第五話 王家のお屋敷

「おかえりなさいませ、イーネス様。よくぞご無事で。そして、ユヅキ様。話は王様よりお伺いしております。ようこそおいでくださいました、歓迎いたします」


 屋敷につくと、その門の前で執事服を着た老父が出迎えてくれた。


「ユヅキ、この人は執事のロッテンマイヤさん。屋敷のみんなからは爺やって呼ばれてるの。この屋敷の管理や、わたしたちの身の回りの世話をしてくれているんだ」

「ご紹介にあずかりまして光栄です。私は、このお屋敷を預かっております、執事のロッテンマイヤと申します。何か御用がございましたら、何なりと私めにお申し付けくださいませ」

「なるほど、分かりました。こちらこそ、これからお世話になります。天梨優月といいます。よろしくお願いします」


 ペコリと、頭を下げる。


「これはこれは、ご丁寧にどうも。それでは、お部屋に案内させていただきます。ささ、どうぞ」


 そう言って執事服の老父――ロッテンマイヤさんは、屋敷の中に案内してくれた。

 屋敷の中は、王城とは打って変わってとても質素だった。とはいっても、十分に豪華な装飾はあるのだが、王城ほど派手ではないものばかりだ。


 だけど、全部で二階ある屋敷の広さは十分で、慣れないうちは迷ってしまいそうだった。


 あちこち見て回って、食堂やトイレの場所などの要所を確認して回ったあと、最後に俺が使うことになる部屋に案内された。ちなみに、俺の部屋は二階。


「最後にこちらが、ユヅキ様の部屋でございます」

「なるほど、分かりました。ありがとうございます」


 どういたしまして、と、にこやかに頷くロッテンマイヤさん。


「それでは、荷物を置かれましたら、イーネス様とご一緒に書斎にお越しください。フリッツ様がユヅキ様に会いたいとおっしゃっていましたので」

「フリッツ……様?」

「兄さんが……なるほど、わかった。すぐに向かうね」

「ええ、お待ちしております」


 一礼して、ロッテンマイヤさんは歩いて行ってしまった。イーネスとともに、今日から俺の部屋となる一室に入る。そこは、一人で使うには十分すぎるほど広い部屋だった。


「ねぇイーネス、その、フリッツ様って誰?」


 窓からはとても広くて整備の行き届いた中庭が見える。大きな噴水まで備わっていて、流石は王族の屋敷って感じだ。


 その景色を眺めつつ、俺は部屋の隅に設置されているテーブルに、元居た世界から持ってきた荷物を置きながらそう質問した。


「それは、わたしの兄さんだよ」

「イーネスって、お兄さんがいたんだ。ということは、この国の王子様……?」

「うん、そうなの。ちなみに姉もいるんだ。兄さんと姉さんはわたしとは腹違いなんだけどね」

「え? 腹違いって……」

「兄さんと姉さんは同じ母親で、本物の兄妹。わたしだけ、母親が違うの」

「そ、そうなんだ。ごめん、こんなこと聞いて」


 まずいことを聞いてしまったと思い、俺はすかさず謝った。イーネスは笑いながら「謝らなくてもいいのに」と言ってくれたが、心にもやもやが残る。


「ほら、そんな顔しないで。本当に気にしてないから。それよりも、早く書斎に行こ」


 本当に気にしてないといった様子でイーネスがそう言う。そうだ、イーネスのお兄さん――フリッツ様が呼んでるんだった。


 そう言えば、お姉さんもいるって言ってたよな。後であいさつに行こう。


 そう決心して、俺はイーネスとともに書斎に向かった。


 ◇◆◇


 書斎についた。正確には、まだ扉の前なのだけど。イーネスが、細微な彫刻の施された木製のドアをノックする。


「兄さん、只今戻りました。『英雄の器』たる人物を連れてきました。入室してもよろしいでしょうか」


 その声は、重厚な扉越しに届いたらしい。すぐに返事が返ってきた。


「ああ、構わないよ」


 とてもきれいな声だった。少し低めの、よく通る声だ。


「ありがとうございます。では、失礼します」

「あ、失礼します」

 ドアを開けるイーネスに続き、俺も書斎に入った。その瞬間、

「イーッネスッ!」


 ものすごい勢いで人が飛んできた。俺はびっくりして、思わず隅の方に飛び退いてしまった。


 何が起こったのかと周りを見渡すと、そこには一人の男性に抱き着かれたイーネスがいた。


「ああ! わが愛しの妹よ! よくぞ無事で戻ってきた! 兄さんは、嬉しくて、うれしくて……うぅ」

「な、なんで泣いているんですか兄さん……。あの、無事に戻りましたので離れてください」


 兄さん……ということは、今イーネスに抱き着いているあの人がフリッツ様……?


 なんか、全然イメージと違うな……。


 俺が呆気にとられていると、ハッとなったフリッツ様がこちらを勢いよく見る。そして、これまたすさまじい速さで俺の近くに飛んできて、俺の手を握る。


「おぉ! ということは君が『英雄の器』の?」

「あ、は、はい、そうです。フリッツ様ですよね?」

「ああ! そうだとも! 僕の名は、フリッツ=ベネテッド・スティリア・モ・ザ・オーベルライトナーだ。長ったらしいだろう? フリッツで結構。様も、さんも、必要ないよ」

「そ、そうですか、フリッツ様……じゃなくてフリッツ。俺は、天梨優月です。よろしくお願いします」

「その固い敬語もやめたまえよ。爺やから話は聞いている。ユヅキだな? よろしく頼むよ」


 そう言ってにっこりとはにかむフリッツ様……いや、フリッツでいいのか、そうか。


 敬語も嫌がられてしまった。この世界の王族はみんなこんな感じでフランクなのか……?


「よし! それでは顔合わせも済んだことだし、僕がこの書斎に君を呼んだ理由を話そうと思う」


 そう言って立ち上がり、ごほんっと咳払いをするフリッツ。イーネスのものよりも色が濃い金髪を撫で、イーネスと初めて出会った時の空のような、突き抜ける青色をした目で俺をまっすぐ射抜いた。


「ではユヅキ、出会っていきなりで悪いが、僕と友人になってはくれないだろうか」


 ……なんだろう、すごいデジャブ感がするんだけど。


 なんなんだこの一家は。どうして俺に友達申請をしてくるんだ。いや、嬉しいよ? 嬉しいけども!


 そもそも、友達って「なって」と言われてなるようなものだっけ。それって小学校低学年までのイメージなんだけど……。まぁいいか。


「あ、うん、それはもちろん喜んで」

「ほ、本当か!? よっしゃあ!」


 お? 爽やかなイケメンフェイスからは想像できない豪快なガッツポーズだ。こちらの世界に来てからまだ半日ほどしかたっていないが、いい意味で王族のイメージがぶち壊されている俺である。


 もっと威張り散らしていて、偉そうで嫌な感じかと思っていたのだが、偏見だったようだ。


「良かったですね、兄さん」

「ああ! よかったとも! 身分柄、というか立場上、友人と呼べる関係の人物は少なくてね……。僕自身、とても寂しいというか虚しいというかなんというか。だから、今日から僕らが住んでいる屋敷の仲間が増えるということで、絶対に友達にならねばと思っていたわけだよ」


 俺を、爪先から頭のてっぺんまで眺めながらフリッツは言う。


「そ、そうなんだ、大変なんだね……。その、これからよろしくね」

「ああ、こちらこそ」


 がっしりと握手を交わした俺たち。そんな俺たちを見ながら、イーネスはフリッツにある質問をした。


「あの、兄さん。姉さんはまだ……?」


 瞬間、フリッツの表情が雲る。


「……そうだ。ユーリは、まだ容体が芳しくない。今も、部屋で寝ているよ」

「そ、そうですよね……」


 ユーリ、会話から察するに、おそらくはそれがイーネスのお姉さんの名前だろう。


 しかし、どういうことだ? イーネスのお姉さんは、何かの病気なのか? 今の二人の会話から察すると多分そうなんだろうけど……。風邪? それとも何か他の……?


 考え込む俺に気づいたのか、フリッツが話してくれた。


「ユーリ、僕の妹でイーネスの姉がいるのだが、頑丈な僕とは正反対で昔から病気がちでね。今も体調を崩していて、とても人に合える状態ではないんだ」

「そうなんだ……じゃあ、あいさつはまた今度がいいかな?」

「そうしてくれると助かる」


 なるほど、じゃあそうしよう。


「では、改めて礼を言おう。ユヅキ、僕の友人になってくれて、そして何より、この世界のために異界より赴いてくれて、ありがとう。これから、よろしく頼む」

「ああ、こちらこそ、よろしく」


 俺たちは、再び握手を交わした。その時、フリッツが俺の手を引いて、書斎の少し離れた壁際に移動した。そして、声を潜めて、こう耳打ちした。


「ユヅキは、イーネスと同じ学院に通うそうだな。ならば、妹を……イーネスの事を、どうかよろしく頼む」


 どういう事だろうか。よくわからないが頼まれてしまった。


 しかし、フリッツの表情は真剣そのものだった。きっと、イーネスにも何かのっぴきならない事情があるんだろう。


「……わかった。事情はよくわからないけど、頼まれたよ」

「ああ、頼んだ。僕自身忙しい身でね、今すぐにでもどういうことなのか詳細を話したいのだが、それ自体がかなり込み入った事情でね。手短に説明ができないのだよ。だから、今は頼む、としか言えないが、そう言ってくれると助かる」


 俺の肩をポンッと叩き、イーネスの方に背中を押す。振り返ると、フリッツはゆっくりと頷いた。俺もうなずき返し、そのままイーネスとともに書斎を後にした。部屋に戻る途中で、イーネスにフリッツと話していたことを聞かれた。


「ねぇ、ユヅキ。兄さんと何を話していたの?」

「うーん、内緒。男同士の約束ってやつ」

「えー、なにそれ。まあいいけど」


 ツーンとそっぽを向かれてしまった。

 そんなこんなで少し歩いていると、俺の部屋についた。


「夕食は十九時だから、その時間に食堂に来てね」

「うん、分かった……ってあれ?」

「なに? どうかした?」


 軽く首をかしげるイーネスは、俺の隣の部屋のドアノブに手をかけている。


「イーネスの部屋って、俺の部屋の隣なんだ」

「うん、そうだよ。爺やに頼んでそうしてもらったんだ」


 え? なぜに?


 ロッテンマイヤさんもなんで許可したんだ? 女の子の隣の部屋なんて、落ち着て過ごせるわけがないんですけど……。俺の自意識過剰なだけかもしれないけどさ。


「だって、わたしが異世界から連れてきた人に何かあったら大変だし、とっても心配でしょ? だから、ユヅキに何があっても、いつでも駆けつけられるように隣の部屋にしてもらったの」


 オカンか! と突っ込みを入れたくなったが、こらえる。


「そ、そうなんだ。わかった。じゃあまたあとで」

「うん、あとでね」


 そのやり取りを最後に、俺たちは別れた。


 部屋に入った俺は、隣の部屋を若干意識しつつも早速自室の整理を始めた。開いている本棚に元の世界から持ってきた、じいちゃんがくれた秘伝書の写しを詰め込み、枕元には木刀などの武器類を一つずつ立てかけ、それ以外は棚にしまった。テーブルの上には、俺が昔から独自に続けている『柳刃天穿流古武術+戦闘に関して』の研究ノートを広げ、いつでも書き込みができるように筆記用具も添えておく。


 一通り片付け終えた俺は、ふかふかのベッドに大の字になって体を沈める。


 十九時に食堂、だったよな。


 壁には時計が掛けてある。こちらの世界の文字だろうか、円盤に見慣れない数字で『十二』まで書かれた時計だ。見慣れないはずの文字が何故か読めるという違和感には、早くも慣れつつあった。


 その時計をしばらく眺めていたら分かったのだが、どうやら、時間の概念は元の世界と同じらしい。六十秒で一分、六十分で一時間、十二時間で半日、二十四時間で一日である。


 それに、気にしてはいなかったが、元居た世界とこの世界ではいくつかの共通点がある。時計もそうだし、衣類なんかもやはりこちらの世界独特の要素が強いんだけど、どことなく現代的な雰囲気が感じられる。でも、城の建築はゴシック建築に近く、家具のデザインも、あくまで俺の感覚だがその時代辺りのものに近い印象を受ける。その辺りは現代的な価値観で見ると、衣服と比べて時代のずれのようなものを感じる。


 強くなるのも優先的だけど、もっとこの世界のことを知らないといけない。元の世界との共通点や、差異など、学院、そして生活していく中で沢山学ばなければ。これから始まる異世界での新生活、気合を入れ直さなければならない。


 俺の密かな決意とともに、異世界での初日は過ぎていった。


 そして、次の日の朝――。

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