第十四話 家族の決断
「え、どういう事? お父さん」
「どうもこうも、今言ったとおりだよ。異世界に行って、その世界の人々を救ってきなさい」
「い、いいのですか!? わたしが言うのもどうかと思いますけど、そんなあっさりと……。まだ時間はあるのですよ?」
イーネスは、一周回って心配そうな表情を浮かべていた。正直、俺も同感だ。俺の意向に許可を出してくれるのはありがたいけど、判断にもっと時間がかかるものだと思っていた。
「一応これでも、優月とイーネスちゃん以外でしっかりと話し合って決めたんだよ。ね、みんな」
お母さん、祖父母もうんうんと頷く。いつの間に話し合ってたんだ……。俺とイーネスがいじめや異世界のことを話したのは昨日だ。いつ話し合ったんだか……。
なんかもうよく分からなくなってきた。とにかく、家族の許可が出たなら良しとしよう。うん、そうしよう。
「そ、そっか。うん、ありがとうみんな。俺の意思を汲んでくれて。でも、なんで許可してくれたの? 正直、許可されるとは俺もイーネスも思ってなかったんだけど」
ね、とイーネスに呼び掛ける。彼女も首肯し、俺と同じ考えだと示す。
「それは、優月が本気の目だったからよ」
と、お母さんが微笑みながら言った。
「正直な話、最初はお母さん、意地でも行かせないつもりだったの。そんな訳も分からないところに、命の危険まで冒して。それに、その世界と優月って何も関係ないじゃない?」
お母さんは、目を伏せながらそういった。確かに、考えてみればその通りである。
いきなり『英雄の器』だかなんだかに選ばれたから、何の関係もない世界を命の危険を冒してまで救ってほしいなんて頼み、訳が分からないしハッキリ言って無理がある。
イーネスの方を見ると、唇を噛み締め、今にも泣き出しそうな表情をしていた。その表情からは、罪悪感のようなものが滲んでいた。
お母さんが、「でもね」と続ける。
「でもね、それでも、お父さんが『優月は本気でその判断を下した。男が、息子が一度本気で決めたことは、親として尊重したい』って言ったのよ。お母さん、食って掛かろうと思ったんだけど、思い返してみたら、その話をしてる時の優月の目、確かに本気だった」
そう言って、俺の目を見た。その表情は、晴れやかだったように思う。
「まぁ、今お母さんが言ったことが、家族で話し合ってまとまったことだから、優月が本気で下した決断なんだったら、僕たちは止めることはしないよ。ただ……」
「ただ?」
「年に一回帰ってくるときは、毎年欠かさず帰ってくること。それは、お義父さんやお義母さん、それに僕たちが死ぬまでね」
「……え? 今、なんて……」
聞き間違いだろうか、衝撃的なことをお父さんは言ったような気がする。
「ん? だから、年に一回は必ず帰ってきて……」
「え? え? 何、年に一回こっちに帰ってこれるの?」
「あれ? イーネスちゃん、まだ話してなかったの?」
「じ、実はすっかり忘れちゃってて……えへへ、ごめんねユヅキ」
イーネスは、さっきの悲しそうな表情から一転、恥ずかしそうに頭をかいた。
「あの、イーネス? どういうことなのか説明してもらえるか?」
「あ、うん。実はね……」
下手をすれば、今日最大の衝撃的な事実の説明をイーネスは口にしだした。
簡単に纏めるとこうだ。
古代魔法装置『ゲート』の副次的機能のうちの一つの機能で、『異世界からの転移者は、年に一度、滞在期間一週間の制限時間の中で元の世界に戻ることができる』というものがあるらしい。転移した日から数えて一年後、一週間の間だけ故郷に帰ることができるという副次的機能らしい。転移者以外もある程度の人数なら一緒に行くことができるらしく、つまりイーネスも年に一回顔を出せるという訳だ。
古代魔法装置『ゲート』って、優秀な副次的機能多くないか? 作った人、どんだけ心配性なんだよ。まあ、ありがたいけど。
この大事な事の説明をすっかり忘れていたらしいイーネスは、今朝俺より早く起きて、「転移後はもう二度と会えなくなるのか」と聞かれ、その時にこの副次的機能の存在を思い出し、俺以外の家族には説明したらしい。
何でそんな大事なことを先に教えてくれなかったんだ……。
というか、今朝起きるのが遅いって言われたのって、この説明のためにみんな早起きしたからなのか……? だとしたら、俺も呼んでほしかった……!
「そういう訳で優月、約束、できるね?」
「――うん、任せてよ。絶対、会いに来るから」
そう言って、俺は頷き返した。と同時に、決意と覚悟を新たにした。
――こんなくそったれな状況で少しづつ腐りながら生活するよりも、俺を必要としてくれている人たちがいるのなら、その人たちの力になりたい。
「よし、それなら決まりだ。イーネス、明日出発しよう」
「い、いいの? そんな急で」
「ああ。もともと俺はそのつもりだったしね。家族から許可をもらえたから、もう何も問題はない」
「そっか……わかった。明日ね、うん」
「そうと決まれば、早速送別会的なことをしましょ! ホラ! 汗臭い男ども二人はさっさと風呂に行きな!」
「「へーい」」
ばあちゃんに促されて、俺とお父さんは風呂に向かうことにした。
「イーネスちゃんも、風呂に入っちゃいなさい」
と、ばあちゃん。俺はそれを聞いてぎょっとした。
「え? え? ゆ、ユヅキと一緒に……ですか?」
「そうしたいんならそうすればいいさね。でも、うちの孫には、女の子との混浴はまだ早いかもねぇ」
「ば、ばあちゃん! からかわないでよ!」
おっほほ、と、ころころ笑うばあちゃんに言われたことを真に受けたのか、イーネスは真っ赤になっていた。そんなイーネスに、今度はじいちゃんが話しかける。
「のぉ、嬢ちゃん。わしゃ嬢ちゃんにちっと頼みごとがあるんだが、聞いてもらえんかのぉ?」
「……ま、またですか?」
イーネスの表情がひきつる。よっぽど今朝の頼みごとが堪えたのだろうか。にしても、イーネスって王女様っていう割には表情が豊かだよな。こうしてみてると、普通の女の子って感じだ。俺の王女様に対するイメージが偏りすぎてるだけなのかもしれないけど。
と、俺が全く関係ないことを考えている間に、ばあちゃんは鋭いものを光らせていた。
「イーネスちゃんは優月と同い年の十七歳と、昨日ばあちゃんには教えてくれたね……。じいさま、その歳で未成年に手を出そうとはいい度胸ですね」
「ち、ちがうぞぃばあさま! そんな不純なお願い、ばあさまという女がいながらするわけないじゃろ!」
どこからともなくなぎなたを取り出して振り回すばあちゃんに、古武術師範はへっぴり腰で抗議していた。というか、イーネスって俺と同い年なんか。そうなのか。
「嬢ちゃんもそんな目で見ないでおくれ! ちゃんとした頼みじゃから! のぉ! のぉ!」
「あはは……わかりました」
「よっしゃ! じゃあ、ちょいときてくれぃ」
「手を出したら分かってますよね? じいさま」
「ひぃい! わーっとる! わかっとるってば!」
なぎなたをギラつかせながら迫るばあちゃん。よっぽどじいちゃんのことが好きなんだろうなぁと思う。
「よし、じゃあ僕たちは久しぶりに、親子の裸の付き合いと行こうか」
「え? 俺たち一緒に入るの?」
「異世界への旅立ち前夜なんだから、そのくらいいいだろう?」
そんな風に言われると言い返せなくなってしまうじゃないか、父よ。
俺は、思春期特有の複雑な心境を飲み下し、本当に久しぶりのお父さんとの背中の流しあいををすることにした。
その夜は、お母さんとばあちゃんによる豪華な食事で飾られた。どれもこれも俺の好物ばかりで全部おいしかった。イーネスも、特にお母さんの唐揚げは足をバタつかせながらたくさん頬張っていた。じいちゃんとお父さんは、酒を酌み交わしながら何やらこそこそと語り合っていた。
こうして、旅立ち前夜の、家族プラス異世界人で過ごす時間は過ぎていった。
その夜、イーネスが俺の部屋にやってきた。
「あれ? どうしたのイーネス。もう寝るって言ってなかった?」
「うん、そのつもりだよ」
「じゃあ、今日もばあちゃんと一緒だね」
「いや、その……今日は違うというかなんというか……」
お? なんか様子がおかしいぞ。イーネスは、後ろで腕を組んでモジモジしていた。心なしか、頬も赤いように思う。
「違うって、どういう事?」
「その、ユヅキのおじい様に頼まれたことの一つなんだけど……」
じいちゃんが? なんだろう……。
俺は、モジモジがだんだん強くなってきているイーネスの、次の一言を無言で待つ。
「き、きき、今日はその、ユヅキの部屋で寝てくれって頼まれて……その……だから……」
「ちょちょちょちょ! ストップ! 待った待った! え? え? どゆこと?」
「わ、わたしも聞いたんだけど、『ばあさまに話があるということ以外内緒じゃ!』って言われちゃって……」
それ、内緒とか言ってるわりには目的言っちゃってるよね、じいちゃん。ばあちゃんと何話すんだろう……。気になる。
というか、同い年の女の子と一緒に寝るって何? ここ数年はもう梨花とでさえ一緒に寝たことなんてないのに、イーネスとってこれどういう状況?
俺の頭は、ものの見事にパニックになっていた。
俺がポカーンと口を開けていると、イーネスがハッとした表情になって、それから恥ずかしさと悔しさを孕んだジト目になって俺を見つめた。
「でも、どうせユヅキはわたしみたいなその……い、いろいろと『ちっちゃい』女と一緒でも別に問題はないでしょ?」
あーこれ、あの勘違いいまだに根に持ってるなぁ。相当嫌だったんだなぁ、あれ。誤解がいまだに解けてないのは流石に驚いたけど、勘違いとはいえ気を付けないと。
傷つけられるのって、痛いもんな。
そんな反省は頭の隅にピン留めしておくとして、俺だって思春期真っ盛りの健全な男の子であるのだ。同い年の女の子、しかもイーネスみたいなかわいい娘と同室で寝るなんてシチュエーション、問題ないわけない。それに関しては、俺の息子も同意見なようだ。
「いやいやいや! 大問題だよ! 小さいとかそんなこと関係なく、その、意識しちゃうし……」
「そ、そう? ホントにちっちゃいとか関係なく?」
「全く持って、関係なく」
「……ならよし! えへへ」
いや、なにもよくないのだが! いや、まあイーネスが嬉しそうだし、いいのかな? いいのか。そっか。
「それはそうと、ユヅキってすごく強いんだね。今日の戦いの動き、すごかったよ」
「あはは、ありがとう。小さいころからじいちゃんとお父さんにしごかれてきたからね。それに、自分でも技の研究なんかもしてたし」
「そっかぁ、そうなんだね。通りで強いわけだ。わたしも一回、ユヅキと戦ってみたいなぁ」
そう言いつつ、イーネスは俺が座っているベッドに上って、布団に潜り込んできた。
「……あのー、イーネスさん? 何してるんですか?」
「なにって、一緒に寝るんでしょ? わたし、もう眠くってさ……。ほら、ユヅキも早く横になりなよ」
そう言って、自分の隣に来るように促すイーネス。
「いやいやいや! 流石にそれはまずいよ! 俺は床に寝るから、イーネスはベッドに一人で寝て!」
「えー、一緒に寝ようよぉ」
「だ! め! で! す!」
俺は断固とした態度で寝ぼけ眼を擦るイーネスにベッドを譲り、同じ部屋で一夜を越した。やましいことなど何もなかった。うん、何も。きれいさっぱり、何も、だ。
――やがて夜は明け、次の日。ついに、俺は異世界へと旅立つ。
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