第六話 作戦
「……なんかごめんね、騒がしくって」
「気にしてないから……むしろ気さくそうな人たちで安心した」
「まぁ、それは確かにそうだな……」
俺たち二人は、柳刃家二階にある俺の部屋で、ばあちゃんが淹れてくれた緑茶を啜りながら先程のことについて話していた。
お茶を持ってきてくれたばあちゃんの勘違いはまだ解けてはおらず、「うっふふ」と、意味深な笑いと下手なウインクを俺に飛ばして、お茶を出してくれた。
緑茶は異世界人のイーネスの口にも合ったようで安心したが、ばあちゃん達の勘違いはひとまず放っておこうと思う。どうせ、俺たちのことは、今夜家族全員に話す予定だし。
「……よし、とりあえず、今夜の作戦を立てようと思うんだけど……どうしたの?」
「ぅえっ!? なな、なんでもないよ?」
「何でもなさそうな顔じゃないじゃん、それ」
そう言いながら、俺はイーネスの顔を指さす。その先には、耳まで真っ赤に染め、
「……そ、その、誰かの恋人みたいって言われたの、はっ、初めてで、その、照れちゃったというかなんというか……うぅぅぅぅう!」
「あぁ、確かにあれは俺も焦ったなぁ……。ばあちゃん達、早とちりしすぎだよな」
苦笑いを浮かべながら、そう返す。ぶっちゃけ、最初に祖父母にイーネスのことを恋人だと思われた時には照れもあったが、それよりも、勘違いをどうにかしないとという焦りの方が大きかった。今は落ち着いたけど。
「それに、恋人って言ってもイーネスって王女様だろ? 勝手なイメージだけど、婚約相手とかってもう居たりするんじゃないのか?」
「……本来はそうなんだけど、わたしって、その、評判悪くてさ……」
そう呟くイーネスの表情は、先程と一転して暗くなっていた。笑みこそ浮かべているものの、その笑みは傷ついた人間が浮かべるようなものだった。まずいことを言ってしまったような気がした。
「そ、そっか、そうなんだ。王国の人たちは随分と勿体ないことをするんだなぁ。イーネス、かわいいのに」
フォローのつもりで言ったが、事実、笑った顔が、従妹の女の子に似ているのだ。似ているといっても雰囲気だけだけど。
特に垂れ気味な目尻が、愛嬌があってとてもかわいい。その子、「にーちゃん! にーちゃん!」って、よく懐いてくれてるんだよな。一人っ子の俺としては、本当の妹みたいですっごくかわいい。たまにしか会えないのが残念だけど。
「ふぇっ!?」
「ん?」
従妹の女の子のことを思い出しながら雰囲気が似ていることを改めて確認した俺がうんうんと頷いていると、素っ頓狂な声がした。見れば、今度は顔を赤くしたイーネスがこちらを見つめている。
「ど、どうかしたの?」
「……その、かわいいとか、言われたことなかったから、その、嬉しくて……」
頬を掻きながら、にへらっとした笑顔を浮かべてイーネスは呟く。
「なるほど、そういう事ね。うん、確かにかわいいよ。従妹の女の子に似てる」
「そ、そっか……うん? ねぇ、その従妹の子って、今いくつ?」
「え? 九歳……いや、今年で十歳になるけど、それがどうかしたの?」
「……わたしって、そんなに幼く見える?」
「え? いや、そんなことないけど……なんで?」
「……こっ、これでも! 成長! した! 方なの!」
イーネスが、その薄い胸に手を当てて顔を真っ赤にして俺に迫る。今度の赤は、多分怒った時の赤だ。何か、大きな勘違いをされたような気がする。
「ちっ、違うんだイーネス! 体型が似ているとかじゃなくて、雰囲気が似ているって意味で……」
「どっちにしろ、ちっちゃい子に見えるってことじゃないの!」
その後俺は、「愛嬌のある笑顔の、かわいらしい雰囲気が似ている」と言えばよかった……と後悔しながら、十歳の女の子にのように子供っぽいと言われたと勘違いしたイーネスを何とかなだめ、どうにか家族説得のための作戦会議を行うのだった。……今思い返せば、そういう問題でも無さそうな気がするけど。
――そして、夕方。
むくれてしまったイーネスをなだめ、何とか作戦が固まってすぐに両親が帰宅し、家族全員が揃った。俺はまず、全員にいつもみんなで食事を囲む、ダイニングテーブルに集まってもらうようお願いした。両親、そして改めて祖父母にもイーネスを紹介しようと――、
「優朔ぅ! 巳月ぃ! 聞けぃ! 優月が恋人を……」
「ストップ! ストーップじいちゃん! その人の紹介は俺がするから!」
わーわーと腕を振り回しながらじいちゃんの発言を遮る。「ほ、ほうか……」と、少し残念そうな表情を浮かべて引き下がるじいちゃんを横目に、正面に座る父――
俺は、昼間にイーネスと立てた作戦のことを思い出していた。イーネスの目的とか、俺のいじめられてることとか、それを踏まえたイーネスのお願いに対する決断とか、諸々話すべきことはある。でも、とりあえず落ち着いて、作戦通りに。
「まずは、お父さんとお母さん、じいちゃんとばあちゃんには改めてになるかもしれないけど、紹介するね。――イーネス、入っていいよ」
「――失礼します」
ダイニングテーブルのある部屋に通じる扉を開けて、堂々とした態度でイーネスが入ってきた。
波打つ透き通るような、肩甲骨まで伸びる金髪が揺れ、藍鼠色の垂れ目がちな瞳が、ぱちくりと俺の家族を見渡す。きっちりと着こまれた純白の軍服のような装いは見る者の背筋をただし、刺繍付きの黒二ーソックスに包まれた美しい脚で、踊るかのように歩を進める。腰に帯びていた剣は外して部屋に置いて来てもらったが、その姿には全くと言っていいほど隙がなく、洗練されている。そして――、
「わたしは、オーベルライトナー王国王女、イーネス=エロイーズ・スティリア・レ・ド・オーベルライトナーです。アマナシユヅキ様に祖国を……いえ、我々の住まう世界を救っていただくべく、この世界にやって来ました」
覇気のある態度と、夏風に撫でられた風鈴のような声で、自己紹介をした。
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