第六話 優月、学院に編入する

「ほっほっほっ、丈もばっちり、よくお似合いですよユヅキ様」

「そうだね、とっても似合ってるよ、ユヅキ」

「あ、あはは、そうかな……ありがと」


 恥ずかしさを隠せない表情で頭を掻きながらとりあえずの礼を口にする俺。


 俺は、朝早く起きて学院の制服の試着をしていた。俺とイーネスが初めて会った時にイーネスが着ていた服はどうやら学院の制服だったらしく、色合いや装飾などのデザインはそれと大差なかった。


 下は白色のパンツに黒革のブーツ、上は黒色のワイシャツ、その上から膝上まで伸びる真っ白なロングコートを羽織る形だ。汚れが目立ちそうなパンツとコートにはアクセントで黒の細線が走っていてカッコいいし、コートに至っては下部分に向かうにつれて黒っぽくなっていくようなグラデーションが入っていてこれまたカッコいい。カッコいいのだが……。


「……これ、めっちゃ恥ずかしいんだけど」


 そう、慣れない服を着たせいか、着ていてとても恥ずかしい。ロングコートとか普段は高校生をやっていた俺が着る機会なんて無かったし、着ている人もあんまり見たことない。ぶっちゃけ、家から持ってきた服で登校したい。


「えー、なんで? 似合ってるのに。ね、爺や」

「ええ、そうですね。イーネス様のおっしゃる通りですよ、ユヅキ様。再度申しますが、よくお似合いです」

「ぐぬぬ……そういわれたら拒否するのも申し訳なくなる……」


 ねー、と頷きあう二人に押されて、渋々我慢することにした。まあ、着ているうちに慣れるだろう。住めば都っていうやつだ。違う? 違うか。


「それはそうとユヅキ、制服の着かたはわかった?」

「うん、それは大丈夫だよ。服自体の造りも、元の世界とほとんど変わらないみたいだし」

「そっか、ならよかった」


 うんうんと頷くイーネス。そんなイーネスと一緒に、これから学院に向けて出発する。馬車も使えるらしいが、イーネスは歩いていくのが好きらしく、俺もそれに倣う。


 距離的には一時間弱くらいかかるらしいが、俺も歩くのは嫌いじゃない。


「そう言えば、フリッツ様から言伝があります」

「兄さまから? あ、またいつものやつでしょ?」

「ええ、その通りでございます。『わが愛しの妹よ、事故にあわないよう、気を付けて行くんだよ』とのことです」

「毎日じゃなくていいって言ってるのに……兄さんってば心配性なんだから」


 呆れたような笑顔とともに、イーネスの頭をすっぽりと覆っているフードが揺れる。そういえば、なんでローブなんか着て、フードまで被ってるんだ? それに、イーネスの顔の下半分を隠す、おそらく鉄製の仮面までつけてるし。


「そうおっしゃらずに。フリッツ様は、ご家族のことをとても大事にされる方ですから」

「あはは、確かにね。それじゃ、行ってきます。ほら、ユヅキ、行こ?」

「あ、うん。行ってきます」

「ええ、お気をつけて」


 手を振って見送ってくれるロッテンマイヤさんを背に、俺たちは歩きだした。


◇◆◇


「フリッツの言伝って、毎日届くの?」

「うん、そうなんだ。兄さん、公務で忙しくてほとんど屋敷にもいないからさ。ほぼ毎日、王城にこもってお父様の手伝いをしてるの。だから、昨日屋敷にいたのは、少しびっくりだったんだ。よっぽどユヅキと会って話がしたかったんだろうね」


 嬉しそうな表情でそう話すイーネス。きっと、フリッツとはとても仲がいいのだろう。


 その後も、イーネスにいろんなことを教えてもらいながら歩いた。


 このオーベルライトナー王国は、王城を中心に二重の壁が走っており、内にある六角形の壁の内側には王城、そして外側の壁と内側の六角形の壁の頂点からまっすぐ伸びる壁で仕切られた六つの地区、さらにそのまっすぐ伸びる壁で仕切られた地区が六つの合計十二個の地区と一つの王城で構成されていることや、学院は屋敷の地区から一つ地区を跨いだところにあること、そのほかにも、俺の質問に、イーネスは懇切丁寧に答えてくれた。


 そうこうしているうちに、地区を跨ぐための門が見えてきた。


「わたしたちの屋敷があるのがこのシア地区で、今からくぐる門の先にあるのがへクス地区。学院があるところだよ」

「なるほど……そういえばイーネス、さっきから、というか、屋敷を出た時から気になってたんだけど」

「うん? どうかしたの?」

「その恰好……なに?」

「うっ……こ、これは……」


 俺にそう指摘されたイーネスは、学院の制服の上から茶色いローブを羽織り、フードを目深にかぶっている。なんだか、顔を見られたくないような感じだ。心なしか、声も普段より控えめな気がする。


「……これに関しては、学院のお昼休みにでも話すから……ってことじゃダメかな?」

「うん、それでいいよ。というか、別にいつでもいいよ。話したくなかったら無理に話さなくてもいいし」


 誰にだって、そういう類のことはあるだろう。俺が、家族にいじめられてることを知られたくなかったように。イーネスの雰囲気的に、そういった類の匂いがしたのだ。


「そっか。でも、学院に着いたらすぐにわかっちゃうと思うなぁ……」


 イーネスは、悲しそうに笑ったまま俺の方を見る。


「……ユヅキは優しいんだね。だからこそ、わたし、不安だし怖いんだ」

「それって、どういう……」

「はい! とりあえずはおしまいっ! ほら、遅刻しちゃう。早くいこ」


 パンッと手をたたき、イーネスは笑顔でそう促す。


「え、あ、ああ、うん、行こう」


 心にしこりを抱えたまま、俺はイーネスの後に続いて門をくぐった。


◇◆◇


「でっ……かぁ……」

 見渡す限り施設や校舎が立ち並び、生徒と思しき人たちが行き来している。

「ここが……『レヴィ=ストロース学院』か……」

「そう。ここが、今日からユヅキがわたしと通うことになる学院だよ」


 隣で、イーネスが微笑む。


「確か、クラスはお父様の計らいでわたしと同じクラスになってるはずだから、このまま一緒に行こうか。道、ちゃんと覚えるんだよ?」


 流石王様、えげつない権力。


「うん、助かるよ」


 そう言って学院内をずんずん進んでいくイーネス。その隣を、半端じゃない広さの学院内をキョロキョロ見まわしながら歩いている俺の目に、ふとイーネスの横顔が映る。


 学院の門の前でローブを脱ぎ、あらわになったイーネスの顔には、学院内を進んでいくにつれ、だんだんと怯えの表情が刻まれていた。心なしか、周りの視線が痛いような気もする。


 何かに怯えるような……。


 そう、それはまるで、あの時の、教室に入る前の俺のような表情……。


「ユヅキ、着いたよ。ここがわたしたちの教室」

「……あ、ああ、うん、ここね」


 ぶっちゃけ、思案に必死で道を覚えるのを忘れていたのだがとりあえずごまかす。

 その教室のプレートには、【戦闘学部】と書かれていた。


 移動中に聞いた話なのだが、この学院は対魔王戦のため、そして国自体を強くするためという名目で設立された軍事施設らしく、大まかに分けて【戦闘学部】と【研究学部】があるらしい。そこから派生して様々な学科もあるみたいだ。元居た世界での大学のイメージに近いのかなぁと勝手に思ってみたりする。


 まぁともかく、この二つの学部であれば【戦闘学部】が妥当だろうな。将来的には魔王と戦うわけだし。


 勝手に納得している俺の隣で、イーネスは教室のドアに手をかけ、深く深呼吸をしていた。その顔は、先程に増して、ひどく怯え、青ざめた唇を噛み締めていた。


 まるで、いじめられていたあの日の俺のように。


 いや、まさかな……。


 俺は、浮かんできた嫌な予想を反射的に否定した。そんなの、信じたくないじゃないか。そんな俺の方をイーネスは見やり、


「ねぇ、ユヅキ。少しの間でいいから、手、握ってくれない?」

「え? うん、いいけど」

「ん。ありがと……」


 差し出された手を、俺は握り返した。その手は、小刻みに震えていた。


 瞬間、俺の中で何かが繋がった気がした。


 『父親』として、イーネスと仲良くしてくれと頼んできた王様。


 妹のことを頼む、と耳打ちしてきたフリッツ。


 地区を跨ぐための門をくぐる前のイーネスの言動とそれによるしこり。


 ……信じたくないけど、もしかすると、もしかするかもしれない。


 俺は、少しだけ握る力を強める。動揺していたのだと思う。なぜなら、あの時の自分と今のイーネスを重ねてしまい、しかもそれが、嫌にぴったりと重なってしまったからだ。


 ただの、俺の思い違いであってほしい。俺と同じくらいつらい、もしくはそれ以上のつらい思いをイーネスがしているかもしれないなんて、思いたくもない。


 いや、落ち着け。まだ、決まったわけじゃない。


 俺が動揺から覚め、落ち着きを取り戻すと、その時にはイーネスの震えも少しだけ収まっていた。


「うん、もう大丈夫。ごめんね、変なお願いして」


 そう言ってはにかむイーネスの顔は、明るかった。ただ、その明るさは、だれがどう見ても『無理をしている』とわかる類のものだった。


「このくらいなら、いつでもお願いしてもらっていいよ」


 我ながら、へたくそなフォローだと思う。


「えへへ、ありがとね。じゃあ、入ろうか」


 そういって、再びドアに手をかけるイーネス。そして、勢いよくドアを開いた。

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