第二話 能力鑑定

「ユヅキ殿、さぁ、こちらへ」


 先程、王様に命じられ『能力鑑定』の準備をしていた老人から声をかけられた。

 長く伸びた豊かな白いひげと対照的な禿頭、その下の高い鼻にモノクルを乗せた穏やかな雰囲気の人物だ。


 きっと、準備が終わったのだろう。俺は呼ばれるがままにその老人の近くに行った。


「その男は、『賢者』リガレット・シュトリンプスだ。この国一番の知識量を誇る男故、賢者の名は伊達ではないぞ。『能力鑑定』のすべてはこやつに一任している。あとは、こやつの指示に従うがよい」

「あ、はい、わかりました。リガレットさん、よろしくお願いします」

「ご紹介にあずかりまして光栄です、王様。こちらこそよろしくお願いしますよ、ユヅキ殿」


 にっこりと、老人――『賢者』リガレットさんは微笑む。


「さて、ではこれより、『能力鑑定』の説明をさせていただきますが、よろしいですか?」

「はい、お願いします」


 いよいよ始まるのか。

 俺は、聞き漏らしが無いようにしっかりと耳を立てて聞いた。


「分かりました。まずは、『素質鑑定』です。これは、人間が体内で生産する『オド』の量、空気中に浮かぶ『マナ』への適正、適性のある魔法、『霊力』に対する順応度の鑑定を執り行います」

「あ、あの、質問良いですか?」

「はい、なんでしょう」

「『マナ』に関してはイーネスに軽く説明してもらったので何となく分かるんですけど、『オド』と『霊力』って何ですか?」


 『マナ』に関してはイーネスのおかげでざっくりとは分かるが、『オド』も『霊力』も、初めて聞いた。


「その二つの大きな違いは、それぞれの使用用途ですね。『オド』は魔法を行使する際に使い、『霊力』はスキルを発現する際に用います。『霊力』の方は『マナ』と同じく空気中に含まれているのですが、『オド』は自分の体内で作られ、一定量蓄えられている魔法の素かつ生命の源です。これが欠乏するとなかなか危険なのですが……おっと、話がそれました。早速鑑定に移りましょうか」

「はい、わかりました」


 魔法で使うのは空気中のマナじゃないのかーとか、スキルってなんだーとか、謎は増える一方だけどまぁとりあえずいったん保留だ。


「ではユヅキ殿。この水晶に手を当ててください」


 謎に対する質問欲をいったん断ち切る俺の目の前に、磨き抜かれた美しい水晶玉が、布を挟んでリガレットさんの掌に乗っかっていた。水晶玉の中には虹色が揺れていて、思わず引き込まれそうになるくらいに綺麗だった。


「わ、分かりました。こう……ですか?」

「結構。では、始めます」


 リガレットさんが頷き、その言葉を言い終えると同時に、水晶玉が赤く輝きだした。みると、リガレットさんの掌から水晶玉に向かって光が注がれている。


 どれもこれも全く持って信じがたい光景だが、なんだかもう慣れてきた。人間、案外適応できるものなのかもしれない。


 その水晶玉の中から、沢山の光の糸が勢いよく飛び出し、複雑に、そして緻密に絡み合って円形の魔法陣を目の前に完成させた。


 リガレットさんは、しばらくそれを見つめたのち、掌の光をだんだんと弱めていった。それに続くように、魔法陣も光の糸に戻って霧散する。


「なるほど、なるほどなるほど分かりました」

「え? もうわかったんですか?」

「ええ、十分にわかりましたとも」


 リガレットさんは豊かな顎髭を撫でながらゆっくりと頷く。ドキドキするなぁ、どんな結果だったんだろうか。


「では、紙にしたためます故、少々お時間を」


 そう言って、リガレットさんは水晶玉をテーブルの上にそっと置き、そのテーブルの端の方に乗っていた紙に羽ペンで何やら書き出した。俺の鑑定結果なんだろうなとは予想がつくが。


 リガレットさんは一分もかからずにペンを置いた。そして、今し方書いた内容を他の紙に魔法でコピーした。魔法すげぇな。


 複数枚のコピーを終えたところで、ほうっと一息をついて、その中の一枚を俺に配ってくれた。


「完成いたしました。では、こちらを。書いてあることを読み上げてもらえますか?」

「ありがとうございます、わかりました。では、」


 その紙には、こう書いてあった。


 オドの量……並

 マナ適正……極大

 適正魔法……身体強化系

 霊力適正……極大


「うーん、いまいちわからないんだけど、イーネス、これどういう事?」


 全くと言っていいほど良し悪しが分からなかった俺は、近くにいたイーネスに聞いてみた。


「うーん、難しいなぁ。簡単に言うと、魔法もスキルもとても器用に使えるけど、魔法に関して言えば、大きな魔法を使うのは難しいって感じ……だと思う」

「流石はイーネス様、ご慧眼ですな」


 ほっほっほと、髭をすきながら笑うのはリガレットさん。


「今し方イーネス様がおっしゃられた通りですぞ、ユヅキ殿。魔法に関して言えば、なかなか扱いが難しい魔法に適応をお持ちのようですな。身体強化系の魔法は魔力の加減の調整が難しく、誤ると体が負荷に耐えられず壊れてしまいますぞ」

「え? そうなんですか? ハズレ……だったりします?」

「見方によってはそうなりかねませんな。しかし、悲観してはなりませぬぞ。鍛錬を重ねさえすれば、ある程度モノにできるはずですからな」

「なるほど……」


 使いこなせるかどうかは俺次第ってわけか。そういわれるとなんだかやる気が湧いてくる。


 ここで俺は、『能力鑑定』の直前に抱いていたいくつかの疑問のうち、一番引っかかっていたことを質問してみた。


「あの、リガレットさん、『スキル』って何ですか」


 リガレットさんはしまったという表情を浮かべ、禿げあがった頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「いやはや、私としたことが説明しそびれていましたね。これは申し訳ない」


 コホンッと一息置いて、リガレットさんの説明が始まった。


「『スキル』というものは元々は神しか扱えない特別なもので、それをひ弱な我々人間に神が与えてくださった、魔族と渡り合うための対抗手段です。特徴としては、個人の心や性格、精神と密接に関係する力を持つスキルを得ることが多いことですぞ。例えば、イーネス様であれば、そのお優しく常に他人の身を慮られる質の御心に違わない、『守護者ガーディアン』というスキルをお持ちです。そして、個人と密接に関係しているが故、発現したスキルは手足のように自在に操れるのです」

「なるほど……魔法とは別物という訳ですね」

「その通り、全くの別物です。兵法と魔法しか戦う術を持たない我々に、尊き神が与えてくださった第二の力という訳です」


 神か……魔法に魔王、おまけに神も存在するなんてな……。さすが異世界、とすんなり受け入れてしまってもいいのだろうか。


 リガレットさんが「そして」と続ける。


「スキルを発現させている人には、体のどこかに特有の刻印が現れます。その刻印の色でスキルの『レベル』が決まるという訳です」

「『レベル』ですか?」

「ええ。『レベル』からそのスキルの珍しさや強さなどがある程度判断できるのです」


 リガレットさんの話によると、スキルのレベルは最大五まであって、色は一から順に、緑、青、赤、銀、金という順番でレベルが高くなるとのことだった。(イーネスのスキルのレベルは『銀』らしい。すごい。)


 ちなみに、刻印の形で『スキル』の判別ができるらしい。形と種類は、遠い昔から書物にまとめてあるんだと。


 俺は、これから魔王を封印するために『英雄の器』を大成させなければならない。そして、そのためには今まで以上に古武術の鍛錬を重ね、学院での学習を行い、少しでも強くならなければならないだろう。要は、伸びしろをいい意味で消化していくわけだ。


 つまりはそう、少しでも強くならないといけないのだ。だから、『スキル』はできればイーネスと同じ銀、それか金のスキルであってほしい。あとは戦闘向きのものとか、欲を言えばまだある。でも実際、そこは俺の心次第らしいから、どうなるかは自分自身でもわからない。自分の心なんて分かっているつもりにっているだけであって、たいていの人間はわかっていないものだろう。


「それでは、次の段階の『能力鑑定』に移りましょうか」


 リガレットさんは、禿頭を撫でまわしながら続ける。


「次の『能力鑑定』は、『スキルの発現』です」

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