第四話 イーネスの魔法
「魔法……。わ、わかりました。では、見せてください」
「はい! しっかりと見ておいてくださいね」
途端、イーネスの顔から柔らかな笑みが消えた。切れ長で垂れ気味な目に熱を宿し、片手を前に突き出す。途端に先程見た魔法陣――先程より複雑なものではないが――が現れ、それが青色に彩られていく。その中心に力が集まっていき、力が形を成して水のような液体になった。
「……はぁっ!」
イーネスの気合いの一声とともに、その液体は高速射出された。目にもとまらぬ速さで飛び出していったそれは、数メートル先の地面を抉り、ちょっとした穴を作った。
おそらく魔法を行使し終えたであろうイーネスは、くるりと俺の方を振り返ると、舞い上がる砂埃を背に、
「水属性の魔法です。この世界の淀んだマナでは、この程度の粗末な魔法しか扱えませんが……どうですか? わたしが話した、ユヅキ様にとって現実味のない話、信じてもらえそうですか?」
「ま、まぁ、目の前でこんな現実味のないことを見せられればそりゃ信じるしかありませんよ……」
文字通り、開いた口が塞がらない俺は、もうそれしか言えなかった。俺が『英雄の器』に選ばれたらしいことは疑問のままだが、俺が疑っていたことの大部分は今の魔法で解消された……と思う。というか、あの威力で粗末扱いなのか。まともに食らうと、とても無事では済まなそうだけど……。
相変わらず空きっぱなしの口をパクパクさせながら今目の前で起きたことに対する正直な感想をまとめていると、イーネスが伏せていた目をこちらに向け、決断を迫ってきた。
「そ、それでは、その……わたしと一緒に」
「いいですよ、行きます」
「で、ですよね! いきなりですしすぐに答えは出せな……えぇ!?」
今度はイーネスの口が開きっぱなしで閉じなくなってしまったようだった。
「どどどど、どうしてですか? どうしてそんなに簡単に決断されたのですか? い、命がけなんですよ? あなたの家族ともたまにしか会えなくなるんですよ? どうして……」
「お、落ち着いてください。それに関してはちゃんと説明しますから……」
あわあわと慌てるイーネスをなだめ、どうしてイーネスの国に行くと決めたのか、俺は説明を始めた。
◇◆◇
「――という訳で、俺、いじめられてるんですよね」
「そ、そんな……ひどい……」
「だから、俺を必要としてくれている人たちがいるのなら、こんな所で腐りながら無駄な時間を過ごすよりもイーネス様の国に行って、少しでも手助けできたらなと思ったんです」
俺は、自分が置かれている現状と、それを踏まえてなぜオーベルライトナー王国に行こうと決意したのかを話した。
ぶっちゃけた話、自分でもこんなに簡単に決めてもいいのかとは思う。しかも、半分本心で、もう半分は現状に嫌気がさしてしまい、ヤケになってしまっているというのも事実だ。
しかし、異世界に赴くというのは、イーネスの話を聞く限りどう考えても命の危険が伴うし、それは絶対に避けられないというのも理解している。
だが、それは理解したうえで、自分を必要としてくれている人々がいるのならそれに応えたいというのも、俺の心の半分を占める本心だった。
「では、今からわたしの元居た世界に転移して……」
「あ、それなんですけど、少し猶予を頂けますか?」
「……それは構いませんけど……」
イーネスの顔が、明らかに今までとは違う曇り方をした。
「どうかされましたか?」
「実は、確実にわたしのいた国……オーベルライトナー王国に転移するためには、今から一週間以内に転移しないといけないのです」
「あー、なるほど。で、その、それを超えるとどうなるんですか?」
「わたしが使用してこちらに転移してきた古代魔法装置『ゲート』によって、わたしが『元々存在しなかった存在』として処理され……」
そこまで言って、イーネスは言葉を切る。見ると、イーネスは何かに怯えているかのように震えていた。そして、腹をくくったかのように顔を上げて、
「――完全にわたしという存在が抹消されます。元居た世界の人々からも、そして、ユヅキ様の記憶からも」
俺の目を見て、そういった。古代魔法装置とやらのことは詳しくはわからないので何とも言えないが、俺は何となく、それはとても理にかなっていることだなと思った。理由はわからないが、直感がそう告げていた。
「なるほど、そうですか……一週間ですね、分かりました」
「……信じてくださるのですか?」
「最初は疑ってましたけど、あんなすごいものを目の前で見ちゃいましたし見せられちゃいましたし、もう決めたことですから。けど……」
「けど?」
俺の接続助詞を疑問符付きでオウム返しするイーネスに、俺はその先を続ける。
「家族に許可を取ってもいいですか? 一週間以内には話をつけようと思うのですが……協力してくださいませんか?」
「! ……もちろんです! そうですよね、ご家族に許可を取る……大事なことですもんね!」
うんうんと首を縦に振るイーネス。どうやら納得してもらえたみたいだ。ともあれ、何としてでも一週間以内に家族を説得し、許可を取らなければ。
「あ、あのぅ」
「……へ? な、なんでしょう?」
どうやって家族に説明しようかと悩んでいた時に、イーネスの声が飛んできた。見ると、何やらモジモジしている。
「……その、
「お願い、ですか? 俺にできることであれば、何でもしますけど」
「! ほ、本当ですか? で、では、その……わたしとお友達になってください!」
「……ん?」
それは、俺が予想していたものとは斜め上のものだった。モジモジしていて、頬が赤らんでいたので、てっきりトイレの場所を聞かれるものだと思っていたのだが、それは俺がアホ? だからなのだろうか。驚くことに、俺は、俺より頭一個分小さい王女様に友達申請をされた。
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