第八話 イーネスの寝床

「しっかし、いじめられていた子ぉを庇って助けてあげるとは、流石は優月、流石は儂の孫よのぉ」

「ええ、そうですねじいさま。昔からゆづちゃんは心の優しい子でしたからねぇ」

「ほうじゃのぉばあさま。じゃが、その庇った子はなんて恩知らずなことをしよるのか。おい、優月、じいちゃんが今から、いじめっ子どもと纏めて血祭りに上げてこようかの?」

「いいって、そんなことしなくて」


 静かになった部屋で初めに口を開いた祖父がなんとも物騒なことを言い出すので、俺は苦笑いとともに丁重にお断りした。


 ははは……と苦笑いをする俺に、しゃくり上げていたお母さんを落ち着かせ、今も継続してお母さんの背中をさすっているお父さんが、


「取り合えずまた明日、改めて話そう。学校には、明日の優月の欠席と、担任の先生にうちに来てもらうよう、僕から連絡しておくから」


 と、提案してくれた。後の細かいことは任せろとでも言わんばかりの表情だ。ここは、お言葉に甘えようと思う。しかし、ここで俺はふと気になってしまった。


「そういえば、イーネスはどこか泊まるところってあるの?」


 ギクリといった風な顔をしたイーネスが、人差し指同士をツンツンさせながら、目を泳がせる。


「……じ、実は、その……無い……んです。泊まるとこ」


 あー、だと思った。異世界からその身一つでやってきたイーネスに、この世界で寝床とする場所があるとは考えにくいもんな。


「そしたら、ばあちゃんと一緒に寝るかい?」


 意外にも、そんな提案をしたのはばあちゃんだった。


「年頃の男の子と一緒に寝るのは恥ずかしいでしょ? それに、その若さでなかなかの訳アリみたいだし、話ももっと詳しく聞かせて欲しいしねぇ」

「あの……いいのですか? お世話になってしまっても」

「まぁ、宿無しってんなら仕方ねぇもんなぁ。ちなみにばあさん、儂はどこで寝ればいいのかのぉ?」

「じいさまは違う部屋にでも行って、一人で寝てくださいな」

「そ、そんなぁ……」


 がっくりと肩を落とすじいちゃん。じいちゃんがかなりの愛妻家故、毎日一緒に寝ている老夫婦だが、それもしばらくはお預けになりそうだ。


「……では、お言葉に甘えさせていただきます。本当に、本当にありがとうござます」


 今のイーネスのお礼の言葉には、本当にいろんな意味での「ありがとう」が詰まっていたと思う。とりあえず、イーネスの宿無しが回避できてよかった。そこに、一通り泣き終わったお母さんが、いつもより明るい声でみんなに呼び掛けた。


「よし! 何はともあれ、とりあえずご飯にしましょう! 今日はお客さんも来ていることだし、お母さん張り切って作っちゃうから! 細かいことは明日よ、明日! まずはお腹をいっぱいにしましょう!」


 空元気にふるまうお母さんを見ていると、罪悪感が胸を締める。いじめられていること、黙っておくべきではなかったな。今更もう遅いのだけど。


 生まれて初めて、母親を泣かせてしまった。この後悔は、一生消えることはないだろうな。


 俯く俺に、心配そうな視線をイーネスが送ってきた。


「――そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「そっか、それならいいんだけど。あんまり大丈夫そうな感じじゃなかったから……」

「でも、心配してくれてありがとう。さ、ご飯食べよう! うちのお母さんの料理はうまいんだぞ!」

「うふふ、異国の王女様のイーネスちゃんのお口に合えばいいんだけど」


 赤い目をこすりながらお母さんが気丈に振舞ってくれているのに、俺がそれを台無しにしていいはずがあろうか。


 俺は、心の中で自身に喝を入れ、努めていつも通りの明るい態度をとる。


 両親と祖父母は、俺の決断にどんな判断を下すのか。


 反対される可能性の方が高いだろうが、俺の気持ちはそれでも変わらない。


 こんなくそったれな状況で、これからもずっと我慢して腐りながら生きていくよりも、俺のことを必要としている人たちがいるのなら、その人たちの力になりたい。


 半分やけくそで決めたことではあるが、一度決めたからには最後まで貫く。それが、俺が尊敬するじいちゃんの教えであり、お父さんが大切にしている考えであり、古武術の教えだ。


 そんな決意を新たに、イーネスを加えて賑やかな、だけどどこか物憂げな夜は更けていった。


 ――そして、次の日。


「誠に、申し訳ございませんでしたぁ!」


 俺のクラスの担任の先生が、俺と家族に対して、百点満点の土下座を披露していた。

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