第一章

第一話 王国の状況

「ただ今戻りました、お父様」


 イーネスがその場に跪く。慌てて俺もそれに倣う。お父様か、なるほど。つまりは王様ってことかな?


「ご苦労であった、イーネス。して、そちらの少年が『英雄の器』の?」

「その通りです、お父様。……ほら、ユヅキ、自己紹介して」


 イーネスが肘で俺の脇腹を小突く。


 俺はハッとして、王様らしき人物の方を見る。その人は、感情の読み取りにくい表情をしていた。確かに、名前も名乗らず無礼だったかもしれないが、気に障っていないことを祈る。


「名も名乗らずに失礼しました。俺は、天梨優月です。イーネスから話は聞いています。俺にできることならば協力させてください」

「アマナシユヅキ、か。うむ。余は、このオーベルライトナー王国現国王、ディアム=ドロキア・スティリア・ロ・ザ・オーベルライトナーである。……対面して早々で悪いが、名で呼んでも?」

「え、はい。何なりと呼んでください」

「……して、どの部分が名であるか?」

「あ、ユヅキが名前です」

「なっはっはっはぁ、そうかぁ! では、歓迎するぞ、ユヅキ」


 感情の読めない表情から一転、にっこりと人懐っこい笑顔を浮かべる王様。

 にしても、名前で呼ばれるとは思ってなかった。ずいぶんフランクな王様だな。


 ともかく、無事に異世界転移できたってことでいいのかな。そういえば言葉も、知らないうちに理解できるし話せるようになってる。でも、日本語を話している感覚では無くて、全く別の言語を話している感覚はしっかりあった。これも、『ゲート』の副次的機能なんだよな。すげぇな、古代魔法装置。


「さて、余らがユヅキを異界の地から呼び寄せた理由はイーネスから聞いているとは思うが、抜け漏れはないな?」

「ええ、おそらくは。この世界に封印されていた魔王が前代未聞の早さで復活、その際に『選定の魔石せんていのませき』によって選ばれるはずの勇者が選ばれず、異世界より『英雄の器』を持っている俺が『選定の魔石』に選ばれ、この世界に転移した。こんな感じですよね」

「うむ、大方合っているな。だが、一つ付け加えをしておくべきことがある」

「……付け加え、ですか……」


 付け加え、か。悪い方の付け加えじゃないといいんだけど。王様は先程の笑顔から一転、またもや感情の読めない顔をしていた。


「そんなに身構える必要はない。悪い付け加えではないのでな。実は、我が国の騎士団による調査で分かったことなのだが、魔王は復活こそしたものの、生体反応がとても鈍く、しばらくの間は脅威にはなり得ないということが分かったのだ。今は、魔界の扉を固く閉ざし、その上から結界を多重展開。現状はそこに身を隠しているとのことなのだよ」

「え、そうなんですか?」


 驚いた。どうやら、魔王とやらは弱っているらしい。その上、根城に引きこもっているとの事。

 ちらっとイーネスの方を見ると、イーネスはとても驚いた顔をしていた。


「うむ。調査に出ている騎士団の見立てによると、どうやら過去に例を見ない早さで復活した反動により、十分な力を取り戻せていないのではないかとのことだ。その状態で、強力な結界の多重展開を成すなど、にわかに信じがたい話ではあるが……腐っても魔王、という訳なのか。とにかく、今すぐに封印を、などという無謀な事態では無くなったという訳だ」

「なるほど……つまり、俺はもう必要ないということですか?」

「いや、そうではない。恐ろしく厳重な結界が騎士団によって解かれるかもしくは、魔王が完全に復活する日までは、イーネスが通っている学院に編入し、この世界のことを学び、技を鍛え、『英雄の器』の大成に努めてもらいたい」

「は、はぁ……学院に編入、ですか。それに、『英雄の器』の大成……」

「うむ。あまりにも強い魔王の結界が、いつまで続くか分からない魔王の完全復活までの猶予期間中に破れる保証はなく、現状、結界を破ることができる見立てもたっていない。それに、『英雄の器』は持っているだけでは効果を持たず、様々な経験を通してユヅキ自身が成長し、それに合わせて器も大成していくという代物である。そうよな、簡単に述べるとするならば、ユヅキには強くなる伸びしろがあるという事であるな。それも、魔王を封印できるだけの恐ろしく大きな伸びしろが、な。このことを踏まえたうえでの判断であるが、どうか?」


 どうか? と聞かれたところで、断りようもない。俺としても、流石にいきなり魔王戦は無謀だと思うので、力をつける時間がもらえるのはありがたい。その時間も、いつ終わるかわからないわけだけど。


 しかし、ここにきて恐怖を覚えてしまった。イーネスの話を信じているつもりではいたが、やはりどこか上の空だったらしい。それが、この実際の空気感に触れてみて、見事覆ったわけだ。


 そもそも、『英雄の器』を持っているなんて実感もないし、強くなれる伸びしろがある感じがするかと言われればそんなこともない。いたって普通だ。ましてや、それを大成させるだなんて想像もつかないし、訳が分からない。


 ただ、何となく空気の違いは分かる。なんというか、エネルギーに満ち満ちているというか、空気が生き生きしているというか、それでいて優しく包み込んでくれるというか。おそらく、これは淀んでいないマナの影響だろうなと予想してみる。その予想が正しければ……。


 ――本当に、異世界に来てしまったんだな。


 ようやく、実感がわいた。正直、滅茶苦茶怖い。本当に自分にそんなに大きな力があるのかも怪しいのである。少なくとも、俺自身は自覚できないでいる。


 しかし、それよりも、自分を必要としている人がいるのだ。なら、協力するほかあるまい。そのためにこの世界に転移してきたのだ。


 そもそも、どんなに気持ちが揺らいでも一度決めたことを曲げるつもりはない。二言無し。金鉄の如しだ。


「分かりました。王様の提案された通りで結構です」

「うむ。期待通りのいい返事よ。気に入ったぞ。学院の方には余の名義で編入申請を出しておく。その点については安心せよ。金なぞのことも気にするな」


 なに、その最強の名義は。なんか逆に怖いんですけど。なに、金なぞって。めっちゃ心強いんですけど。


「よし、そうと決まれば早速能力鑑定であるな。おい、準備をするがよい」


 王様は、『能力鑑定』とやらの準備を近くに控えていた長身の老人に命じた。


「あの、すみません、質問よろしいでしょうか」

「うむ。何でも聞くがよい」

「ありがとうございます。……その、『能力鑑定』って、何ですか?」

「なんだ、そんなことか」


 ふむ、といった様子で、王様は俺の質問に答える。


「今から、ユヅキの魔力や霊力、適正魔法などを調べる。『能力鑑定』とは、その一連の検査のことよ」


 なるほど、分からん。


 まぁ、よくわからないしとりあえず受けてみるか、と楽観的に考える俺であった。

 でも、実は内心滅茶苦茶不安な俺であった。

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