序章最終話 異世界へ――
「……っと、こんなもんかな」
俺は、異世界に持っていく荷物をまとめていた。と、そこにイーネスがやってきた。
「あの、ユヅキ。それ、なに?」
「あぁこれ? スマホだよ」
「すまほ……なにそれ?」
「こうやって写真を撮ったり、離れた人と話をしたり、調べ物をする道具」
パシャリ、と、イーネスの写真を撮って見せる。
「すごい……こんなにも鮮明に映るんだね。わたしの世界にも似たような魔道具があるなぁ」
「へぇ、魔道具かぁ……なんかいかにも異世界って感じだな」
「わたしにとっては、その『すまほ』の方が異世界っぽいけどね」
確かに、異世界人のイーネスからしたらそうかも。と、ここで俺は、ある重要なことに気付いた。
「あ、でも、イーネスの国ってインターネットとか通ってる? プラグを差し込むコンセントとか」
「いんたぁ……こんせん? なにそれ」
あー、なるほど。うん、分かった。スマホはもっていかない。というか、冷静に考えてみれば、こことは違う世界なんだから、ネットとか無くてもおかしくはないよなぁ。
となると、現代的な電子機器はほとんど持っていけないことになる。いや、持っていけるのだろうが、持って行っても意味がない。
「こりゃ、荷物をいったん見直さなきゃだなー」
「まだかかりそう?」
「うん、ごめん。もう少しだけ待っててくれ」
「ゆっくりでいいからね」
イーネスの優しさに甘えて、荷造りを見直すことにした。
結果、昔から趣味でつけている『柳刃天穿流古武術研究ノート』全編と予備のノート、そして筆記具、あとは稽古で愛用している木刀と木剣、木短刀と革鞭などの稽古用の武器をいくつかというなんとも簡素なものになった。
ちなみに、最終的には魔王と戦うのだから、うちの武器庫から本物の武器くらい持っていこうと思ったのだが、やめた。理由はいくつかあるのだが、やはり一番はどれもじいちゃんの大切なコレクションだからだ、というのが大きかった。それに、武器なら向こうの世界でもらえそうな気もするし。
「よし、準備できた」
「了解。じゃあ、行こうか」
「うん、行こう」
俺たちは、俺の部屋がある二階から一階におりて、家族が揃っているリビングに向かった。
そこには、既に家族が全員揃っていた。
「……じゃあ、行ってくるね、みんな」
「ああ。男が一度決めたことだ。必ず成し遂げなさい」
「お母さんたちはいつでも待ってるから、体に気を付けてね」
「ばあちゃんも、いつでもお茶を出してあげるから、好きな時に戻っておいで」
各々、温かい一時の別れの言葉をかけてくれた。シンプルに、胸に沁みる。
と、そこへじいちゃんがつかつかと近づいてきて、俺に十数冊はあるだろう、沢山の本を手渡してきた。
「それは、『柳刃天穿流古武術』のすべてが詰まった秘伝書の写しじゃ。本来は門外不出なのじゃが、まぁ違う世界に行くことだし、そこは気にせんでもええ。それよりも、優月が今後も研鑽を積むうえで役に立つと思っての」
そういうじいちゃんの目の下には、うっすらと隈ができていた。
「じいちゃん……ありがとう」
俺は、厚さはそれぞれ違うが、それ以上の重みを感じる本たちを荷造りを見直したおかげで余裕のある鞄にしまった。ずしり、と重くなる。
これで、全員分の言葉は受け取った。あとは、異世界に転移するだけだ。
「それじゃあ、今度こそ行ってきま……」
ピンポーン!
俺の最後の挨拶を遮ったのは、うちのインターホンだった。
お母さんが、「ちょっとまってて」と、パタパタと玄関に向かう。と、間もなく、お母さんの声が聞こえた。
「あら、梨花ちゃん! どうしたの?」
「おばさん! お願いです! ゆづくんに会わせてください!」
え? 梨花? 何で梨花が?
「先生から聞いたんです! ゆづくん、休学するって! だから、心配で……。それに、話さなきゃいけないこともあって……。お願いします! すぐに帰りますから!」
「イーネス、早く転移しよう」
「え? う、うん。でも、『ゲート』の起動とその術式を組むのに少し時間がかかるの。だから、ちょっと待ってて」
マジか。今、このことを梨花に知られては新たな混乱を生みそうだから早く転移しようと思ったんだけど、目を閉じて術式を組んでいるイーネスの様子を見る限り、とてもじゃないけど間に合いそうにないかな。
俺の予想は的中し、梨花を連れたお母さんが、リビングに入ってきた。
「ゆづくん! ……え? どういうこと? ていうか、だれ?」
「……梨花、ごめん。信じられないかもしれないけど、俺、こことは違う世界に行くことにしたんだ」
「……え? 何言ってんの? 意味が分からないよ」
「そうだよな。でも、俺、もう決めたから。詳しいことはお母さんにでも聞いて」
すると、術式とやらができつつあるのか、俺とイーネスの足元に複雑な魔法陣らしきものが展開された。だんだんと光の強さが増していく中、梨花は、俺に必死に叫ぶ。
「まって! どこにもいかないでよ! あたし、あたし、ゆづくんに謝らなきゃいけないことがあるの! あたしのせいで、ゆづくん……」
「もういいって。ほら、もう関わらないでくれって言っただろ?」
「――――――」
梨花は、ショックを受けたような顔をしていた。わざととはいえ、少し冷たい言い方をしたことに罪悪感を抱く。
「もう、俺のことは忘れてくれ」
「やだよ……お父さんもお母さんもいなくなって、ゆづくんまでいなくなるなんて……あたし、あたし……」
転移前に最後に見た光景は、泣き崩れる梨花の姿だった。
直後、俺とイーネスは、一層強い光に包まれ、この世界と切り離された。
◇◆◇
視界を隅まで埋めていた光が、徐々に弱くなる。だんだんと、状況が確認できるようになってきた。
どうやら俺は今、室内にいるらしい。といっても、恐ろしいくらいに天井が高く、どこを眺めても豪奢な装飾であふれている場所を、ただの室内というのはどうかと思うけど。
やがて、完全に視界が戻った。見渡すと、緻密な細工が施された白亜の柱がいくつも並び、豪華で色とりどりな宝石が柱にはめ込まれている。天井には絢爛なシャンデリアが吊ってあり、初見の人でも城なんだなと分かるレベルの造りであった。
と、突然後ろから声が聞こえた。
「よくぞいらっしゃった、異界の人、『英雄の器』たるものよ」
俺は、弾かれるように後ろを振り返る。そこには、贅を尽くされた玉座に座り、大勢の侍女を侍らせ、王冠を被った中年の男性がいた。
[序章・了]
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