第八話 『呪われ姫』

「もぉ、初日から騒ぎを起こすだなんて、だめでしょお?」

「いやぁ、それはその、申し訳ないです……」

「ザン君もですよぉ! 初対面の人にいきなり蹴りかかるなんて!」

「チッ、うるっせぇなぁ」

「あー! またそうやって先生にひどい口を利く!」


 俺から状況説明を受けた先生は、頬をぷっくりと膨らませながら怒っていた。


「もういいです、話は分かりました。ほら、ザン君、席に戻って。みんなも席について下さぁい! 編入生の紹介をしますよぉ」


 おっとりした声でクラス中にそう呼びかける先生。みんなはそれに従ってそれぞれ席につきだす。


「さ、イーネス様も席についてくださいな」

「はい、その、先生、すみませんでした」

「いーのいーの。ほらほら、早く席についてください」


 先生はあくまでも優しく、そう促す。そして、俺の手を引いて教壇に立った。

 ついさっき、俺とザンが戦う前にザンが言ってた、「イーネスの呪いは国民ならだれでも知ってる」という発言が本当なら、先生もイーネスに対して冷たく接するのかと思っていたが、流石にそんなことはないらしい。仕事だからだろうか。


「はぁい、それじゃあみんなに編入生を紹介しまぁす……と言っても、もうわかっちゃってるかもしれないけど」


 先生はそう言いながら、先生を除いて一人だけ教壇に立っている俺の方を見る。その先生の意を汲んで、俺は自己紹介を始めた。


「では、改めまして皆さん、俺は天梨優月と言います。気軽に優月って呼んでください。さっきはあんなこと言いましたが、皆さんとは争うつもりはこれっぽっちもないので、どうか仲良くしてください」


 ペコリと頭を下げる。実際、余計な争いはしたくない。そんなことのためにこの世界に来たわけじゃないから。


「というわけで皆さん! 新しいクラスメイトのユヅキ君です! 仲良くしてあげてくださいねぇ~」


 クラスメイトからはささやかな拍手が送られた。だが、一部を除いてあまり歓迎している雰囲気ではなかった。まぁ一部の方も、我関せず状態だったけども。


 それもそうだろう。朝から、しかも編入初日にあんなことをしでかしたんだ。印象悪くても仕方ない。


 何となくザンの方を見ると、彼は拍手すらせず不機嫌な顔でそっぽを向いていた。すがすがしいほどの嫌われっぷりだな、俺。


「それではユヅキ君、君の席はイーネス様のお隣だから、そこに座ってねぇ」

「あ、はい。わかりました」


 言われるがままに俺は席についた。


 隣のイーネスはというと、心配そうな目をこちらに向け、


「……ごめんねユヅキ、初日からわたしのせいで嫌な思いさせちゃって……」


 と、俺を慮って謝ってきたので、


「イーネスのせいなんかじゃないよ。それに、気にしてないから大丈夫。学校でもよろしくね!」


 と、明るく返事をした。心なしか、イーネスの顔にかかっていた雲も少しは晴れたような気がした。


◇◆◇


 初めての異世界学校生活の午前中は、割と滞りなく進んだ。とはいっても、ディアム王からの要請で俺だけ別の時間割構成だったのだけど。王様、用意周到すぎ。


 そこでは、この世界や国の歴史、魔法やスキルの基礎知識や使用方法、戦闘における基礎的な兵法など、この世界や戦闘における基本的なことを教わった。驚いたのが、元居た世界と似通った部分が思ったよりも多かったことだ。


 例えば食材。何も考えていなかったが、一部を除いて馴染みがあるものばかりだった。そして、カレンダーも元居た世界で多く用いられていた太陽暦そのものだったし、クリスマスやハロウィンなどの年中行事までもが共通していてとても驚いた。


 この特別授業自体は一週間続くらしく、その間に多くのことを学び取り、元居た世界とは似通っていない新鮮な情報を消化、吸収しようと、改めて奮い立った。


 そんな午前中の時間割は終わり、俺とイーネスは待ち合わせていた教室で落ち合い、人気のない校舎裏の古びたベンチでロッテンマイヤさんお手製の弁当に舌鼓を打っていた。


「すごい……滅茶苦茶うまい……」

「でしょっ! 爺やは何でもできる万能執事なんだけど、料理だけは飛びぬけて上手なんだ」


 えっへんと、薄い胸を張るイーネス。その目立たないが形のいい鼻からは、フンスッと煙が出ているようにも見える。ロッテンマイヤさんの事を良く言われると、自分の事のように嬉しがる。よっぽどロッテンマイヤさんのことが好きなんだろうな。


 そう考えつつも、俺の箸は止まらなかった。実際はスプーンとフォークなのだが、言葉の綾的なあれだ。中でもおいしかったのが、ハンバーグだ。肉もそうだがなによりソースが半端じゃなくおいしい。コクと濃い旨味の後に颯爽と駆け抜けるトマトベースの爽やかな酸味がたまらない。


 やがて、弁当を食べ終わって後片付けをしつつ、


「いつもこの校舎裏でご飯食べてるの?」


 と、イーネスに質問をした。


「うん、そうなの。ここは、人があんまり来ないからね。結構穴場なんだよ?」


 へへっと、笑いかけながら答えるイーネス。


 この答えを聞いて、俺は質問したことを後悔した。イーネスの心の傷に塩を刷り込むような質問だったかもしれないと。


 俺が言葉に詰まっていると、イーネスがぽつり、ぽつりと話し出した。


「本当は、わたしの隠してたことを知られて嫌われるのが怖いから、あんまり話したくはないんだけど、やっぱり、それ以上にユヅキに隠し事をしたくないから、話すよ、本当のことを」


 俺はハッとした。だが、顔には出さず、首だけ縦に振って沈黙を保つ。


「わたし、『守護者ガーディアン』っていうスキルを持っていて、名目上はそのスキルがわたしの主要スキルってことになってるんだけど、先天的に発現していたスキル、『屍操術ネクロマンサー』ってスキルも持ってて……」

「『屍操術ネクロマンサー』……ザンが、死んだ人間の体を操るって言ってたスキルか」

「そう。このスキルの能力は『死者を腐り果てた醜い屍人に変え、生前の自我を保たせながら逆らえない奴隷とし、朽ちるまで駒にする』っていうものなんだけど……このスキルのせいで、わたしは王国の人たちから『呪われ姫』って呼ばれて嫌われてるの。一人の体に二つのスキルが発現するっていう異常事態も、これに拍車をかけてるんだと思うけどね。学院に行く途中にローブを着てたのも、わたしをみて起こるかもしれない余計な騒ぎをできるだけ起こさないようにするためなんだ」

「そ、そんな……それって、イーネスは何も悪くないじゃないか!」


 イーネスは、望んでそんなスキルを持ったわけじゃないだろうに、なぜこんなにも不当な扱いを受けないといけないのか。「それでね」と、イーネスは話を続ける。


「この『屍操術ネクロマンサー』は、命を冒涜するからって理由以外にも忌まわしいとされてる理由があって、というか、これが一番大きな理由なんだけど」


 そこで言葉を切って、深く息を吸って、吐く。ゆっくりと目を開け……。


「その理由はね、五十年前に大叔母様が封印して、そして今過去にない早さで復活を遂げた魔王が、大叔母様に封印される前にこのスキルを使って我が国を滅ぼしかけたという、忌まわしい過去があるからなんだよ」

「なっ……」

「まぁ、そんな『屍操術ネクロマンサー』によってもたらされた負の歴史がこの国にはあるから、わたしが悪く言われてもお父様としても何も言えないっていうか、学院自体もこのことがこれ以上広まらないようにするのが精いっぱいって感じで……。というか、わたしが悪く言われたり思われたりしちゃうのは仕方ないことなんだよね」


 自嘲気味に笑いながらそう話すイーネスの垂れ気味の目尻には、涙が滲んでいた。


 俺は、絶句した。先ほどイーネスは『死者を屍人にし、自我を保ちつつ自在に操る』みたいなことを言ってたよな。


 もし、親しい友人がそのスキルによって屍人にされたなら……。


 もし、恋人が屍人にされたら……。


 もし、家族が屍人にされたら……。


 その人たちが自分のことを殺しに来たのなら、どれだけ絶望的だろうか。


 屍人側もそうだ。自我はあるわけだから、自分の見知った人、その中には自分の家族もいたかもしれないが、その人たちを、言うことは聞かないが意識はあるその体で朽ち果てるまで人を殺して回らないといけないなんて……。


 考え出したらきりがないし、想像するだけで嫌悪感と不快感が溢れてくる。というかそれは、常人の感覚では到底許容できるものではなかった。


 不快感、嫌悪感以前に、生命としての本能が、それを拒んでいた。


「味方だったはずの人に傷つけられ、命を狙われ、でもその人は自分を襲いながらも謝罪を繰り返すの。ごめんなさい、ごめんなさいって……。自分の意思じゃどうにもならないから。屍人は、命令にしか従えないから」


 イーネスは、俯きながらぎゅっと拳を握る。


「その恐ろしく忌まわしい能力のせいで、国の方も対処が遅れて滅びかけちゃってね……大叔母様が何とか封印したって話だけど、そこから大叔母様の消息も今の今まで不明らしいし……って、これは関係ないか」


 あははと、力なく笑うイーネス。この時俺は、咄嗟に浮かんだ疑問をつい口にしてしまった。


「でも、そんな負の歴史を持つスキルなら隠しておけばよかったんじゃないか? 刻印を誰にも見えないようにしてさ」

「うん、もちろん最初のうちはそうしていたよ。でも、結局バレちゃった」

「……それは、どうして?」

「わたしが七歳の時に、実の母……お母様が亡くなっちゃってさ。病気だったんだけどね。その時、もちろんわたしはとっても悲しかったんだけど、自分で思ってた以上のショックを受けてたみたいでさ……。現実を認めたくなかったんだと思う。気が付いたら、無意識のうちにお母様を『屍操術ネクロマンサー』で操って動かして、そのお母様と手を繋いで「お母様は死んでなんかない!」って叫んでたの。大勢の国民や参列者がいる国葬の最中に……ね」

「――――」

「そう、バレちゃったの。だから、屋敷の外に出るときは、できるだけ騒ぎにならないようにこのローブと仮面をつけてるんだ」


 そう言ってイーネスは腰にぶら下げていた鉄製の仮面をポンっとたたき、ローブについているフードを被るしぐさをする。


 今度は、咄嗟には言葉は出てこなかった。予想外の告白に大きな衝撃を受け、思考が停止してしまった。掛ける言葉が見つからなかった。


 いや、そもそも、何の配慮も思慮もせずに出まかせの質問を投げかけた俺が悪いのだ。かける言葉は一つしかない。


「……ごめん、嫌なことを話させちゃって」

「ううん、いいの。もともとわたしから話し出したことだし、いつかは話さなきゃって思ってたしね」

「で、でも、本当は話したくなかったはずなのに……」

「それもいいの。今も言ったけど、話し始めたのはわたしだから。それに、今朝の一件でわたしがクラスで良く思われていないのはばれちゃってただろうし。あ、だからね! 初めてユヅキと会った時に、ユヅキも「いじめられてるんだ」って話してくれたでしょ? 実はあの時、勝手に親近感持っちゃったんだよね」


 今度はへへっと、照れ笑いを浮かべてそう言うが、やはりその照れ笑いも少し暗い気がする。


「確かに、お互いいじめられっこ同士だね」


 俺は、笑いながら努めて明るく返す。そして、笑顔を引っ込めて真面目な表情を作ってからイーネスにこう言った。


「それで、今聞いた話を踏まえてなんだけど、俺はそれでも、イーネスのことが好きだ」

「ぼひゅっ!」


 変な音を立てて顔を真っ赤にするイーネス。本当に、よく表情が変わる。表情が豊かなのは、イーネスの長所の一つだと思う。


「すすすすすすっ、すーー!?」

「うん、好きだよ。これからも友達でありたいという気持ちは、話を聞く前と後でもこれっぽっちも変わってない。だから、安心してほしい」

「な、なーんだ、友達かぁ……」

「え? い、嫌だった……?」

「いやいやいや! 嫌なわけないよ!? 何というか、思ってたのと違ったというか……でも、でも! すごく、嬉しい。わたしの素性を知ってそんなこと言ってくれた人、産まれて初めてだから」


 今度は、陰りのない笑顔を見せるイーネス。やっぱり、イーネスは暗い顔よりも明るい顔の方が似合っている。


「という訳で、隠し事も話してくれたことだし、改めてこれからもよろしくな!」

「うん! こちらこそよろしくね!」


 俺たちは笑顔でうなずきあい、固い握手を交わすのだった。


 こうして、初日の昼休みは過ぎていった。残すは午後の実践形式での授業だけである。気合を入れて、頑張るぞ。 


 そう考える俺は、この時はまだあんな事態になるなんて思いもしていなかったのだった。

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