第九話 先生

 うちのクラスの担任――古賀誠二こがせいじは、有能だけど典型的なナルシスト教員だ、というのが俺の総評である。


担当教科は現代文で、授業中の言葉の端々に漲る「俺カッコいいだろ」オーラは留まることを知らず、古賀先生が授業を持っていない他クラスの生徒にさえ「ナルシスト」呼ばわりされているような人間だ。


しかし、彼自身はそんなことは気にもせず、常に「自分はカッコいい」「自分は誰かの上に立つべき人材だ」と信じて疑わず、そこに高いプライドを持っている。


 一方で顔は良く、俺的には「爽やかで、ミントの匂いがしそう」なイケメンであるため、女子生徒からの人気は高い。その上、教師としての仕事の実績もなかなか優秀らしく、一部の嫉妬組の先生を除いて、好意的な評判が多い印象だ。確かに、彼の授業には一切の無駄がなく、時間配分も完璧で、なにより分かりやすい。ほかの先生から認められるのも納得できる。それも、彼のナルシストな性格に拍車をかけているのだろうと予想する。


 まあ、長々と俺自身の古賀先生に対する分析を述べてみたが、結局何が言いたいのかといえば、「うちの担任が、プライドを捨ててここまで綺麗な土下座をする人間だとは思わなかった」ということだ。


 時間は、早朝まで遡る。


 朝起きて、自分の部屋からリビングに移動すると、そこにはイーネスを含む家族全員が既に揃っていた。


「優月? 学校に行かなくてもいいからって、ちょっと遅いんじゃないのぉ?」


 と、お母さん。


「あぁ、ごめんごめん。つい二度寝しちゃってさ」


 あくびを噛み殺しながら、「おはよう」とみんなに挨拶をする。二度寝したとはいってもまだ朝の七時半過ぎだし、確かに普段の学校に行く日の起床時間と比べると少し遅いけど、休日は十時くらいに起きるから、それと比べたらそこまで遅くはないんだけどな……と、ぼんやりと考えていると、お父さんに今日のことに関しての説明をされた。


 今朝早くに、お父さんが電話で古賀先生に、「息子のことで話したいことがあるから、仕事終わりにでもうちに寄ってくれないか」という旨の話をして、先生の方は快く承諾してくれたらしい。うちの住所と、ついでに俺が今日学校を休むということも伝え、電話を切ったという。


 つまり、今日は夕方まで何もする事がないということだ。


「じゃあ、僕は仕事に行ってくるよ。今日は早めに切り上げて帰ってくるから、優月もそのつもりで準備していてね」

「あ、うん。了解。行ってらっしゃい」

「うん、行ってくる。巳月、行ってくるね」

「はーい、気を付けてね」


 続けてじいちゃんたちにも挨拶をして、お父さんは仕事に行った。


「じゃあ、お母さんも行ってくるね。朝ごはんは準備してあるから、適当に食べて。じゃあ、父さん、母さん、二人の事お願いね」

「おうともさ」

「はいよ」


 と、立て続けにお母さんも仕事に行ってしまった。


 そして、少しがらんとしたリビングでお茶を啜っていたじいちゃんが、


「今日は優月も休みだし、可愛いお嬢さんもいることだしなぁ。ここは一つ、頼まれてくれんかの?」

「俺とイーネスに頼み? 何をするの、じいちゃん」

「お世話になっている身ですし……わたしにできることならば、何でもします!」

 イーネスが妙にやる気なのは置いといて、嫌な予感がする。

「それはじゃな……ムフフ」


 じいちゃんがニヤニヤ面を浮かべだした。隣ではばあちゃんの呆れたようなため息が聞こえた。


 簡潔にいうと、じいちゃんの頼みとは武器の整理と点検、そして整備だった。


 俺がじいちゃんから教わっている『柳刃天穿流古武術』は、近接戦闘術、柔術、剣術、居合術、小刀術、鞭術の六門から構成されている古武術だ。(その他にも『移動術』等があるがここでは割愛)


 そしてその鍛錬では、しばしば本物の武器を使用して行うことがあり、それらの武器は柳刃家に隣接する道場内の武器倉庫に厳重に保管されている。もちろん、刀剣類は許可証付きだ。


 その保管されている武器の整理と点検をじいちゃんに頼まれたのだ。俺自身、鍛錬でよく扱っていたから整備自体は慣れている。が、しかし、しかしだ。うちのじいちゃんは筋金入りの武器マニアで、道場に保管してある刀剣類だけでも山のような量があるのだ。


「……マジか」

「うむ、マジじゃ」


 ニッシシと愉快そうに笑うじいちゃんだが、笑いどころでは無い。何せ、量だけで言えばじいちゃんが一人で管理しているのが信じられないくらい多いのだ。正直に言えば本気でやりたくない。


「最近歳のせいか、一人で作業するのが大変でのぉ。なあ優月、嬢ちゃん、ここはひとつ、頼まれてくれぬか?」

「……ったく、しょうがないなぁ。イーネスには俺からやり方を教えるから」

「うん! でも、剣の手入れくらいならわたしでもできるよ! あの、おじい様、わたし、頑張ります!」


 ドンッ、と胸をたたくイーネス。俺のイメージ的に王女様らしからぬ行動はさておき、イーネスはやる気のようだ。


 イーネスは確かに剣を持っていたとはいえ、整備の心得まであるとは予想外だった。流石は勇者の血族と言っているだけある。まあ、これも俺の勝手なイメージなんだけど。


「おぅおぅ! そうかいそうかい。じゃ、後は頼んだぞい」


 じゃあのぉ、とさっさと戻っていくじいちゃんにため息をこぼしつつ、イーネスに声をかける。


「しょうがないなぁじいちゃんは……じゃあ、始めよう。剣の手入れならできるって言ってたけど、分からないことがあったら聞いてね」

「うん! お願いします!」


 こうして、地獄の武器庫整理は始まった。


 ◇◆◇


「……や、やっと終わった……」


 俺は思わず、その場に大の字に寝転がってしまった。


「……お、思ったより大変だったね……」


 イーネスも、疲労の色が濃くみられるため息を、深く吐き出す。


「だからやりたくなかったんだよ……」


 作業がすべて片付いたころには、もうすっかり夕方になっていた。そろそろ先生が来る予定の時間だ。


 どっこいせ、と若者にあるまじき掛け声で体を起こし、倉庫の扉をしっかり施錠して、道場を後にした。


 道場と柳刃家をつなぐ通路を歩きながら、俺とイーネスは今日のメインイベントのことについて話していた。 


「これでじいちゃんの頼みは済んだわけだけど、もうすぐしたら古賀先生が来る予定だから、イーネスは予定通り俺の部屋にいてね」


「……うん、分かった」


 イーネスのことと異世界関連のことは、取り合えず先生には話さないことになっていた。話してしまうと、家族内で収まっているイーネスの存在の認知が広まりかねないからだ。そうなると、イーネスが、俺たちみたいな一般人では予測不可能な危険に晒されてしまいかねない、というお父さんの判断だ。


「じゃあ、またあとでね」

「うん、頑張ってね」

「ははっ、ありがと」


 通路を渡り終えると、俺たちはそこで別れた。

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