それは夢のような本当の話 5.初恋、あるいはタイムリープ

 教室の机に突っ伏していた。あれからどのくらい時間が経っただろう。電気の付いていない教室は廊下の灯りだけに照らされて薄暗い。でもそんなことどうでもいい。沙耶がいなくなってしまう。ずっといつも隣にいたあいつがどこかに行ってしまう。彼女のいない世界を想像して身体が震えてくる。そんなのはいやだと身体中が訴える。でも、だからといって、何が出来るだろう。中学生の俺たちに出来る事なんて限られている。それでも何か無いかと考えてしまう。でもなにも思いつかなくて、さらに苦しくなる。なんでこんなにも苦しいのだろう。悲しいのだろう。ずっと一緒にいたから? 家族みたいなものだったから? それとも……好き……だったから? 

 ーーやっと思い知る。そうだよ、好きなんだよ。俺はずっと前から、沙耶のことが好きなんだ。好きなのに……

「はは、初恋は実らないもんなんだよなあ」

 自嘲気味の言葉が漏れ出る。ますます落ち込んできた。



「そうでも、ないんだけどね」

「え?」

 突然後ろから男の声が聞こえてきて、ビックリして振り返った。薄暗い教室の中に誰かいる。

「誰だ?」

「あー、うん、それはまあいいんだけど」

「うん、そうそう」

朗らかな女性の声が続いてさらに驚かされる。よく見ると大人の男女が寄り添うように立っていた。もちろん先生じゃない。

「どうやって入ってきたんですか? ここ、学校ですよ」

「うん、そうだね」

 男性の方が落ち着いた声で答えた。

「それよりも、君、早く行かないと間に合わなくなるよ」

「え?」

なにを言ってるんだろう?

「なんのことですか?」

「彼女の見送りのことだよ」

「っ!」

 心臓が跳ねた。この人はなにか知ってるのか?

「彼女も待ってると思うんだよね」

「そうそう、そうだよ」

 女性が合いの手を入れる。

「ちょっと、おまえな」

「えへへ」

 二人の会話を聞きながら、でも俺は肝心のことをなにも聞いてないことを思いだした。

「見送りって言われても、どこに行けばいいんだよ……」

「東京駅、19時33分発博多行き」

「え?」

「彼女の新幹線だよ」

「なんで、知って……」

「ここからだと、今から行ってぎりぎりだよ。早く行った方がいい」

「いや、でも……」

「君には言いたいこと、言わなきゃいけないことがあるだろう?」

「それは……」

「ちゃんと言っておいで。後悔しないようにね」

 その言葉に胸の中に溢れるものが湧き上がった。今まで動かなかった身体が跳びはねる。俺は教室の扉に向かって駆け出した。

「頑張ってねー」という女性の声が聞こえる。

 あの二人が誰だか知らないけど不思議と信じられた。廊下に飛び出した俺の耳に微かに二人の会話が聞こえた。

「懐かしいね、この教室……」


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