第五話 お友達

「なんだ、そんなことですか。もちろんですよ、これからよろしくお願いしますね」

「ほ、本当ですか!? ……じゃなくて! その、敬語とかも無しにしてほしいというか、も、もっと言えば、その、な、な、名前も呼び捨てで読んでほしいというか……」

「えぇ……どうしてですか?」

「その、お恥ずかしながらわたし、同年代のお友達がいなくて……。ユヅキ様なら年も近そうだし、これから長い付き合いになっていく予定ですし、その……うぅぅぅう……」


 視線をあちこちに泳がせ、耳までまっかに染めながら、モジモジとそんなことを言うイーネスを見ていると、なんだかおかしくなってきて噴き出してしまった。


 王女様というだけあって、高貴で気品あれる感じはひしと伝わってきていたのだが、根は意外と、恥ずかしがりやでかわいいのかもしれないと思った。


「な、なんで笑うんですか! ひどいですよぅ!」

「いや、イーネスがあんまり面白くってさ。俺の方こそ、ぜひとも友達になってほしい。こうして出会えたのも何かの縁だと思うし、よろしくね。……こんな感じでいい、ですか?」

「最後のがなければ完璧です……じゃなかった、完璧だよ、ユヅキ」


 イーネスも最後あたりが若干怪しかったものの、晴れて俺たちは友達になった。


 いじめられてから友達だと思っていたクラスメイトにことごとく裏切られ、友達を新しく作るのは、実は少し怖かった、というのは黙っておこう。


「よし、そうと決まれば早速俺のうちに行きたいところだけど……」

「何か問題でもあるのですか? じゃなかった、あるの?」

「うーん、問題というかなんというか、今うちに帰ってもじいちゃんとばあちゃんしか居ないし、家族全員に説明するとなると、うーん……まいっか! 行こう、俺んち。そして、俺の部屋で家族を説得するための作戦を練ろう!」

「そうで……だね! そうしよう!」


 そうと決まれば話は早い。後は行動に移すのみ。敬語無しで話すのに慣れていないせいか怪しい口調のイーネスとともに、俺は生涯初の半日帰宅をするのであった。


 ◇◆◇


 俺とイーネスは、通学路の途中にある公園を出てからしばらく歩いて、俺の家――柳刃やなぎば家の門前に立っていた。


 柳刃とは母方の旧姓、つまり母方の祖父母の苗字だ。つまり、俺はお母さんの実家で暮らしていることになる。そしてそれは、お母さんを嫁に迎え入れたお父さんも同じだ。珍しい話かもしれないが、これにはどうやら奈落より深い理由があるらしい。詳しくは聞いたことないけど。


 この家に来る途中で、俺はイーネスに三つほど質問をした。その内容は、【なぜ俺が『英雄の器』に選ばれたのか】、【なぜ異国語であるはずの日本語が話せるのか】、【なぜこの世界に魔法がないことを知っていたのか】というものだ。


 一つ目の質問に関しては、少し前も質問し、イーネスには「あなたが『英雄の器』を持っていて、魔石に選ばれたから」という立派な回答をもらったのだが、どうしても腑に落ちなくてもう一度質問をした。まぁ結果は同じだったわけだが。


 二つ目の質問の回答は、古代魔法装置『ゲート』の副次的機能の一つの、『異国語習得機能』によるものだという。


 『異国語習得機能』とは、対象の人物が『ゲート』を用いて異世界に転移するとき、転移先の世界の言語を母国語のレベルに照らし合わせて反映し、母国語と同じレベルで使いこなせるようにする機能らしい。しかも、『翻訳』ではなく『習得』なので、早い話が母国語しか話せなくても、『ゲート』を用いて異世界に転移すれば、母国語と異国語のバイリンガルになれるという訳だ。


 オマケ機能でバイリンガルになれるとか、古代魔法装置おそるべし。


 三つ目の質問の回答は、この世界の『マナ』が長年使われておらず、淀んでいたからだそうだ。


 『マナ』とは大気中に浮かぶ魔法の素の総称で、それを体内に取り込み、『オド』を使って加工して、魔法を行使するらしい。(ちなみに『オド』というのは自身の体内で生産され一定量蓄えられている魔法の素及び生命の源の総称、とのことだ)


 そして、そのマナの淀み具合でその世界の魔法の有無が分かるらしい。実際、魔法が盛んに使用されているイーネスの世界でも、この日本と同等、もしくはそれ以上にマナが淀んだ地域があるんだと。そういった場所では魔法が発達していない場合が多いとのことで、それはここ日本も例外ではないようだ。(実際、日本はおろか世界中でも魔法が存在するなんて話、聞いたことがない)


 しかし、イーネス曰く「誰にでも魔法を行使できる能力はある」との事らしい。

 ちなみに、その淀んだマナを使って魔法を行使すれば、本来の性能よりも格段に劣化するらしい。


 自分の質問内容とそれに対する回答を思い返しながら、俺は家の門を開け、玄関に踏み込む。


 柳刃家は、住居と古武術道場が隣り合ってできているので、敷地面積はそこそこ広い。といっても、そのほとんどを道場が占めているので、住居自体は一般的な家と変わらない広さだ。


「ただいまー」

「失礼します」


 ばあちゃんのおかげで整頓された玄関から挨拶をする。すると、トコトコという足音がだんだんと近づいてきた。この足音は、ばあちゃん――柳刃タエ子――だ。


「ゆづちゃんおかえり、今日はずいぶんと早いのね……って、まぁぁあああああ!」


 いつもと変わらずに出迎えてくれるはずだったばあちゃんは、イーネスを見てすっ転んでしまった。どうやら、年齢の割にはシャンと伸びた腰を抜かしてしまったらしい。


「じいさま! 大変! じいさまぁ! ゆ、ゆづちゃんが、こここ、恋人を連れてきましたよ!」

「ちょっ、ばあちゃん! 違うんだ、聞いてよ、ねぇ!」

「なんだなんだ、騒がしいのぉ……って、どっひぇぇえええええ!」


 ばあちゃんの隣で、体躯の良い老父――柳刃玄隆やなぎばげんりゅう――がすっ転んだ。


 ……じいちゃん、あんたもか……。


 目の前で同じ体制で腰を抜かす、仲のいい老夫婦に若干呆れつつ、まぁ突然の訪問だし、日本人離れしたイーネスの風貌を見たら驚きもするよな、と納得する。実際、俺だって最初はすごく驚いたし。


「ゆゆ、優月! その娘さんは恋人か? 恋人なのか? おおぉ、うちの孫も、ついに女を覚える年になったか……しかもお人形様みたいに別嬪さんとはのぉ。感慨深さと何故か染み出る寂しさで、じいちゃん、もう感無量」

「本当ですねぇ、じいさま。まさかゆづちゃんがお付き合いを、ねぇ。大人になったものですね……」

「ちょちょちょ! 二人とも落ち着いてよ! 俺たちはそんなのじゃないんだから。ねぇ、イーネ……ス……」


 じいちゃんとばあちゃんの早とちりに対する弁解をしつつ、その同意を求めて振り返ると、当のイーネスは顔を真っ赤にして目を回していた。駄目だこりゃ。


「と、とにかく! 事情は後で話すから! ほら、行こうイーネス」

「ひゃっ、ひゃい!」

「おぅおぅ、お熱いのぉ! ひゅうひゅう!」

「うっふふ、どうぞごゆっくり」


 イーネスの手を引き、二階の自室へ臨時非難を試みる俺の背中に、誤解を孕んだ祖父母の言葉がぶつかる。


 ――本当にそんなんじゃないから!

 と、心の中で叫びつつ、俺の部屋へと急ぐのだった。

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