それは夢のような本当の話 2.星降る夜

 見渡す限りの真っ暗闇。さっきから足元の石ころに躓いて何度もこけそうになっている。

「もういやだあ」

 暗いし怖いし疲れたし。なんでこんな真っ暗闇の山道を歩かなきゃいけないんだよ。

「もういやだよう」

 もう一度声に出す。前を歩く子に聞こえるように。それでようやく振り返ってくれた。同時にふわっと長い髪が揺れて、いい香りが鼻に届く。女の子ってどうしてこんな良い匂いがするんだろう? そんな場違いな感想が頭の中に浮かんだ。

「どうしたの? ハジメくん?」

 振り向いた彼女が顔を近づけてくる。暗闇の中で彼女の瞳がきらりと光った。僕は慌てて一歩下がった。その拍子に、またつまづいて今度は本当に尻餅をついた。

「痛って―」

「あはは、なにやってるのよ」

 彼女が楽しそうに笑いだす。僕は腹が立ってきた。

「笑わなくてもいいだろ! もう引き返そうよ」

「なに? こわいの?」

「な! そんなことないやい! 疲れただけだよ! だって、いつまでたっても着かないじゃないか!」

 そう、けっして怖いなんてことはない。疲れただけだ。だってもう1時間以上歩いてる。しかも真っ暗闇の森の山道を。これで疲れないわけないよ。なんでこんなことになったのかと言えば、夕方となりんちの同い年のサヤちゃんが言ったんだ。

「お父さんに聞いたんだけど、今日ってたくさんお星さまが降る日なんだって」

「へえ」

「ハジメくん、見に行かない?」

「へ?」

 いつもの好奇心いっぱいのきらきらした瞳でそういう彼女に僕はちょっと嫌な予感がした。これまでの彼女に振り回されてきた思い出が頭に浮かぶ。野良犬を撫でようとして追いかけられた記憶。家族同士で遊びに行った遊園地で彼女と一緒に迷子になった記憶。いつも原因は彼女の好奇心だ。もう僕らは小学生になったんだから、少しはおとなしくなってほしい。心の中でそんなことを思いながら、なぜか彼女の誘いを断れなかった。その結果がこれだ。正直自分でもいやになる。

「はい」

「え?」

 尻餅をついたままの僕に彼女が手を差し出してくる。訳が分からず、ぼうっと見ていたら

「なにやってるの。早く」

「あ、うん」

 言われて出した僕の手を彼女が握る。心臓がドクンと鳴った。

「せーの!」

「あわわ」

 彼女に引っ張られて立ち上がる。

「じゃあ、行くよ」

 そのまま彼女は僕を引っ張って坂道を登りだした。

「いや、あの、ちょっとサヤちゃん」

「これで怖くないでしょ?」

「だから怖くなんかないやい!」

 でも彼女の手を振りほどけなかった。繋がった手からなんだか勇気が湧いてくるような気がした。きっと心臓がどきどきするせいだ。


 それからも結構歩いた。

「サヤちゃん、まだ?」

「多分、もう少し……あ、ほら、あそこ!」

 彼女の指さす先に木々の切れ間が見えた。二人で顔を見合わす。

「うん、行こう!」

 どちらからともなく駆け出した。木々の間を抜けるとぽっかりとまるで公園のような空間が広がっていた。

「ほら、見て!」

 彼女が繋いでない方の手を高く上げる。それを追って見上げた空に。

「わあ!」

「信じられない!」

 生まれてから今まで見たこともないようなたくさんの星が煌いていた。黒いカーテンにびっしりと光の点をばらまいた様だ。なんだか吸い込まれそう。その瞬間、彼女の差す指の先で光が走った。

「あ、流れた!」

「見えた?」

「うん!」

 二人してまた顔を見合わせる。どちらの顔も興奮ではしゃいでいた。すぐにまた空を見上げる。

「ほら、また」

「ほんとだ。こっちにも」

 指さして見上げる夜空を次々に星が降っていく。流れる音まで聞こえてきそうだった。

 いつの間にか僕らは地面に寝そべって、ずっと夜空を見上げていた。いくつもいくつも流れていく星を指さして二人して歓声を上げる。そのうち奇妙なことに気がついた。僕らが指さす先で必ず星が流れていく。流れていく星を指さしているのか、指さす先で流れていくのか分からなくなった。でもそんなことどうでもいいや。僕はここまでくる間の不満やしんどさもすっかり忘れて、ただただ星降る夜を楽しんでいた。その間中、僕らはずっと手を繋いだままだった。

 

 流れ星を十分堪能して家に帰ったのは真夜中だった。僕らはそれぞれの親にこっぴどく叱られた。でも彼女と一緒だったんだから、もうこれは仕方ない。いつものことだ。だからこの日の楽しい気持ちはいつまでも消えなかった。


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