第十二話 反撃
地を蹴り、すさまじい速度で相手との距離を詰める。
『柳刃天穿流古武術』移動法『
俺の得意な技の一つで、目の前のお父さんに猛然と飛び掛かった。そして、流れるようにして前蹴りを放つ。
『柳刃天穿流古武術』接近戦闘術『
これは、『瞬』と前蹴りの合わせ技で、『瞬』の勢いを余さず乗せ、蹴りの威力を数倍に跳ね上げる技だ。シンプルさの割にかなりの練度がいる技だが、先手にはもってこいの技である。
「シィッ!」
鋭い気合とともに放つ渾身の蹴り。この一撃で、相手が並みの格闘家であったなら決着はついていただろう。そう自負できるくらいには、技の完成度は高かった。
しかし、相手は父――天梨優朔だ。接近戦闘術では、現師範の祖父――柳刃玄隆をも凌ぐ、道場内では近接戦最強と名高い男。俺が先手にこの技を出すことなど予想済みだろう。それに対して、免許皆伝が対策を講じていないはずがない。
突如、視界が逆転した。しかし、俺は至って冷静のまま状況を把握した。俺が放った『閃穿狂叫』がお父さんのしなやかな挙動の脚によって横から絡めとられ、勢いそのまま俺をひっくり返した。
『柳刃天穿流古武術』柔術『
そのまま何の抵抗もしなければ、俺は頭から地面に叩きつけられ、一瞬で意識を失うだろう。わかりきっている事実を再確認し、地面に激突する寸前、腕を伸ばして着地、捉えられていた脚を振りほどいて体制を立て直し、バックステップで距離を取る。
少し乱れた呼吸を整えていると、お父さんが声をかけてきた。
「技のキレに磨きがかかっているね。見事な『閃穿狂叫』だったよ」
「……『垂水』で軽く受け流された後に言われても、素直に喜べないんだけど」
お父さんは、至って冷静で余裕のある表情をしていた。それもそうだろう、短いやり取りではあるが今の今まで、お父さんに焦る場面など一つもないのだ。そう、たったの一度も。
――だけど、こっちだってまだまだだ!
この組手に何の意味があるのか、何を意図してお父さんはこれをしようと思ったのか、それはわからない。けど、やるからには全力で挑む。相手に失礼の無いよう、そして何より、自分に悔いの無いように。
「シャアッ!」
二度目の気合いとともに、こちらも二度目の『瞬』で再び距離を詰める。俺は基本的にインファイターだ。打って打って、打ちまくる。攻めて攻めて、攻めまくる。
この連撃を打っている間に、何故かふといじめられているときのことを思い出した。
思えば、いじめられるようになってから、自分は弱くなってしまったのではないかと思うことが増えた。
簡単な話、今まで鍛えてきた精神的肉体的強さへの自負が悪い方向に働いて、血の滲むような思いで鍛えてきたそれらが信じられなくなったのだ。
古武術で鍛え上げた屈強な精神も、悪辣極まりない精神攻撃によってみるみる弱っていく。その中でも、思わず斎藤達に手を上げそうになったことも何回かあったが、それはプライドが許さなかった。
精神は脆くなっていくのに武道家としての矜持だけはそのままずっとあり続けたのだ。そこには俺の拘りやいろんな思いがあったが、精神は腐っても武道家としての矜持は『まだ』腐っていなかったというのもあるだろう。
その結果、一方的に傷つけられる。それが日常と化してしまっていたのだ。そんな日々を送る中で、俺は、何もやり返せないのは俺自身が弱くなってしまったからなんだ、と思い込むようになっていた。
今まで鍛え続けて来た自分自身を、信じられなくなっていたのだ。
古武術が使えても、俺自身が弱いんじゃ結局意味がない、と。
弱いから、いじめられる。
弱いのが悪い。
全部、俺が悪い。
いじめられる、俺が。
――――俺が、悪い? ふざけるな。そんなわけないだろう。悪いのはどう見たって斎藤達だ。
――――俺が、弱くなった? バカを言うな。俺の強さは変わってない。何一つ。
変わってしまったのは、それまで送っていた平穏な日常だけだ。それ以外は何にも変わっていない。
では、なぜあの時、「自分は弱い」ということを思い込んだまま否定できなかった?
なぜ、信じられる者なんて自分くらいしかいなかったのに、その自分さえ信じてやらなかった?
きっとそれは単純明快で、自分でも自覚しないうちに追い込まれていたからだろうと思う。単に、心にそんな余裕がなかったのだ。
表では強がって、何ともないふりをして、自分さえ騙せている気でいたのだ。何でもないんだ、俺は大丈夫なんだ、と。
その一方では、「自分は弱い」という誤認を否定する余裕もなく、芽生えが広がっていくのに任せて、「俺が弱いのがいけない」と思い込むようになっていた。否定せず、むしろ肯定すらして。自分さえも信じすに。
今この瞬間にいじめの事を思い出したのは、きっと、あの時否定できなかった弱い自分を、お父さんに勝って今度こそ否定したかったからなのではないだろうか。もちろん、これがいじめ自体の解決に繋がるわけではないかもしれないけど、できているつもりでできていなかった、いじめに対するささやかな抵抗をしたくなったのではないだろうか。
刹那のうちにそう思うと、ある思いが生まれた。
――俺は、弱くなってなんかない。今日ここでお父さんを相手に、それを証明する。
斎藤達に、いじめに、負けたわけじゃないと信じるために。
自分すら信じることのできなくなっていた自分を、ブチ倒すために。
「セェァアッ!」
自然と、気合の声が出た。斎藤達に対する直接的な反撃にはならないとわかっていながらも、いじめによって作られた、自分すら信じられない、ひどく空しく、寂しく、弱い自分への抵抗に躍起になっていた。
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