準備を始めた。


「さぁ、ユヅキくん。魔法の時間は終わりぃ。次は武器を使った戦闘訓練だからぁ、気をつけて頑張っておいでぇ」

「はい、ありがとうございました。行ってきます」

「はぁい、いってらっしゃぁい」


 ミャー先生に見送られ、イーネスを探しながら歩いていると、向こうも探してくれていたらしく、すぐに合流できた。


「ユヅキ、魔法使えるようになったんだ。すごいじゃん!」

「見てたんだ。へへっ、まぁね。とはいっても、今のところ先生の補助ありでしか使えないんだけど」

「それでもすごいよ。初めてなのにすぐコツをつかんでたみたいだし、流石はマナ適正極大だね。でも、あんなに高く飛び跳ねて喜んでる姿は、ちょっと変だったよ?」

「な、なんだよぅ、やめてくれよぅ」


 口元に手を当てくすくすと笑うイーネス。確かにさっきの喜び方は、思い返してみると恥ずかしさしか込み上げてこないような気がする。


 過去のはしゃいでた自分を若干恨めしく思いながらも、俺はイーネスに案内されて次の実践訓練の会場へと向かうのだった。

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