第三話 英雄の器
「……え? は、はい?」
決して長いとは言えない人生をまるっきり思い返してみても、こんな頓狂な声は出したことがない。あまりに突飛なことを言われたので仕方がないとも思うが、少々恥ずかしかった。そんな俺をよそに、金髪の少女はもう一度その言葉を繰り返した。
「あなたは、『英雄の器』に選ばれました」
「な、なにを言ってるんですか? というか、あなたは……ああクソ、ほんと、意味が分からねぇ……」
「あっ! これは申し訳ございません。わたしったら、自己紹介もしないで……。ご無礼をお許しください」
いや、そうじゃなくてだな……。という言葉はぐっとこらえて、少女の話を遮らないようにする。
「わたしは、オーベルライトナー王国の第二王女、イーネス=エロイーズ・スティリア・レ・ド・オーベルライトナーと言います。以後お見知りおきください」
「お、おーべる……王国!? えっ、え? 王女様!? え、えーと……」
「イーネスで結構ですよ」
「い、イーネスさん……いや、イーネス様、こちらこそ失礼な態度ですみません、えーっと、こう?」
もう何が何やらわからなくなっていた俺は、とりあえず相手が聞いたことのない王国の滅茶苦茶偉い立場であることだけを理解し、ブランコから立ち上がってその場に跪いてみた。下手を踏んだら殺されるのではなかろうか……。というかあってるのかこれ。
「あ、あの! お立ちください! そんなにかしこまらなくても結構ですよ、アマナシユズキ様」
「そ、そうですか……って、なんで俺……じゃなかった、私の名前をご存じなんですか?」
俺は驚いた。そりゃもう、今し方跪いた状態から立ち上がるのを勧められたのを忘れるくらいには。
どこか気品の溢れる少女は、俺の問いかけに答える。
「それは、あなた様が選ばれし『英雄の器』だからです」
「……さっきから気になっていたのですが、その、『英雄の器』というのはなんなんですか?」
「それをお話しするには、まずはわたしがこの世界に来た理由からお話ししなければなりません。少し長くなりますが、お時間の程は?」
「え? あぁ、……大丈夫です」
少し迷ってからそう答えた。というか、今『この世界に来た』って言ったよな? どういうことだ? この人は、この地球のどこかにある俺の知らない王国の王女様ではないのか? そうだとしても、なぜ日本語が話せる? そもそもあの光は一体……?
頭の中に謎が広がっていくばかりの俺に、「大丈夫ですか?」と、イーネスが声をかける。どうやら、難しい顔をしていたらしい。俺はハッとしてその声にうなずいて応じると、イーネスがここにいる理由を、丁寧に語りだし――、
「その前に、向こうの砂場付近の木陰のベンチに行きませんか? お話、長くなると思うので」
「え? あ、はい。そうですね、そうしましょう」
どうやら俺は、自分が跪いたままなことはおろか、女の子であるイーネスを立たせたまま話を聞こうとしていたらしい。俺は、今本当にいろいろと混乱していて頭が追い付いていないから、この程度の間抜け具合は勘弁してもらいたい。
……。……。……。
イーネスが話し終えるころには二時間ほどたっていて、時刻は午前十一時を少し過ぎていた。
こんなに長引いたのは、俺が途中で何度も質問をしたのが大きな原因だろけど、それを抜きにしても、ボリュームのある話だったし、面白いと感じる部分もあった。
……それを創作物と割り切って聞けば、の話だが。
ただ、創作ではなく本当に起きていることだとして聞くのであれば、とても信じられるものではなかった。
簡単にまとめると、話はこうだ。
イーネスの元居た世界では、魔王と呼ばれる邪悪な魔族の王様がいて、世界を支配しようと企んでいる。しかも、その魔王は寿命以外では死なず、殺すことができない。
しかし、強大な力を持つ『勇者』という存在であれば、殺せはしないが、弱らせて封印することができる。その役割を代々担ってきたのがイーネスの国のオーベルライトナー王国の王族である。
その王族の中でも二十五歳未満の女系王族しか勇者になることができず、中でも『選定の
そして五十年前に魔王が復活した際に、イーネスの大叔母(イーネスの祖父の妹)に当たる、イザベラ=ドモール・スティリア・ラ・ラ・オーベルライトナーという人物が『選定の魔石』に選ばれ、魔王を封印。その時にイザベラは引きつれた仲間とともに行方不明となったが、世界に再び平和が訪れた。
が、その平和もつかの間、数日前に魔王の復活が確認された。これまで通りならば、魔王は封印されてから百年から二百年の間で力を回復させながら復活、そしてその度に勇者が選ばれ、封印しに行くという間隔だった。しかし、魔王復活までの期間があまりにも早すぎたのだ。
前例にない早さでの復活に王国は動揺したものの、すぐに『選定の魔石』による『勇者』の選出が始まった。諸事情により、『勇者』に選ばれるなら九割九部イーネスだろうというのが関係者の総意だったが、結局誰も魔石には誰も選ばれなかった。
王族にとってもこれは想定外のことであったが、もし魔石が『勇者』を選ばなかったときは、魔石の第二の能力で『英雄の器』を持っている人物を探し出し、古代魔法装置『ゲート』で異世界より転移させて、魔王を封印させるという第二ステップがあるらしく、それに選ばれたのがこの俺、天梨優月だったという訳らしい。そして、イーネスは俺を自国に連れて帰るために、この世界に転移してきたんだと。
「以上の理由から、ユヅキ様にはわたしの祖国へ来て、共に戦っていただきたいのですが……」
「う、うーん、理解はしましたけど、納得はできませんね」
「で、ですよね、こんな責任重大な要求、流石に即決とはいきませんよね……」
「いや、それもそうなんですけど、一番はやっぱり現実味に欠けるっていうかなんというか……。目の前で見ておいてなんですが、イーネス様が転移してきたなんて言うのも到底信じられないですし……」
「そ、そうですよね……。困りました、どうしましょう……」
うーん、と首をかしげるイーネスを横目に、俺は今の状況を軽く整理してみた。
自国を救うために俺を連れ出すという目的で異世界から転移してきた少女、イーネスだが、現実的に考えて、そんなこと到底信じられることではないし、そんなのはマンガとかゲームとか小説でしか見たことないし。そんな現実味に欠けることを話す少女を、最初はちょっとアレな子なのかなくらいにしか思っていなかったが、何もないところがいきなり光り、そこから現れた少女が、疑うことをためらう程に真剣に話す姿を見て、彼女が話していることが嘘だとは思えなくなっている自分がいるのも事実。
というか、俺が『英雄の器』? よりによって、なんで俺なんだ? そこが一番訳が分からないし、イーネスに聞いても「もともとあなたは『英雄の器』を持っていて、『選定の魔石』によりあなた自身が選びだされたからです」と言われたし。自分自身、そんなものを持っている感じとかはないので訳が分からない。
どうしたものかなぁ……と、ため息をつくと、ちょうど隣で「そ、そうだ!」と声がした。
「ユヅキ様、今からわたしが魔法を使うので、見ていてください! この世界は多分魔法がないはずですので、わたしが魔法を使うところを見ていただければ、きっと信じていただけるかと思います!」
「ま、魔法……ですか?」
俺は再び素っ頓狂な声を上げるのだった。
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