第64話
(ここまでついてくるか…ガジのやつ、二次試験が終わってから短い間に相当自分を追い込んだに違いないな)
絶え間なく続くガジの猛攻をジルは躱し、さばいていく。その動作には一切の無駄がなかった。
今のジルは、二次試験で戦った剛魔程度であれば簡単に倒せるくらいの強化をしている。しかし、そのジルに攻撃を当てられるかどうかくらいまでの腕前のガジもまた、剛魔程度なら倒せる領域にいるのだろう。
ジルを攻撃してくるガジは肩を上下させるほど息をあげているが、攻撃の手を緩めることはなかった。
(ここで手を止めたら、立場は逆転。今の俺にはそれを防ぐ手段も体力もねぇ。攻めて、攻めて、攻め続けろ!)
息あがって自分がどうやって身体を動かしているのかなんてわからない。ただ目の前にいるコイツを倒したい。
そんな思いだけがガジの身体を突き動かす。
しかし、気持ちをぶつけるかのような攻撃を受けているジルの顔には、未だ余裕があった。自分と戦ってくれているガジ。本気で勝とうとするその姿に笑みすら浮かんでいる。
(ガジと戦うのは楽しい! …でも、そろそろ終わらせないとな)
チラリと観客席に目をやり、アイシャを見る。
彼女はかすかに微笑んで自分を見ていた。
「お、らぁ!」
よそ見をしたジルの顔にガジの爪が迫る。
鋭く自分を斬り裂こうとする爪を剣で受け止め、ガジと顔を突き合わせる形になる。
「よそ見してんじゃねえよ」
自分を真っ直ぐに見つめるガジの目には怒りがありありと浮かんでいた。
俺を見ろ。
ガジは言葉には出していないが、そんな気持ちが目に現れている。
「…悪い、な!」
「がはっ!」
ジルは剣を一旦引いてガジの体勢が崩れたところを蹴り飛ばす。防御を抜けて脇腹に入った感覚。
かろうじて受け身を取ったガジだったが、足は震え、視界は闇に沈みつつあった。
最初に頭をぶん殴られた時のダメージと、休むことなく攻撃をし続けたことによる酸欠状態、加えて今食らった蹴りによっておそらく骨が折れた。
(ざまあねえな…。二次試験で最初にあった時ァ、ヒョロヒョロの使えねえやつかと思ってたけどよ…いざ戦うときになったら俺ァお荷物状態で何もできやしねえ。…情けねえ)
このまま膝をついてしまってもいいだろうか。そんな考えがガジの頭に浮かぶ。
それはとてもラクな道で、もし自分がそうしたら今のこの状況からは解放されるだろう。
正直、勝てる見込みはない。ゼロと言ってもいい。本気で戦うために獣化してわかった。ジルは自分を遥かに凌ぐ実力を持っている。
自分がジルの何に怖れを感じたのかはわからないが、それを見る前にこんな状態に成り下がっている。
(まるで相手にならねえってか…)
力が身体から抜けていく。獣化も解けつつあった。
生身でジルの攻撃をくらったらおそらく身体がバラバラになるほどの衝撃なのではないか。
ああ、怖い。
おそらくジルは容赦しないだろう。死ぬわけではないが、死ぬほど痛い。
そんな心が折れかけたガジに声をかける存在が。
「ちょっと! 立ちなさいよ!!」
光を失いつつある視界の中に、彼女の姿は色を持って飛び込んできた。
鮮やかな赤色。強い意志を持っている瞳。
全てが今の自分にはまぶしく思える。
「カ、レン…?」
カラカラに渇いた喉ではかすれた声しか出ない。
「あんた、今ここで諦めたら一生後悔するわよ! 苦しくても、辛くても、血反吐を吐いても、あたしたちみたいなのは前に進むしかないの! …だから、這いつくばらないで、前を見なさい! 絶対に諦めるな!!」
あたしたち。
そう表現したカレン。ガジにはその気持ちが分かったような気がした。
おそらくカレンも似たような感覚を抱いたのだ。
それは先のジルに対してかもしれないし、魔法の腕では他を一切寄せ付けないアイシャに対してかもしれない。
誰に対してかは定かではないが、ガジには伝わった。
強くなりたい。その気持ちを諦めることなんてできない。だったらせめて一発、あいつにお見舞いしてやろうじゃないか。
拳に力は入る。足はまだ付いている。
だったら、自分はまだ動くことができる。
獣化が解けようが関係ない。今はただ、この一発に全てを捧げる。
覚悟を決めたガジ。
それを見てジルもこれが最後だと察する。
ガジの獣化はほとんど解けている。しかし、おそらく次の一撃が今日の一番のものだろう。
「いくぜ、ジル!」
「来い、ガジ!」
二人とも同じタイミングで走りだす。
ほとんど怪我を負っていないジルに比べ、ガジは満身創痍。走る速さはガジの方が遅い。けれどそれを補う気迫があった。
ジルの剣を紙一重で躱す。皮膚を薄く斬られたが今更何の問題もない。ここに来て今日で一番見えているような気がする。
浅くガジの皮膚を撫でただけの剣は慣性など関係ないと言わんばかりに翻って再びガジを襲う。
(こいつは、この状況でも手を抜かねえ…!)
あわや腕を落とされるところだったが、ギリギリ防御が間に合う。
(おっも…! こいつ本当に人間か!?)
爪と剣が再びギリギリと音を立てて拮抗する。
先ほど態勢を崩されたことを思い出したガジは咄嗟にジルに前蹴りを放って距離を取る。
ギリギリのところで攻撃を防ぐガジを見て、ジルはそれを嬉しく感じていた。
それは今まで格上ばかりと戦ってきたジルにとって、追われる側になるというのはとても新鮮だったから。
(ここまで来い、ガジ!)
下がろうとも退こうとも苦しはしない。
ジルは反射的にガジを追う。
その瞬間、ジルの足が一瞬だけ固まる。
足に目を向けると、土が泥になって足に絡まり付いていた。
(これは、ガジの魔法…っ!? まずい!)
「やっと捕まえたぜ」
ジルが気を取られた一瞬で距離を詰めたガジは、絶対に離さないとばかりにジルの腕を掴む。
それは今のガジの全力。窮地に陥った状態でなお万力のような力。
溢れんばかりの衝動をこいつ《ジル》にぶつける。
振りかぶったガジの拳は筋肉が隆起し、赤から黒に染まっていた。
ガジは全力をジルの腹に向けて打ち付けた。
「オラァ!!」
「ごふっ…!」
ガジの拳はガードした腕を吹き飛ばし、ジルは血を吐きながら吹き飛んだ。
ジルは地面を何度もバウンドし闘技場の壁に勢いよくぶつかった。
(ガードは吹き飛ばした。今までで一番の拳だった。あいつも吹っ飛ばしてやった。やってやったんだ…!)
拳を振り抜いたガジは二本の足で立ち、ジルを真っ直ぐに見据えていた。
ジルは吹き飛んだまま動かない。結界がなければ生死を疑っていただろう。
(予想以上だった)
吹き飛ばされたジルは、意識をしっかりと保っていた。そして、ガジの実力を測り間違えていた自分を恥じていた。
土壇場での集中力に一発の威力は一級品と言っていいだろう。
おそらくは自分と同じように実戦で伸びていくタイプだ。
皮肉にも自分がガジの成長のトリガーを引いてしまったわけだ。けれどジルはそれが嬉しかった。
「くっくっく…あっはっは!!」
立ち上がったジルは笑いが止まらなかった。
周りからドン引きするような視線を感じるがそんなのはどうでも良かった。
「はっはっは…ふう」
笑い終わって一息つく。
その瞬間、この場にいる全ての人間が死を覚悟した。
それほどに濃密な殺気と圧倒的な存在感。
間近でそれを浴びたガジだったが、彼は意を介さず二本の足で立っていた。
瞬きほどの瞬間、いつのまにか移動したジルの剣がガジの首に走る。
首をはねる、と誰もが思った瞬間にジルはぴたりと剣を止めた。
「審判、俺の勝ちだ」
ガジは剣を避けなかった。いや、避けることができなかったのだ。
何故なら彼は、立ちながら気を失っていたのだから。
「勝者 ジライアス・バウンド」
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