それは夢のような本当の話 6.3分前、もしくは夜行列車
電車を乗り継いで東京駅に向かった。走る電車の中で駆け出したくなる。
新幹線ホームに辿り着いたのが19時30分。発車の3分前だ。俺は新幹線の窓を覗き込みながらホームを駆けた。くそう! 彼女の乗る車両まで聞いとけばよかった。頼むからホーム側に座っていてくれ! 十六両編成の半ばまで見たところで残り1分。間に合わねえ。て言うか、ここまでにもう見落としてるかも知れない。絶望感が胸に広がる。苦しさで息が荒くなる。発車のベルが鳴った。くそ!
その時、その窓が光ったような気がした。慌てて覗き込む。見つけた! 窓際に沙耶が座っている。うつむいているけど間違えるわけがない。
「沙耶! 沙耶!」
両手で窓を叩いた。驚いたように沙耶が顔を上げる。車両から離れてくださいとアナウンスが流れるけど、そんなこと知ったことか。俺は窓に両手を貼り付けて、大声で叫んだ。
「沙耶、話したいことがあるんだ!」
沙耶が窓に顔を寄せて、窓越しに自分の手を俺の手に重ねてきた。その瞬間だった。世界が真っ白な光に覆われてなにも見えなくなる。なぜか窓硝子に付けた手のひらが柔らかな感触に包まれていた。
「元くん、元くん」
「うん?」
気がついたときには隣から沙耶が覗き込んでいた。俺たちは二人がけの電車の座席に隣り合って座っていた。電車の振動が座席から伝わってくる。
「どこだここ?」
「よく分かんないけど……夜行列車?」
「へ?」
窓の外は真っ暗闇でときどき町の灯りだろうか光が通りすぎていく。確かに夜行列車っぽい。
「なんでこんなところに? 確か俺たち新幹線ホームにいたはずだけど……」
「そうだよねえ。なんだろうねえ」
沙耶も首を傾げる。
「それに私たち以外誰も乗ってないんだよ」
「まさか?」
立ち上がって他の座席を覗き見てみる。確かに誰もいなかった。
「まじか」
訳が分からなかった。
「夢か?」
「二人で同じ夢?」
沙耶がまた首を傾げる。
「それも変か……あ、でも、単に俺が沙耶の夢を見てるだけかも知れない」
「わたし、夢じゃないよ!」
沙耶が少し怒ったように言う。じゃあ、なんだよと考えようとして、沙耶の様子に気がつく。
「おまえ、なんだか嬉しそうだな」
「え?」
「教室とは大違いだ」
「あ……」
沙耶は一度うつむいて、それからもう一度顔を上げた。瞳が少し潤んでいた。
「だって……やだなあ、行きたくないなあ、逃げ出したいなあ、て思ってたら、元くんが来て連れ出してくれたから」
「お、俺?」
「うん、きっとそうだよ。元くんが、わたしを連れて逃げてくれたんだ」
そう言われてなんとなく思い当たった。沙耶は逃げだしたくて、俺は沙耶をそのまま行かせたくなかった。二人が同じ事を望んだから、こうなったのか? それにあの時……
「でも、そんなことあるか?」
俺は首を傾げた。すると沙耶は
「だって、元くん、わたしが教えてもないのに駅まで来てくれたじゃない」
「それは……えっと、なんか知らない人に教えられて」
「知らない人?」
「いや、まあ、なんでもない」
ちょっと自分でも説明が付かない。だけどそれで思いだした。
「俺が沙耶の所に来たのは、言わなきゃいけないことがあったからだよ」
「それはなに?」
彼女に見つめられて急激に顔が熱くなってくる。言う事を考えて恥ずかしくて死にそうだ。でも、さっきまでの心が引き裂かれるような痛みを思えば、こんなものなんでもない。俺は震える心を必死で押さえつけながら口を開いた。
「沙耶……俺、今までちゃんと気づいてなかったんだけど、おまえのこと、その、ずっと前から……好きなんだ」
その瞬間、沙耶が口元に両手をあてて目を見開いた。瞳から再び涙があふれ出す。
「……うれしい」
女の子を抱きしめたいと思ったのは初めてだった。それでもグッと堪える。
「だから……本当は沙耶に引っ越しなんかして欲しくない。行くなって大声で叫びたい。でもさ、俺たちはまだ子供で、そんなわがまま通用しないことも分かってる。だけど、大丈夫だ。俺たちどれだけ長い時間一緒にいたと思ってるんだよ」
「……うん」
「俺の気持ちをおまえが知っていてくれて、おまえも同じ気持ちなら、この先なにが合っても絶対大丈夫だから」
「わたしも……わたしも、元くんのことが好き」
その一言で頭の先まで幸せが満ちる。このまま一緒にいたいと思った。たとえこれが夢だとしてもそれでもいい気がした。でも、逃げたくなかった。自分の言葉を信じたかった。俺たちはきっと大丈夫だ。それだけの時を過ごしてきたのだから。
「じゃあ、帰ろうか?」
沙耶は一つ頷いてそれから首を傾げる。
「でも、どうやって?」
俺には一つ予感があった。ただ確信はなかった。なので彼女にお願いしてみる。
「沙耶、目を瞑って」
「え?」
彼女は一瞬キョトンとして、すぐに耳まで赤くなった。
「い、いや、違うから。沙耶がなに考えたのか分からないけど、違うから」
俺は慌てて言った。間違いだったときに見られていると恥ずかしいからだよ。
「そうなの?……わかった」
彼女が目を瞑る。俺は彼女に近付いてその手に触れた。彼女がビクッと肩を震わせて顔を上げる。目の前に柔らかそうな彼女の唇。ごめんと思った。これ以上我慢するのはちょっと無理。彼女の手に自分の手を重ねて強く握りながら俺は初めて彼女の唇に触れた。絶対大丈夫だと思いながら。
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